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断片的、あまりに断片的な

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紀伊半島をめぐる旅Ⅴ~白浜・大阪、そして新宿~

計画していた温泉をパスして、白浜の千畳敷へ。長年の海の侵食によって削られた白い砂岩は、例によって数々の落書き――というか落「彫り」――でいっぱいだった。おなじみのアイアイ傘も・・・。確かにここも、僕らの「セカイ」にうってつけなのだが。はかなく無根拠の僕らのセカイを、世界にゴリゴリ書き付ける。

千畳敷で30分くらい遊んだあと、やはり温泉に入りたくなって、近くの日帰り温泉に寄る。私たちのほかに客は、アラフォー娘と母の2人。娘が母に悪態つき、説教をし続けるのを聞きながら、白浜を臨む露天風呂につかる。そして、ビール。

まだまだ時間があったので、三段壁洞窟に行くが、洞窟へと下るエレベーターの営業は既に終わっており、その付近を適当にブラブラする。ここも自殺の名所らしい。この近くから、大阪行きの高速バスに乗る予定だったため、バス停に移動したのだが、着いてみるとごくごく普通(イヤ、もっと貧弱)のバス停で、なかなか不安にさせられた。はす向かいには、すでに閉鎖されたであろう、観光(文化)センターとおぼしき廃れた建物。入り口付近に植えられた椰子の木風な植物たちと、いやにポップな看板だけが、時代から取り残されてそこに、あった。

不安をよそにバスは定刻どおりきちんとやってきた。ここから3時間半かけて大阪へと。
【17:18三段壁】・・・白浜エクスプレス・・・【20:59大阪駅】(2,700円)
             
列車から見た紀伊半島の海岸の眺めも良かったが、このバスでの景色もなかなかだった。とくに、あれは大阪湾の工業地帯だったのだろうか、暗闇のなかで無数に光る工場の光は、ファイナルファンタジーⅦの世界(左写真)を思わせた。

大阪駅に着いた私たちは、なんだか浦島太郎のような気分になった。たった2日間だったけれど、ほとんど人に会わず、ゆったりとした時間に身をおいていたため、セカセカした都会にドギマギしてしまう。B-GIRLは初大阪だったので、あれこれ見たいところもあったようだが(食い道楽のカニとか・・・)、なんだか気疲れしてしまい、早々と夕食の場所を探す。        
              
あっさりとした食事が続いていたので、こってりと肉を食べよう!ということでホルモン焼屋へ。地下鉄で(たぶん)なんばまで行って、適当にブラブラと歩いて見つけた店に入ったのだが、ホルモン発祥地、大阪を感じさせるスタイルの店だった。私も一時、ホルモン熱に浮かれてあちこち食べに行っていたが、カウンターでくいっと一杯ひっかけるように、あるいは吉野家で牛丼を食べるかのように、ごくごく当たり前に1人カウンターで肉を焼いて食べる、というスタイルは東京では見たことがなかった。

よく、焼肉を1人で食べられるか否かが話題になったりし、ある深夜ドラマ(だったと思う)では「大勢で行けばタンとかミノとか周りに気を使って頼まなければならないけれど、1人だと好きなカルビだけ食べられてあー幸せ」なんてつぶやく女子を描きながら、今のお一人様女子というか、ディスコミ若者、みたいなものを提示していたけれど、ここでは1人で網で肉を焼いて食べるという行為が特別ではないんだなぁと。まぁ女子はいなかったですけれど。

まだ開いていたファッションビル内で歯磨きをして、24時前に深夜バスに乗り込む。初の3列シートでかなりゆったりした座席だったし、疲れているということもあってぐっすり眠る。
【23:45大阪梅田】・・・海部観光・・・【6:30新宿西口】(3,300円)
              
新宿駅に着き、バス内に携帯電話を忘れて取りに走る、といった失態をおかし、家へ帰るB-GIRLに旅の荷物を託して(!)、私は1人大久保へと向かう。あらかじめ調べておいた、韓国マッサージ&お風呂屋へ行き(女子オンリー店)、ひとっぷろ浴びる。時間があったので、仮眠室とやらに移動してみると、バスローブを着た女性たちが大部屋でマグロのように横になっている。私は空いていたリクライニングソファに座り仮眠を取ろうとしたが、この状態では、携帯電話の目覚ましをかけるのは迷惑だなぁ、と思い(実際、その音に気づかず周りに迷惑かけた経験は少なくない)、ただぼーっと、しかし眠らないようにソファに座っていた。

8:30頃その店を出て、近くの韓国料理屋で朝ごはん。ビビンバを注文したのだが、朝っぱらから例の無料で出されるツマミ類――キムチやナムル――がいくつか運ばれてきた。朝からこれかーーと思いつつ、何も手をつけないのも悪かろうと思って、そしておなかがすいていたこともあって、キムチは遠慮したが、椎茸のナムルを食べてみる。椎茸は唯一私の嫌いな食材であったのだけれど・・・・・・。しかし、美味しかった。結局全部食べてしまい、そしてその2,3日後に自ら椎茸ナムルを作ることになるのだった。

そしてそのまま何食わぬ顔で職場へと向かい、夜はライブへと。熊野でのあの時間が嘘のようだ。
B-GIRLも最近めでたく職が決まったが、早速の深夜までの過重労働である。B-GIRLにとってこんな旅ができるのは、今度仕事を辞めたとき、かもしれない

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紀伊半島を巡る旅Ⅳ~熊野古道・白浜~

いよいよ熊野の山に分け入る2日目は、雨予報を裏切ってのハレ。朝食を食べて8:00に宿を後にし、紀伊勝浦駅からバスに乗って、熊野古道入り口へと向かう。バスのなかから眺めた山々は、まるでブロッコリーのようにもりもりとしたフォルムでせり立っている。しばし見とれ、そしてカメラを向けるが、その圧迫感は捕らえられなかった。金髪の外国人の青年がバスに乗っていて、こんなところまで1人で観光かぁ、渋いチョイスだなぁ、と思っていたら、熊野古道のだいぶ手前で降りていった。窓から辺りを見渡すと小学校がある。英語の先生だったのだろうか。
【8:20紀伊勝浦】・・・熊野交通バス・・・【8:44大門坂入口】(400円)

            
大門坂入口でバスを降り、迫りくる山々、田んぼや畑を見ながら民家の脇を通り、鳥居をくぐって、俗から聖への領域、熊野古道へと突入。一言で熊野古道といっても、さまざまなルートがあって、高野山から熊野本宮大社へと向かう所要3泊4日のコースや、伊勢神宮からのルートもある。われらが選んだのは、大門坂というほんの「さわり」を歩くコース。とはいえ、延々上りの石畳の道である。

ごちゃごちゃと固まっていたシルバー集団をひらりとかわし、歩けば、人っ子一人いない、シンとした山道。なにやらエロイ「性なる」木などを撮影しつつ歩く。私がネオナチに追われた、道。

だいたい30分ほど歩けば、広場に出てちょっと一息だが、そこからまた熊野那智大社への急な表参道をひたすら上らなければならない。こんな状況でも煙草が吸いたくなり、ちょうど切らしていたので土産物屋の店員に購入場所を尋ねると、自販機を案内される。タスポ未対応の自販機・・・。聖なる無法地帯。

熊野那智大社、那智山青岸渡寺、那智の滝などをまわって、茶屋で一服してから、またバスにのり紀伊勝浦駅へ。電車の時間までだいぶあったので、遊覧船にでも乗ろうと思ったが、タイミングが合わず、港をただブラブラと歩く。ホテル浦島に悪態をつきながら。漁がとっくに終わり、相変わらず観光客もいない、静かな静かな港で。
           
昼食は駅前の蕎麦屋でまぐろ丼。まぐろの肝(腸?)もいただく。普段ほとんどまぐろを食べないので、美味しかったけれど、特別おいしいかは、?。

まだまだ時間があったけれど、冴えない土産物屋に入る気にもならず、閑散とした駅のホームのベンチで電車を待つ。ある老夫婦が、チラチラとこちらの様子を伺いながら、ライバル心むき出しに、座席の確保をしようと前のめりになっていたけれど、そんな心配は無用も無用、のホーム。
【10:56那智の滝前】・・・熊野交通バス・・・【11:21紀伊勝浦駅】(600円)
【13:17紀伊勝浦】・・・特急くろしお24号・・・【14:33白浜】(2,900円)

