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断片的、あまりに断片的な

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「やばいよね、やばくない?超やばい!」

先日、待望のxiuxiu出演ライブイベントに、恵比寿リキッドルームに行ってきた。レポートはまた追って書きたいと思うが、ともかく隣で見ていた「若者」グループたちが連呼する「やべーやべーやべー」はうっとうしかったね。

「キャー」とか「ワー」というのと一緒で、批評性なくただ単に感情の高まりを表出していて、それはまぁ、そういう言葉として「やばい」があるのはわかるけれど、「やばくない?」だと良く言われるような価値判断の猶予が垣間見られる。良し悪しどちらとも取れるというわけで。現に、ハタチだという女子(会話盗み聞き)は、連れの友人らに「xiu xiuヤバイよね、やばくない?超やばい!!」と言いながら、xiuxiuライブ序盤でフロアを後にした。

私の連れは、その女子にバカの一つ覚えのように「やばくないですかぁ?!」と同意を求められたそうだが、答える代わりに肘鉄をお見舞いしたそうだ。いやぁ気持ちはわかるけど、コレコレ、いつの間に。
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小さきモノたちの死

先日、羽蟻たちの襲撃について少し触れたが、奴らは今日も元気。

今日のゼミの発表で、ある方がアントニオ・ダマシオの『生存する脳』の発表をしていて、虫の脳についても話が出たのだが、奴らは明るい所にやってくるようにインプットされている(ハズだ)から、夜になると卓上ライトの光に誘われてどこからともなくやってくる。
その奴らの性行を利用した虫撲滅装置がコンビニの入口付近で良く見られるが、我が部屋でも卓上ライトの蛍光灯の熱にやられて、羽蟻がボトリと下に落ちる。ちょうど卓上ライトの下に置いておいた、昼間飲んでいたピーチジュースのグラスにボトリと落ちる。気持ち悪いが、ここまでくると楽しくなってくる。

カラダがどんなに熱くとも、光を求めて突き進む、小さきモノたちの死。

不気味で高貴なお方(2007.6.6雑記)

■今日はもう寝ようと思っていたのですが。
 うごめく黒い物体が視界にチラッと入り、見ると、ヤツです、ゴキちゃん。
 深夜2時過ぎ、高齢者が多く「枯葉住宅街」と呼ばれる不気味なほど静かな住宅地の中心で、思わず「ウギャーーーー」と叫ぶ。
 なんなんだろう、ヤツに遭遇したときのこの恐怖心は。今日ではないけれど、一度ブンブン部屋中を飛びまわられたことがあって、本当に言葉が出ないというか体が動かないというかそんな恐怖を味わいました。最終的に新聞紙で、飛んでいるヤツを床に叩き落したんだけれども。
 虫全般は全く平気なんですが、やはりゴキブリネガティブ神話って相当刷り込まれているなぁ・・・。そういや、ゴキブリっていつから悪者に、というか日本に生息しているのだろう。海外での取り扱われ方は??「ゴキブリの歴史/社会史」、モトム。そもそもゴキブリって何語?
 ゴキちゃんは、男子の憧れ(今はそうでもないと思うが)カブトムシと似ていると良くいわれる。高貴なお方と不潔なヤツ。エロスとタナトス(生=死)のような関係かしら。というか「聖と俗」か。カブトムシのスピード遅さ、ゴキの素早さといった対立も気になるなぁ。
 前もどこかで引用したけど、フロイトの定義によれば不気味なものは
「親しかったものが、抑圧を経て現われてくるもの」である、が・・・。とにかく食物を貪欲にあさろうという、小汚い恥知らずなヤツというゴキのイメージ。
 もう頭も回らないのでさすがに寝ようかと思いますが、、、今、ヤツ、ベッドの下におります・・・。うう。

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火曜サスペンスを笑うな(2007.6.5雑記)

■ゼミ仲間には、元吉本興業所属の方がいらして、笑いや人間関係について研究をしている。だから「笑い」についても、ときになんとはなしに考えてみたりする。
 ツッコミ/ボケという図式があるが、関係性によってそれも変わるだろう。学部時代には一部の友人からは、やや(というかめいいっぱい?)からかわれたフシがあって(その図式でいうとボケですか?)、自分としても謎というよりやや不快だったのだが、そのときベルクソンの「笑い」を読んで、そんな扱われように少々納得した覚えがある。
 「無」とか、「火曜サスペンス」などと言われ、私の非=人間的な無表情(もっとも本人にはその自覚はない)があげつらわれることが多かったのだが、ベルクソンいわく「機械のような強情っぱりで干渉し遮断しているばかげて一本調子な肉体。・・・精神的なものが本義となっているのに、人物の肉体的なものに我々の注意を呼ぶ一切の出来事は滑稽である」。
 よく私の顔(表情というか無?)を見て笑ってる連中がいた。失礼極まりない。そういやSも今日笑ってたらしいね~、私の「無」に。

■1ヶ月くらい前から話はあったのだけど、社交ダンスについて研究している方とお会いすることになりました。現風研のブログを見て当ブログに行き着き連絡