          
白浜は大阪・京都の人が良く利用する温泉地、だという。東京人の伊豆、みたいなものか。実際に、千畳敷へと向かうバスに乗ったら、関西からやってきた女子8人グループが乗り込んできた。女の塊にげんなり、そしてぞっとしてしまう私は、男の理論に毒(?)されているのだろうか。たまらないよ、降りるバス停を間違えてギャーギャー騒いでいるのは。キャー、キレーと騒いでるのは。みんなと一緒だから大丈夫、からの傍若無人っぷりは。

めぼしを付けていた、これまた海を臨む絶景温泉があったのだけれど、きゃつらも行くと騒いでいたので、やめて、千畳敷へと向かう。きゃつらに左右されるのも、バカバカしい、あまりにバカバカしいのだけれど。
【14:43白浜駅】・・・明光バス・・・【15:20千畳敷】

紀伊半島を巡る旅Ⅲ~伊勢・紀伊勝浦~

怠惰なくせに、きっちりしたいという気もあり、旅行記は完成させないといけないと思うのです。
予定よりも伊勢神宮巡りが短く済んだので、駅に向かう途中にあった猿田彦神社に寄る。猿田彦は『古事記』や『日本書紀』などにも登場する日本神話の神で、その鼻の長さから天狗の原型であると言われているが、私とBにとってサルタヒコ(あるいはサルタ)といえば、やはり手塚治虫『火の鳥』のなかで、時代を超えてさまざまな形で登場する人物である(また漫画!)。

猿田彦神社に寄ってもなお時間が余り、次の鈍行が来るまでだいぶ時間があったので、急遽予定を変えて特急に乗ることにした。当初の予定よりも料金は高くつくし、この日の宿泊先である紀伊勝浦にもだいぶ早く着くことになるが、勝浦には温泉もあるし、マグロもあるし(?)で、ここで待ちぼうけしているよりはいいだろうという判断だった。

伊勢市駅から多気駅へ向かい、そこで海岸沿いを走るワイドビュー南紀5号に乗りこみ、紀伊勝浦へ向かう。景色を眺めたり、本を読んだり、うとうとしたりの2時間20分の旅。当初の予定よりも早めに着くので、さりげなく(そしてしつこく)新宮散策を提案してみるが、即却下される。仕方がないので、3分ほどの停車時に新宮駅のホームに降りて空気を吸う。那智駅の、改札を出たらすぐ白い砂浜の海岸、というロケーションに興奮する。シーズンではないので人もおらず、「セカイの中心」を作るにはうってつけである。
【13:19伊勢市】・・・JR参宮線・・・【13:31多気】(230円)
【14:21多気】・・・JR紀勢本線/ワイドビュー南紀5号・・・【16:43紀伊勝浦】(4,620円)

紀伊勝浦に到着。シーズンオフの観光地のなんと閑散としたことよ!通行人はほとんどいず、シャッターを下ろしている土産物屋も少なくない。ハデというか俗悪なセンス(!)の看板が多いのが、余計に哀愁を漂わせる。商店街のなかに突如としてあった西洋風のホテルも、ラブホテルみたいな様相を帯びていた。日本の街並みの汚さ(というか、統一感のなさというか、ヤンキーっぽさというか・・・)はしばしば指摘されることではあるが。都会ではキッチュ(「おしゃれ」な空間にあるダサさ)になるのかもしれないが、ここではただひたすら陳腐。 

駅から5分ほど歩いて、宿に到着、そしてこの日初のビールで乾杯。1時間くらいグダグダしたあと、港(上写真)で船に乗り、少し離れた島にあるホテル内の温泉に向かう。船は無料で乗れたが、入湯料は1,000円と高かったから、まぁそこに乗船料が含まれていたのだろう。海を臨む露天風呂につかる。

その帰りに、地図にのっていた、徳川頼倫が「帰るのを忘れそうなくらい魅惑的だ」的なことを言ったことからその名がついた「忘帰洞」や、千畳敷を、ぜひとも見ていきたかったのだが、それらはホテル浦島のモノであった。

               
夕食は、勝浦の名物マグロを食べるべきだよなぁ・・・と思いつつ、中華料理屋に入ったのだが、さすが!マグロ料理のメニューがいくつか並んでいた。ギョーザやらザーサイやらと一緒に、マグロのカルパッチョを注文する。マグロの刺身に添えられたクコの実や木の実、皿に盛り付けられたきゅうりの飾り切りのありように、中華料理屋の意地を感じ、じんわり感動していたのだけれど、「どうせなら、お刺身でも食べたいでしょ~。わさびと醤油持ってくるわー」と店員さんに言われ、「そうですね」
と返す。そして、

店員:「これ、ダルマなんだよ」
私:「え?」
店員:「なんか今、ダルマしか店にないらしくて」
私:「・・・・ダルマってなんの話すか」

という会話。だるまのように丸っこい身をしているメバチマグロの子を「ダルマ」と呼ぶらしい。あっさりしたお味。しかし2人には多い量。

食べすぎでウンウンうなりながら中華料理屋をあとにし、旅館へと戻ろうとするが、道が分からなくなる。暗闇はこんなにも恐ろしかったか、と足早に。一応観光地ではあるが、この時期の客、老人たちはとっくに眠っている。

紀伊半島を巡る旅Ⅱ~名古屋・伊勢~

せっかく行くのだから色々と見て回りたいのはやまやまだったが、制限時間2日間で紀伊半島を一周するとなると、電車の本数もあまりないということもあり、時刻表に合わせてスケジュールを組まざるを得なかった。まず移動があって、接続などで空いた時間に観光を埋め込んでいく、そんな感じで、中上健次の生誕地である新宮へ行きたいという当初の私の希望も、スケジュール担当者B-GIRLにあっさりとリジェクトされた。そんな5月下旬の駆け足の旅は、夜行バスから始まる。
【23:50新宿西口】→ツアーバス(アミイファクト)→【5:30名古屋駅周辺】(2,800円)
朝、名古屋とくれば、当然期待されるのは「モーニング」とやらだが、5:30の到着はあまりにもモーニングが過ぎる。喫茶店がボチボチと開きだす7:00にわれわれは名古屋を発たなければならず、泣く泣く24時間営業のデニーズで朝食をとった(左の朝食セットにコーヒー飲み放題が付いて650円ほどで、とてもありがたくはある)。

客がほとんどいない店内では、昨夜沼津から名古屋へと戦場を移したばかりのキャバクラ嬢と、名古屋界隈のキャバクラのホールとして働き、キャバクラ/クラブ(飲み屋の方である)事情に詳しく、彼女のように名古屋に流れ着いたキャバクラ嬢の世話をこれまで幾度とやってきたらしい、胡散臭げな男が大きな声で話をしていた。今年の3月に歌舞伎町では、給与未払い・厳しい罰則・セクハラなどを訴える「キャバ嬢デモ」が行われたが、そのキャバ嬢も煮え湯を飲まされた過去があるらしく、熱心に男に相談をしていたが、その男が信用できるのかはわからない。名古屋に数あるキャバクラ/クラブ街の勢力図、家賃事情など、彼らの会話がこの旅での唯一の名古屋体験だった。
 
スケジュールどおり、7:11発の松坂行きに乗り込み、最初の目的地である伊勢市駅へと向かう。通勤・通学人で混み合った車内で、地元の高校生たちのゆっくりとした名古屋弁での会話を子守唄に、しばしまどろむ。
【7:11近鉄名古屋駅】→近鉄名古屋線→【8:25伊勢中川駅】→近鉄山田線→【8:48伊勢市】(1,410円)

「この伊勢で居た間中、私が考えつづけ、自分がまるで写真機のフィルムであるように感光しようと思ったのは、日本的自然の枠でもある神道と天皇のことだった。いや、ここでは、乱暴に言葉を使って、右翼と言ってみる。伊勢市にはいり、模造花をたくさんつけて走り廻るバスやタレ幕のことごとくが、神社に関する事ばかりだったのを見て、私は突飛な発想かも知れぬが、この日本の小説家のすべての根は、右翼の感情にもとづいていると思ったのだった。現実政治や団体としての「右翼」ではなく、そのまま何の手も加えないなら文化の統(すめ)らぎであるという天皇に収斂されてしまう感性の事である」(中上健次『紀州―木の国・根の国物語』)
伊勢市に降り立ち、最初の目的地、伊勢神宮へと向かう。もともと皇室が皇室にとっての神を拝む神社だった伊勢神宮は、しだいに公家や武家、そして庶民にも開かれるようになる。江戸時代に入ると交通網の発達や社会の安定も相まって、全国からさまざまな人が参拝にやってきて「お伊勢参り」が一大ブームとなったが、その目的は信仰というより遊興、あるいは最新情報の交換にあった。しかし、明治期に入ると大日本帝国により伊勢神宮は国家神道の頂点と位置づけられ、ブームは失速、再びものものしいものになる。現在では(いちおう)国から分離しているが、ものものしさは健在で、一般客は白い布がかけられた門の前までしか行けず、本殿が拝めない。井上章一著『伊勢神宮―魅惑の日本建築』(2009)の確認なぞのぞめない。しかも、その門の下あたりに賽銭を置くスペースがあるのだが、横には制服を着たガードマン(神宮職員)が目を光らせ、参拝客たちの一挙一動を見守っており(写真撮影も禁止である)、なんだか気分が悪くなる。
 外宮、内宮と回った後、お伊勢参りの目的の中心であったであろう門前町「おはらい町通り」、そしてあの赤福が作り出した「おかげ横丁」へゆく。「お伊勢参り」の頃の年間200~400万人という参拝客数(人口2500万~3000万に対して)が、1970年代には20万人と激減してしまったのを受けて、赤福の年商分に当たる140億円をかけて作られた「小さな町」(入場料はない)。2007年の入場者数は400万人近くにのぼったようで、観光地再生プロジェクトとしては成功、と言えるのだろう。いかにもな演出に日光江戸村を思い出してしまったが、いち和菓子屋が、行政からの補助金なく自己資金でここまで作り上げるのは、なかなかできることではないだろう(まさかこの費用を捻出するために偽装していたわけではあるまいな)。

そのおかげ横丁内の飲食店で、名物伊勢うどんを食す。たまり醤油に少々だし汁などを入れた濃いつゆの中に、全くコシのない太い麺が入っている。徹底的に柔らかくするため、なんと麺は1時間ほど茹でるのだそうだ。この柔らかさの由来は、「伊勢参りに引っ切り無しに来る参拝客にすぐ提供できるよううどんを常に茹で続けなければ間に合わなかった為」説が有力らしい。茹で置きせざるをえないから、いっそのこと「柔らかさ」をスタンダードにしてしまえ!ということだろうか。まずくはなかったが、気分はまるで病人、である。

紀伊半島を巡る旅Ⅰ~プロローグ~

私が実家に出戻り、カオス状態になっていた部屋を片付けてやっと生活が落ちつき始めた頃、24時間働くリゲイン女で朝も夜もほとんど顔を合わせることのなかった隣のB-GIRLが、なぜだか何日も家にいる。晩御飯を用意したり、私の洗濯物をたたんでいたりして気味が悪かったが、ろくに休暇も取れず家に帰れずに何年も働きづめだったから、これぐらいの休みはまぁ当然だろうと思ったし、何とはなしに理由を尋ねても、Bは曖昧な答えを返すだけだった。Bが会社を辞めたとはっきりと知ったのは、彼女が洗濯物をたたみ始めてからずいぶんたっていた。

そんな久しぶりに時間もでき、確定申告で数十万円戻ってきたBが、本格的に次の職探しに取り掛かる前に、どこか旅行に行きたいと言ってきた。いろいろと作業が立て込んでいる時期であり、2,3日といえど何もできないのは後で泣きを見ることになるだろうなぁ、とわかっていながらも、その誘いに乗ることにした(そして帰ってきてから、実際泣いた)。        行き先は近場の海外も含めて数箇所挙げられたが、なかなか互いの興味が重ならず、もうどこでもいいしなんでもいいやという気分にもなったのだが、突如、熊野が候補地として思い浮かんだ。2人とも、小学生の頃から読んでいる田村由美の未来戦国漫画『BASARA』で描かれた熊野のエピソード(熊野古道歩き、捕鯨→これは今熱い話題だが)に馴染みがあったというのもあるし、熊野出身の小説家である中上健次の作品をいくつか読んでいて、あの神々しくて暴力的な「性/聖」なる山々の風景に思いをはせてもいたからだ。

というわけで、行き先はとりあえず熊野古道という、なんとも漠然としたものに決まった。もろもろの計画は時間のあるBにまかせたが、海と山に挟まれてわずかに平地があるだけの熊野一帯は、アクセスが非常に悪い。来た道を戻るか、半島を一周するしかないのである。名古屋から入り、大阪に抜けることにした。

 
「半島とはどこでもそうであるように、冷や飯を食わされ、厄介者扱いにされてきたところでもある。理由は簡単である。そこが、まさに半島である故。紀伊半島の紀州を旅しながら、半島の意味を考えた。朝鮮、アジア、スペイン、なにやら共通するものがある。アフリカ、ラテンアメリカしかり。それを半島的状況と言ってみる」(中上健次『紀州ー木の国・根の国物語』)

ところで、旅に出る前日におかしな、そして恐ろしい夢を見た。私はなぜかネオナチに追われる身で、山の中を逃げ回っている。そこは熊野である。きゃつらは小型ヘリに乗り込み空から私を探している。突如頭上にヘリの「ドドドドドドド・・・」という音が響き渡って慌てて身を隠したり、ある民家で一息つかせてもらっているところに、二階の窓から爆弾を放り込まれ命からがら脱出したりなど、ハリウッドさながらの逃亡劇を繰り広げていたが、ついに前後からネオナチのヘリに挟みこまれてしまう。そこで死にたくない私は右手を挙げて、「ハイルヒットラー!」と言ったのだ!!あまりの、自分の恐ろしさに、飛び起きる。しばし心臓がドクドクと鳴る。

ところで、舞台が熊野というのはわかるが、ネオナチは何なんだろうと考えていた。「前の日に『アドルフに告ぐ』でも読んだんじゃない?」と言われるが、そんな事実はない。知り合いにこの夢の話を何度もし、「ネオナチ、ネオナチ」と繰り返しているうちに、やっと気がついた。そう、熊野の地名の一つ、「那智」である。なんとも単純で、恐ろしい変換をしてくれる、夢って奴は。

旅のあと

月曜日、仕事が終わってから夜行バスに飛び乗り、中上健次の『熊野集』を片手に、紀伊半島をめぐる旅に出てまいりました。スタートは名古屋で、途中紀伊勝浦で一泊、最後は大阪に出てそこからまたまた夜行バスに乗り、木曜の朝新宿に戻るという、何かを見るというより「移動」が目的の旅で、電車やバスに乗って風景を眺める時間が多かったです。だからか、朝帰ってきて新大久保の韓国マッサージ店でひとっぷろあびて、朝から韓国料理食べて、そのまま会社に行き、夜はライブだったのですけれど、ほとんど疲れることなく。気候もちょうど良かったですし、歩くための靴を履いていったのも、やはり吉とでました。

前例があるので、財布には細心の注意を払っていたおかげで(ただし、「あっ!!財布どこ!?」と慌てふためくシーンは多かった)、今回は何事もなく。
・・・・・・というわけにはいかず、最後の最後、帰りの夜行バスを降りて新宿駅に向かう途中、携帯電話がないことに気がつき、慌てて猛ダッシュでバスに戻ったのでした。バスは新宿が終点ではなく、その後東京駅へと向かうので、停車時間はそれほどないのですが、間一髪、すでに閉まっていたドアをドンドン叩いて開けてもらい、無事に携帯をピックアップすることができました・・・。やれやれ、です。

旅の話はもちろん、写真つきでここに書こうと思っています。こまごました事は忘れてしまうので、なるべく旬にアップしようと思っておりますが。。。

京都、ツイッター風に(3日目)

【6:30】 起床 

【7:30】 編集Kさんと元気良く出発

【8:00】 蹴上駅近くのウィンストン京都で宮入氏と合流


【8:15】 南禅寺。朝のお経をBGMに、近くの男子高の生徒が登校中。
 


【8:45】  平安神宮。NHKの時代劇の大掛かりな(マスゲームっぽい)撮影中。「福山!?福山!?」としばしさわぐ。NHK時代劇=大河(龍馬)という、なんともおタンな発想。


【9:30】 ドトールでコーヒーブレイク~哲学の道を沈んで歩く。だまっていると、おのずと昨日のことが思い出されるので、Kさんにべしゃりを要求する。


【10:30】 銀閣寺 工事中ナリ・・・。ワ、ワビサビとやらが~


【11:00】 一足先に帰る宮入氏と別れる。


【11:30】 Kさんの母校、京大の学食でランチ。山菜うどんを食す。


【12:15】 下鴨神社前でKさんと別れる。Kさんは半休を取って観光に付き合ってくれたのだった!さて、1人になったわけだが・・・あれこれ考えたり、思い出したりでまったく落ち着かない。「あー」とか「うー」とか言いながら、糺(ただす)の森を抜けて、フラフラと下鴨神社を見学。今知ったが、世界遺産だったんだ・・・。あまり覚えていない・・・。


【12:45】 Kさんに激しく薦められた、下鴨神社近くの人気和菓子店「出町ふたば」さんで、お土産用の豆餅を大量購入。ふたばさんは東京でも大人気で、年明けの都内百貨店催事にも出展していた。

 ついでに出町商店街をフラフラ。アーケード街なのだが、看板やら旗やら装飾がやたらと派手。

【13:30】 荷物が重たくなってきたので、京都駅に向かい、コインロッカーに荷物を預ける。そこから、伏見稲荷大社に向かうため奈良線に乗ったのだが、車内でぼんやりと路線図を見やり、急遽宇治まで行くことに決める。

【14:30】 宇治到着。こんなところにあるとは知らなかったなぁ、の、平等院鳳凰堂を見学。

【15:30】 宇治に来たからにはお茶、そして抹茶パフェの中村藤吉かなぁ、とも思ったが、どうにもそんなもん食す気にならず。もともとあまり甘味は食べないし、1人で(そしてパワーが落ちている状態で)キャッキャッするのも、と思い、適当な店で定食を食べる。

               
【16:30】 また奈良線に乗り、伏見稲荷大社まで戻る。「そうだ!京都へ行こう」でおなじみの(だいぶ古いおなじみだが)、鳥居が連なるあの神社である。もうだいぶ辺りも暗くなっており、人もほとんどいないなか、鳥居なんてほとんど見ず、ぶつぶつと念仏を唱えながらひたすら鳥居をくぐりまくる。思っていたより距離が長く、途中で飽きて(というか、ダークな状況が嫌になって)途中で引き返し、京都駅へ戻る。


【17:30】 こんな時間であるのに、バス一日券を購入し、適当にバスに乗って京都の街を眺める。しかし、すぐさまこれも精神に悪いと悟り、私を元気にしてくれそうな京都の繁華街、四条河原町へと。京都に来る前にあたりをつけていた、嶽本野ばらの小説に出てきた喫茶ソワレに向かったが、定休日・・・。名物であるカラフルなゼリーポンチとやらを食べる気にもなっていたのだが。

【19:00】 こうなったら本を読むしかあるまい、と京都駅の本屋へ。あれこれ悩んだが、カート・ヴォネガットのエッセイ集にピリリとしたユーモアを求める。ファースト・フード店で、また食事をしながら(失恋後の暴飲暴食ってのが、なんとなくわかった瞬間)、読む。しかし22:00くらいに閉店となったので、駅構内にあるバーというか、ダイニングというかとにかくアルコールのある店に移って、カウンターでビールを飲みながら読書。

【23:30】 バス到着。さすがに疲れていたのですぐ眠る・・・のだが、寒いっ!


【5:30】 新宿着。タクシーで中野坂上へ。シャワー浴びて、バタンキュー。

また今度はゆっくりと行きたい、京都。

**********************************
               
お土産は、いろんな人にいろんなものを買ったのだが、一番困るのは職場である。関西出身のセンパイに勧められた高級金平糖を買ったのだが、包みをあけてみたら、思ったよりも量が少なく、1人9粒(!)の配給。オリジナルシール(「頭が良くなる!?京大前の金平糖」)を作って誤魔化す、の巻。私も一粒づつ食しましたが、大変おいしゅうございました。

京都、ツイッター風に(2日目)

【7:30】 起床
【9:00】 京都駅付近で打ち合わせ
【11:00】 京都女子大入り
【14:00】 ワークショップスタート
【17:00】 終了
【17:30】 またまた先斗町にて、Kさん交えビールと湯葉(写真)
【10:30】 編集Kさん宅着

京都、ツイッター風に(1日目)

【6:30】 京都駅着。寝過ごすのが怖く、あまり寝ていない。観光客が非常に多く、狙いをつけていた漫画喫茶もマックもいっぱい。雨の中を1時間くらいブラブラして、やっと休めるところを見つける。

【8:30】 西陣にある編集Kさん宅着。近くにある晴明神社で参拝。

             
【9:30】 歩いて北野天満宮へ
             
タクシに乗って金閣寺へ。教科書で見たとおり!!
歩いて龍安寺へ。そのあとも、歩いて妙心寺へ。
バスに乗って西陣まで戻る。途中、マカドリンクを飲む。

【13:00】 Kさん宅近くの、狭い路地裏にある中華料理屋「美鈴」にて昼食。そのあと、鶴屋吉信で和菓子を購入、宅に戻ってお茶

【15:00】 歩いて京都御所/同志社→鴨川→「出町柳駅」→・・・京阪線・・・→「祇園四条」

【16:00】 「河原町」→・・・プリンセスラインバス・・・→京都女子大。遅れているからか、飛ばしまくるバスドライバー。思わずポールにしがみつく。

【16:30】 打ち合わせ

【18:00】 懇親会。麒麟麦酒を飲む。

            
【21:00】 二次会@先斗町。鴨川をのぞむお店で・・・。牡蠣と蟹。

【22:30】 先斗町→・・・タクシー・・・→Kさん宅着

【24:00】 就寝
さすがにねむいっす

金沢珍・貧旅行Ⅴ(最終回)

財布を落としたであろう電車が「糸魚川」駅に着くのは1時間後。ちょうどそれぐらい時間が経ったとき、われわれが乗っていた「松本」行きの電車が、「白馬」あたりで5分少々止まるというので、これはチャンスと電車を降りて「糸魚川」駅に電話。停車時間が少ないので私もあせってしまい、支離滅裂な説明になったかとは思うが、それにしたって話のラチがあかない。「ですから車内に・・・」「あの~確認しときますけれど、こちらは糸魚川のバス会社なんですけど?」、ウワ~やってしまったスミマセンスミマセン、といったところでタイムアップ。慌てて電車に戻る乗る。結局財布追跡は一歩も進展せず。車中で電話しようにも、電波が曖昧かつ電車の音がうるさい。ここであせったって、駅に届いていれば財布は逃げないし、届いてなければそれまでさ、と持ってきた本を読み始める。

森達也の『放送禁止歌』、映画の方は見ていないけれど、ドキュメンタリー撮影を通して、自分のポジションや社会に対する眼差しを問うという、いつもながらの軸がしっかり貫かれている。そして「物語」として面白い。岡林信康に会えるか?話を聞けるか?というラインは、やはりハラハラさせられる(結局会えなかったのだけど)。


14時頃やっと「松本」に着き、改めて今度はほんとにJR「糸魚川」駅に電話。ストレートに「財布の忘れ物届いてません?」と聞く。余計な説明はしないに限ります。「どんな財布でしょう?」と駅員さん、この答えからして、誰のかわからずとも財布が届いているという事実ははっきりとしたし、まぁ私のものに違いあるまいと心の中ではしゃぐ。中身にどんなものが入っているかを説明すると、私の財布で間違いなかろうとのこと。お金も無事だったのである!我が家まで郵送してもらうよう話をつけて、ほっとしたのも束の間、慌てて「大月」行きの列車に飛び乗る。そうそう、切符はきちんとバッグに入れていたのは不幸中の幸いでした。

財布があったのはいいが、新たな不安材料が浮上。台風である。「大月」行きの車内でも、状況によっては途中駅で止まることを了承せよとのアナウスンがたびたび入る。確かに、長野県に入ってから雨が降り出していたのでちょっと心配ではあったのだが、「ま、大丈夫でしょ」などと、これまでのあせりっぷりは何処へやら、手のひら返したようにリラックス。サンドイッチをモグモグ(200円)。順調に電車は走る。しかし、甲府を過ぎ、大月まであと少し・・・・・・「塩山」駅でストップしてしまった。これ以上進めないので折り返し運転を行うということ。「塩山」ではそれほど雨が降っていなかったので、乗客は皆一様に「信じられない!」といった表情をしている。こういうとき、乗客たちのやり場のないムシャクシャした感情が駅員さんに向けられてしまうのは、本当に気の毒。
ちょっと心もとない雰囲気の「塩山」駅にいてもしょうがない。「甲府」まで戻れば、時間はかかってもなんとか他のルートで帰れるかもしれないということで、「甲府」に舞い戻る。
駅は大混雑、改札付近にも人が溢れ、すぐには出れそうもなかったので、立ち食いソバ屋でうどんを(350円)食べて、混雑が緩和されるのを待つ。
しかし、他ルートもダメ、高速バスももちろんストップ。本日は絶対に帰れないことがわかった。会社に電話、そして本日の宿を確保するためにあらゆる宿に電話。しかし手軽なビジネスホテル系は全て満室で、貧乏旅行だったはずが、旅館に宿泊するハメになってしまった。「18切符」は基本的には1日券だが、駅員さんに頼んで明日も使えるようにしてもらう。駅前で飲み物や軽食を買い(1000円)、タクシーに乗る。地図で見たら駅から近く見えたが、結局タクシー代1人1000円程で「楽水園」さんに到着。急な宿泊となったので、夕食は抜いてもらい、宿泊料は7000円となった(安い、けどね)。せっかくなので甲府ワインと、富士山湧水使用の梅酒をいただく。台風の中の露天風呂もなかなかオツでした。

フロントからの電話で目覚めた朝。朝ごはんを食べ、また温泉に入り出発の準備を整えるが・・・。う~ん・・・化粧ポーチがナイね。連れには黙っていたが、自ずとテンションは低くなる。中身はどうでもいいんだけれど、だらしない自分に自己嫌悪である・・・。旅館の方の「40分くらいかかると思うけど大丈夫?」との一声を背に、「甲府」駅まで歩く。車がビュンビュン走る大通りばかりだったので、おもしろくない甲府までの道のり。なんだかんだで、駅に着いたのは昼の12時くらいだったが、まだ通常運行ではないという。しかし、ともかく「大月」までは走るというので、少しでも前進しようと、列車に乗り込むことに決める。

改札付近では、おばちゃんが「甲府で待機してる方がいい?それともとりあえず大月まで行ったほうがいいの?どっちなの!?」と駅員さんに詰め寄っている。「大月」から先に進める保証はこの時点ではなかったので、「それはお客様の判断で・・・」と冷静に対応していた駅員さんも、ギャーギャーうるさいおばちゃんに業を煮やして「私だったら大月まで行きますよ!!私だったらね!!」と叫ぶ。「あーそう、そうなのね」とうなずくおばちゃん。まったく、それぐらい自分で判断しなさいよ、誰かのせいにするための保険かけるな。

列車はダラダラと進む。途中駅で止まることも多かったが、それでも「大月」を超え、「高尾」まで列車は走った。そこから中央線に乗り換え最寄り駅へと。長い、長い、金沢旅行が終わった・・・。目標は20,000円だったのですが、もろもろ含め約32,000円ほどの旅でした。

**************************************************************************
ところで、本当に写真を取りまくった私。海外でも、とにかくカメラをパシャパシャする日本人観光客の態度が、ステレオタイプとして揶揄される。ちょうど読んでいた佐藤直樹『「世間」の現象学』によれば、「世間」という曖昧な世界で、本音と建前で生きる日本人は、言葉以外のもの(表情、身振り、言葉の真意・・)から意味を読みとる。つまり、あらゆるもの、なんとはない風景も読み取り可能な「意味」に変換してしまう。バルトは、ただただ風景や自然、物を描写する日本の俳句に驚き、「この国はどんな場所においても、空間の特殊な構造化がおこなわれている」と述べている。あらゆる風景につねに「意味」が強いられる、読み解くことを強いられるのが日本、つまり「世間」であり、日本で散歩が成立しにくいのは、「風景があまりに『意味』にみちみちていて『うるさい』から」であると佐藤はいう。

赤瀬川源平らの「路上観察」や、みうらじゅんなどの写真を使ったパフォーマンスをはじめ、90年代の「ガーリーフォト」、雑誌などの読者投稿による「おもしろ看板・風景」写真コーナーもめずらしくない。
私は今回の旅で、150枚ほどの「意味」を撮影したのだった。

※後日談:財布は2日後に「糸魚川駅駅長」から届けられました。本当にありがとうございました。

それから、さきほど旅行に使ったバッグを片付けていたら、化粧ポーチ発見しました・・・。もう旅から1週間以上経ってます。どっちにしろだらしない。

【完】


金沢珍・貧旅行記Ⅳ

 【ユースホステルに1泊した、そのつづきです】
6時ちょっと前に起き、ぼーっとしながら出発の準備を整え、タクシー会社にユースホステルまで来てくれるよう電話を入れる。まだ誰も起きていないので、われわれがユースホステルの入口のドアを開け、入口に挟まった新聞をフロントに置く。愉快な管理人さんとはもうちょっとお話したかったんだけれど、やむをえない。ちょっとした手紙を置いてユースホステルを6:20分に出発し、金沢駅へ(タクシー代:1人700円程)。
帰りは「青春18切符」で鈍行の旅をすることが旅行3日前くらいに決定し、そこからあたふたと切符の手配を始めた。青春18切符は5回(人)分パックのみの販売だが、mixiで青春18切符関連のコミュニティを覗いたら、2回(人)分あまってしまった券を譲りたいという方がちょうどいらして、とびつく。旅行前日に新宿で受け渡し。譲って下さった方(ジャニーズおっかけの主婦)の新宿までの交通費込で2人分5000円(「青春18切符」って何歳までなの?と何人かに聞かれた。確かに妙な、というか買うのを一瞬躊躇してしまうようなネーミング。年齢制限はありません、みんな永遠に青春野郎ってことですよ)。

7時ちょっと前にJR北陸線「黒部」行きの電車に乗り込む。爆酔。途中駅の「富山」でムクリと起き、車内からホームの写真をパシャリ。富山県出身の知人にメールで送る。富山駅でドヤドヤと乗ってきた高校生に、その知人の若かりし頃の姿を見て、ニヤリとしつつまた寝る。

8:30に「黒部」着。さびれたホームで15分ほど待ち、「糸魚川」駅行きの電車に乗り込む。
 
9:30頃「糸魚川」に着く。ここでは1時間以上待ち時間があったので、ちょっと遅い朝ごはん(「18切符」は途中下車可)。どうせなら美味しいもの食べたいのだけれど、時間がちょっと早くお店が開いていなかったので、しょうがなく駅弁。
駅弁食してもまだ時間があったので、翡翠の街、糸魚川をぶらつく。潮の香に誘われて、日本海を臨める展望台へと。この日東京は台風に見舞われるということだったが、日本海は晴れ。空を眺めながら「(台風なんか)くるわけないじゃない」と、今、ここにいる場所も忘れて天気予報をバカにする。
展望台に行く途中に、誰が用意したのか知らないが、「思い出ノート」なるものがあり、訪れたものがおのおのの想いを書き綴っている。卑猥な文章やいたずら書きもあるが、旅先かつ日本海を前にしたこともあって(?)ナルシスティック、悲劇のヒーロー/ヒロイン系の文章も目立つ。上掲が最も印象に残ったもの。嘘かホントかという、その曖昧さ、そのわからなさ加減に興奮する、のである(また、字がイイ)。

10:50頃「糸魚川」を出発。一両編成の大糸線で長野県の「南小谷」に向う。最初は「長野の車窓から」ってことで、風景を楽しんでいた。窓にススキがバシバシ当たってくる。しかし、満腹っていうこともあって、また寝る、とっても深い眠りに。
11:40頃「南小谷」到着。例によって写真をパシャパシャしてから、「松本」行きの電車に乗って一息ついていると・・・。「
んー・・・え~・・・あっ財布がない!!」

えらいこっちゃえらいこっちゃ、ということで、今乗ってきた電車に戻り、座っていた座席を調べるがナイ。駅員さんに落し物が届いているか尋ねてみてもナイ、と言う。そうこうしているうちに「松本」行き発車とのアナウンス、どうすればいいかわからずも、取りあえず「松本」行きに乗ってしまう。連れはさすがに大呆れ。「松本」まで2時間の旅だったのだが、興奮してしまい眠れないし、本も読めないし、ずっと悶々とする。とりあえずクレジットカードだけ電話をしてとめてもらうも、しきりに「私は人間を信じる」などと、「らしく」ないヒューマンゼリフを念仏のように繰り返す。「ねぇ、あんたも信じるでしょォォ」と連れの首根っこを掴みながら。

金沢珍・貧旅行記Ⅲ

「純喫茶ローレンス」を出た後、薬局で買った栄養ドリンク飲み(100円)、金沢のセンター街ともいえる堅町商店街をぶらつく。しかし、閉まっている店も多いし、平日ということもあって人は少ない。おしゃれなブティックの隣に古い金物屋や100円ショップが並ぶ、そんな通り。あるファッションビルでトイレを借りてから、20分ほどブラブラ歩いただろうか、重大なミスに気がつく。「財布がない・・・!!」。旅行中、財布をズボンの後ろポケットに押し込んでいたのだが、トイレの便座に座るときはそれをポケットから出す。それを出したまま忘れてきたのだ!
 
青ざめながらあわててファッションビルに引き返し、トイレに駆け込むもナイ。もう20分くらい経っているし、トイレの個室なら難なく事が運べるしなぁ、と悲しみに暮れる。トボトボとトイレから出て、掃除をしていたおばちゃんに「忘れ物ってどこにとどけられるんでしょうかねぇ」などと一応聞いてみる。「あぁ、今インフォメーションでなんか名前呼んでたよ~」と言われるやいなや受付にダッシュ。中身も全く無事に財布が届けられていた。このときの喜びようったらない。今まで財布を失くしたことも何回かあるが、中身が無事だったことはなかった。香林坊の中心で「私も絶対ネコババはしません!」(当たり前?)と叫んだのだった。
そんなドタバタの後は、香林坊からすぐ近くの長町武家屋敷跡へ。曲がり角が多い構造は、戦いの際に敵が一気に侵入するのを防ぐためだとか。実際に人が住んでいる家も多いのだが、自分の住む地域一帯が観光名物となってしまっているため、仕方なしに(?)庭先を公開しているお宅もある。また近隣に新たに建てられた家も、「それらしい」外観で、風景に溶け込まされている。お土産に大豆飴せんべい(500円)を買う。
携帯の電池が切れたので充電器をコンビニで買い(700円)、なにやらデカイ神社が見えたので行ってみる。初代加賀藩主・前田利家と正室お松の方が祭られた「尾山神社」だった。明治6年に建てられたということもあって、ステンドグラスがはめこまれた和洋折衷の神門がお出迎えである。なにやら謡と囃子が聞こえてくるので、「わっ、もしかして今やってるところ見れるのかも!」とウキウキダッシュしてみるも、それはCDから流された音だった。やられた・・・。変な演出はやめていただきたい。
そのあとまた周遊バスに乗り、「ひがし茶屋街」に向う。1946年にGHQにより公娼制度が廃止され、遊郭としての茶屋街の歴史には幕が下りる。保護地区となった今では、喫茶店やみやげ物屋が入っているが、わずかだが今でも営業している料亭はある(一見さんお断り)。京都の祇園に並ぶ格式高い社交場であったこの茶屋街で、ひとっぷろ浴びようと銭湯「東湯」さんに入る(500円)。


ジャグジー風呂でリラックスしていると、かなりガタイの良いおばちゃんが、「観光客はマナーがなってない!ここいらに住んでる人はちゃんと片付けるんだよバカヤロー」と、そこら辺にあるオケを蹴散らしながら入ってくる。「あそこは私の特等席なのに」とブツブツ。その後も近所の顔見知りの人を相手に、観光客のダメさ加減を大声でしゃべくる。みながこのような態度を取るわけではないし、これだけで金沢の人がどうこう言うつもりもないが、「よそ者に厳しい土地柄ってこんなことを言うのかな・・・」などと考えながら、思わずお風呂の中で身震い。よそ者はよそ者らしく(by中川敬)。
「くるっとバス」(100円)に乗り、またまた香林坊へ。本日の夕食処、酒と人情料理の店「いたる」さん。旅行前に眺めていたあるブログで名前が揚げられていたこのお店、フラフラと歩いていたらめぐり合ったので即決で入ることにした。旅のしょっぱな、兼六園を見学しているとき(朝9:00頃である)から「ビール飲みたい」なんて言っていたので、やっとありつけたビールである。
でもなんだか疲れているからか、食欲はあまりなく、きゅうりとか、もずくとか、どこでも食べれるじゃんといった軽い料理を食べる。唯一金沢らしいものといったら、能登豚と大根の煮付け、くらいか。でも、カニ味噌をつまみに、石川県の日本酒を何種類か飲んだからいいのである(1人3,500円成)。

で、この日のお宿は「金沢ユースホステル」。駅まで迎えに来てくれるというので、香林坊からまたバスに乗り(200円。周遊、ふらっとバスは既に営業終了している)、金沢駅まで行き、送迎車に乗り換える。車に乗るなり、ユースホステルのおじさんから「あ、あんたら美味しいお酒のんできたね~」と言われる。「ハイ、美味しかったです!」と答える。約15分ほど車に揺られ、金沢市を一望できるという卯辰山公園内のユースホステルに到着。フロントで明日の出発時間を伝え、料金を支払い(1人4,200円)、部屋に入ってまたビールで乾杯(500円程)、またひとっぷろ浴びる。

次の日は12時間の鈍行の旅で朝早く出なければならないし、疲れていたこともあって、ゴロゴロする間もなく就寝。次の日どんな目に合うかも知らず、ぐっすりいい夢見たのでした。

金沢珍・貧旅行記Ⅱ

金沢城公園をぐるりと1周して、金沢の台所「近江町市場」へブランチをとりに行く。食事処の10:30開店まで、市場内をぶらつく。お客さんもまばらな市場。「宅急便で送れるよ~」などと声がかかる。やっぱり観光人面してんのね、というより市場の観光地化は進んでいる。富山出身の知人に言わせれば、「地元人はココであまり買わない」とのこと。
「近江町市場寿し」さんで、日本の奇妙な食文化、回り寿司をいただく。
ちょうど前日にある雑誌で読んだ、「寿司職人に聞く、“イキ”な寿司の食し方」なる特集を思い出し、ちょいと“イキ”を実践してみようと思いたつ。寿司好きの方であれば初歩の初歩なのかもしれないが、その特集によれば、白身で始めて、赤身、青と行ったあとで自由に食べ、最後に甘系で締めるのが“イキ”だそうだ。ということで、「すみません○○下さい!!」と勢い良くオーダー。しかし、「アイヨ!」と言って出されたのは赤身だった。嗚呼、無知・・・(何を頼んでしまったかは秘密)。出鼻をくじかれたので、青身に走る。イワシ、アジ、サンマ(写真)。1人1,500円ほどのお会計。
 周遊フリーパスは使えない「くるっとバス」(100円)に乗って金沢21世紀美術館へ。途中、運転手さんがインカム付けた状態で、「はぁぁ・・・」と何度もつくため息、終いには「あぁ・・・疲れた・・・」と吐き捨てた声が車内に切なく響き渡る。展示は、オルブライト=ノックス美術館コレクションから「パッション・コンプレックス」。全体的に散漫な印象。ローリー・シモンズのフィルム「悔恨のミュージック」(左)が面白かった。脚がついたさまざまなモノたちが踊り語るミュージカル。メリル・ストリープも出演している。
手にしていたリーフレットである作品に「チョン」と触れた。とたんに「あなた今何やったんです!!」とものすごい形相で近づいてくる学芸員。その怒りっぷりにびっくりして言葉を失っていると、畳み掛けるように、「あなた何した、何した、触った、触った!」とまくし立てる。「ハイ、触りました」と言うと、更にまたギャーギャー言う。このまま「お縄」になるんじゃないかというほどの剣幕だった。シロウトですみませんでしたね、でもあなたは、何を思って、どんな思想でもってそれほど怒っているのか?!(入館料は、周遊フリーパス呈示で200円安くなって800円)
美術館前からまた周遊バスに乗り、金沢の繁華街、香林坊へ行き、金沢に住んでいた友人から教えてもらっていた、崩れ落ちそうなビルの3階にある「純喫茶ローレンス」で一息つく。ここは文化人が多く訪れた場所であるらしく、われわれが座った席は、「そこは五木寛之が『蒼ざめた馬を見よ』を執筆してきた席よ!」などと店主から声をかけられる。そのお話好きの女店主からは、アルバムも見せていただいたのだが、その五木をはじめ、田中邦衛や石田あゆみ、浅川マキ、上野千鶴子などあらゆる著名人の写真が収められている。
50代とおぼしき店主は、長い黒髪にハイウエストのパンツ、タンクトップにサスペンダーという個性的なスタイル。金沢美大出身だそうで、店内には自身で描いた幻想的な絵が何枚も飾られている。美術館のこと、金沢のこと、メニューの話、五木氏の話など、客がわれわれしかいなかったこともあって、30分ほどおしゃべり。その後、お客さんがパラパラとやってくる。なじみの客と女店主が繰り広げる話も聞いていて飽きなく、ちょうど疲れがピークに達していたこともあって、ダラリダラリと1時間半くらい飲み物をすすっていた。私はレモンソーダ(500円)をいただいた。そういえば「喫茶店」しかなかった幼き頃は、いつだってレモンスカッシュを飲んでいたのだよなぁと思いつつ。

金沢珍・貧旅行記Ⅰ

当初は、友人が最近住み出した名古屋近辺に出向いてみようと考えていた。だが、「金沢21世紀美術館」に行ってきたという知人から、「ウミちゃん好みの美術館だと思うよ」などと言われ、金沢行きを考え出した。金沢の大学に行った小学校からの友人が、「遊びにおいでよ~」と4年間言い続けていたのに、1回も出向かなかったのだが。
9月4日の深夜12:00に、東京駅前から夜行バスに乗り込む。寝台列車には何回か乗ったことがあるのだけれど夜行バスは初めてで、やはりうまく眠れるかが一番の心配。不安は的中で、われわれの後ろに座っているギャルたちのガールズトークはいつまでも終わらない。もちろん声を低くしてボソボソしゃべっているのだけど、逆にそのボソボソが気になる。3,900円という最安値(だと思う)の便を選択したため、バスも旧型というか座席と座席の間がとてつもなく狭く、本当にすぐ後ろで話されている感じがして落ちつかない。耳栓持ってきたかも・・・とバッグの中をゴソゴソ探してみるが見つからず、しょうがないから精神統一で雑音を追い払う。

やっとウトウトしだしたかと思ったとたんに、車内の電気がバチバチッと輝く。「え~これより15分のトイレ休憩です」と運転手さんの野太い声がマイクに乗って車内に響き渡る。「オイオイ勘弁してくれー」と思ったが、せっかくなのでインターで煙草休憩をとる。
金沢に着くまで、ウトウト・・・「え~休憩です」「オイオイ」が3セット。ほとんど眠れなかった。
6:30頃、金沢駅到着。降水量が多い金沢に来た観光客を優しく迎える傘の役割を果たす「もてなしドーム」と、藩政時代から盛んだった「能」に使われた「鼓」をイメージした木製の「鼓門」は2005年に完成して以来、金沢の顔。

眠い、あまりにも眠いので、栄養ドリンクを買いに駅のコンビに入ると、にぎりたておむすびが食べれるというイートインコーナーがあったので、軽く朝ごはん(280円)。それから栄養ドリンク飲んで(200円)、この後の計画を練るためにスタバでコーヒー(280円)。結局なんのかんのと1時間くらいスタバのテラスでボーっとする。というのも、着いたときはまばらだった学生の数がみるみるうちに増え、あらゆるバスがスクールバス状態になっていて、それに乗り込む気力がなかったからである。8時頃にやっと学生が少なくなったので、周遊バスフリーパス(500円)を買い、最初の目的地「兼六園」行きのバスに乗り込む。
日本三名園の一つである「兼六園」は、百万石の富を持つ加賀藩が作り上げた贅沢な空間。入園料は300円。下は、江戸2代将軍・徳川秀忠の娘・珠姫 が輿入れした際に、江戸から付いてきた300人のお供のために、作られた「江戸町」跡。今は土産屋、甘味処になっている。雰囲気にノッて、何年ぶりかにカキ氷でも食べてやろうかとも思ったが、すぐにバカバカしくなってやめる。 駅前で観光客から質問を受けていたバス会社の方は、「じっくり回ったら3時間くらい過ごせますよ」と言っていたが、われわれは30分くらいで退園。ムシムシ暑いし。なんといっても雪景色の金沢、なのかなぁと考える。
兼六園のすぐ隣にある金沢城公園。と言っても城はなく、三十間長屋や門が残るのみ。復元された五十間長屋は入館に300円かかるが、城に特別興味はないので、その周りをウロウロ。まだ時間が早いからか、あまり観光客はおらず、広々とした芝生を独り占め、である。
金沢城公園内にある、謎のリゾート空間。過剰に「金沢城らしさ」だとか「歴史の深み」を演出するのは「イヤらしいな」と思いつつも理解できるけど、これは一体・・・。こういうのを見て、外国の方々は「スーパーフラット!!」なぞと言い、日本のミクスチャーっぷりを喜ぶのだろうか。

河口湖へ残暑お見舞い

 聞き飽きた、あるいは言い飽きたことかもしれないが、本当に毎日毎日暑い。こんなときは、たとえひとときの夢だろうと、どこか涼しい所に逃げてしまいたい・・・。というわけで(?)、「残暑見舞」という名のもとに、河口湖に住むJ師匠(以下、J師)の家に仲間たちと押しかける。

 2台の車で出発。高速道路はほとんどスムーズに流れ、あっという間に河口湖に着く。いったんJ師の家に挨拶に行ってから、河口湖の隣にある西湖近くの青木ヶ原樹海へと向かう。予定を立てていた人はあまりいなかったようで、私が行きたいと思っていたところにスンナリと行くことになった。とりあえず、樹海入口の「西湖コウモリ穴」へ。案内所で地図をもらい、目的地までのコースをシミュレーションすると、片道55分とのこと。仲間たちから「ブーブー」と激しいブーイングがおきるが、半ば強引に奴らを樹海に引きずり込む。
前半は非常に順調。平坦なハイキングコースといったところで、日差しは木々が遮ってくれているため快適に歩を進める。「これはもう余裕だなぁ・・・」といったリラックスムードになる一行。

1つ目の目的地、「竜宮洞穴」に到着。青木ヶ原樹海には、他にも洞穴や氷穴があるが、J師夫婦が口を揃えて「タダだから」とお勧めしてくれたのがここ。足場の悪い道を下っていくと、スーッと冷気が。地下水パワーによるクーラーで一同しばし涼をとる。

パシャパシャと写真撮影も終え、お次は、富士山を眺めるには最高という「紅葉台」をめざす。「台」というからにはそれなりに標高も高いということがわかりそうだが、呑気なわれわれには、まさか!の山登りがスタートしてしまった。それでも最初は余裕があったので、「近道だけど急ですよ」コースを採ることに。
ハーハーしながら登りやっと紅葉台に到着。グッタリ・・・。売店では朝採りいんげんが販売されていた。りっぱないんげんが40本程で100円という破格の値段だったので思わず購入。こういうのはやはり嬉しい。
気を取り直してまたまた写真撮影。ところで「大自然の美しい風景」ーー河口湖でいえば富士山に集約されるのだろうがーーを見に行こうというとき、あらかじめ写真で見たその風景を見に行くということがしばしばである。本や雑誌で何百回と見てきた「モナリザ」をルーブルに見に行くことと同じ。複製技術によって強化されるアウラ。よりありがたがれる「ホンモノ」。しかし、実際に「ホンモノ」を見に行くことは、目で見るだけとは違うし、むしろそこにいたるまでの過程が重要だったりするが。目的の場所までたどり着いてそこで風景を見ても、なんとなく気持ちがコケるというか、自分の期待が高すぎたなと思うことは良くある話。「なぁんだ、こんなもんか」ではなく、「あぁこんなにも私の富士山はイメージ的、あまりにイメージ的なんだな」ということ。  飲料の買出しをしてから、J師宅へ戻る。シャワーを順番に浴びながら、一同宴の準備や庭仕事をやる。生ゴミ埋めるための穴掘り、草刈、料理の準備。先回来たときにやった冬支度マキワリは、ちょうどこのときJ師がぎっくり腰だったためか、誰も話に出さなかった・・・。
紅葉台で買ってきたいんげん入りサラダ。そしてあとの全てはJ師のお手製。マッシュポテト、ハンバーグ、ししゃものスモーク、から揚げ。みんなたらふく食べて飲む。しかし、山の天気は変わりやすい。ゴロゴロと雷、J師の「来るぞ!」の合図を受け、危機一髪、降りだす前に屋内に移動。後はダラダラと飲む、飲む、そして飲む。飲みきれるかな?と思っていたアルコールをすっかり飲み尽くした。まだ12時だったし、みなまだまだ飲める様子だったけれど、酒がないんじゃぁしょうがない。近くにコンビニなどありはしないのだから、後は寝るだけ。
次の日は7時半起床。予報では雨だったのに、見事な晴れである。朝ごはんもたらふく食べる。大盛りご飯に、昨日の宴用にJ師が作ってくれていた豚汁を大きな碗でなみなみといただき、じゃこ大根おろし、トマト、きゅうり、ヨーグルト、桃、あとリクエストして、自家製紅しょうがもいただいた。なんだか、雑誌「サライ」の「私の自慢の朝ごはん」コーナーに出てきそうな充実した朝食である。そして、J師がここのところお気に入りという、果物のキング、ドリアンを食べるハメに。ほんのちょびっとヨーグルトに入れて食べたのだが・・・・・・2度目はないでしょう。
食後のコーヒーを飲みながら、本格的に本日の予定を相談。私が、温泉と神社に行きたいと言ったら、J師がいろいろとお勧めを教えてくれ、コースまで考えてくれ、また、ぎっくり腰なのにもかかわらず車で送ってくれることになった。出発前に、師のパートナーで陶芸家のKZさんの工房で、数々のユニークな作品を鑑賞する。左はアース・キューブシリーズの一つ。美しかったころの地球。まだ窯に収められていた、食い尽くされた地球、白骨化された地球も見せてもらう。「地球が白骨化しないためには?」というテーマで、今度県立の美術館にてインスタレーションする予定だとか。
(写真はKZさんのブログより拝借)
KZさんと別れの挨拶をして、出発。仲間の内の一人が、「美味しいジャムを買いたい」というので、途中、河口湖の湖畔にあるジャムを売っている場所に立ち寄る。思わず「昨日見たどの風景よりも、ここが一番良いかもしれない!」と私が言うと、後方からボソッとJ師の一言「コレ、絵葉書の風景だよ」。
それでは、「THE絵葉書の富士山」(右写真)をどうぞ。
お勧めの温泉「ふじやま温泉」まで送ってもらい、J師とお別れ。昨年11月にできたばかりの「ふじやま温泉」は、入湯料1,500円と少々お高いのだが、お風呂の種類も豊富だし(露天あり)、マッサージや岩盤浴(有料)、富士山を眺めながらくつろげるリラクゼーションルーム、仮眠所など充実したサービスが受けられ、1,500円でも充分元をとれる。そして何といっても見所は温浴棟の建築にある。伝統工法を駆使した釘を使わない梁組みで出来た、日本一の広さを誇る「純木造浴室」。木材はケヤキ、ヒノキ、マツが使用され、中心となる柱は樹齢200年以上といわれるケヤキ)。この後の予定もあるので、1時間ぐらい楽しんで温泉を後にする。
その後、「北口本宮浅間神社」まで暑い中を歩き続いて、やっとこさ神社前にたどり着いた私たちは、その入口に立った途端、「オオオオオーーー」と声をあげてしまった。J師から、「昔はこの神社が富士登山の入口だった」という説明を受けていたのだが、想像以上のスケールの大きさ。社伝によれば、110年、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東方遠征の際に富士山を拝んだことに始まるという説や、垂仁天皇時代(紀元前69年~後70年)に、大噴火を恐れる人びとの心を静めるため、勅令で火山鎮護の神を祀ったとの説もある。現在の地に社殿が建てられたのは788年、現在ある本殿が建立されたのが1615年と、なかなか古い歴史のある神社なのだ。
どうしても富士吉田のうどんを食べなくては気がすまないわれわれは、時間を見計らい、浅間神社は3、40分と少し駆け足の見学になった。
そして、念願のうどん、である。富士吉田のうどん発祥の店とも言われる、「はなや」さんに行く。民家を改造した全席お座敷のお店で、扇風機の風をうけながらうどんを食す。なんだか、おばあちゃんちで食事しているかのよう。暑いのでみな迷わずざるうどんを頼む。並が350円なのに対し、大は2倍の700円。でも大を頼む。+30円で天玉付き。コシがあって力強いうどんにみな満足。

満腹となったところで、富士吉田の駅めざしまた歩く。26日に行われるという日本三大奇祭の一つ、火祭りの用意が通り全体でなされていた。2日間にわたり、普段の倍倍倍以上歩き回ったため、筋肉痛が懸念されたが、今のところまだなんの支障もない。
明日以降痛み出す可能性は否定できないのだが・・・。

去年のタイ旅行

 書き途中の記事がゴロゴロしているのですが、その1つがタイ旅行記。今更という気もしますがとりあえず。

 アジアンな服を着ていたら、会社の人に「ナニ、外遊一周年記念かい?」などとすっとんきょうなことを言われる。怪訝な顔をする私に、「だって去年の今頃でしょう、タイに行ってたのは」(アジアンな服はアメリカで買ったのですけどね)。そういえばそうだということで、1年ほど前に行ったタイ旅行の写真をアップします。
 メンバーはゼミの同士2人の計3人。彼らについてはユニークな話がたんまりとあって色々と書きたいことはあるのですが、本人たちの名誉のために今回は写真だけにしておきます。
 大学時代は遊びで写真を撮っていたが、近頃は旅行時ぐらいにしか撮らなくなった(カメラ付携帯が原因ではない)。腕がなまったとかそんなおナマをいえるご身分ではないが、出来上がった写真はヒドイものばかりで少しショック・・・。同行人Sのインスタントカメラの方で撮ったものの方が、何倍も良い写真だったような気がする。

【乗り物】左:トゥクトゥク右:バス
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【ワットプラケオ寺院】
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【街】左:バッポン通り 中:カオサン 右:中華街
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【アユタヤ】
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【ダンス】左:ニューハーフショー 中:タイダンス 右:ヒンズー教のダンス
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【「美しき」タイ】
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【「美しさ」の裏にあるもの】
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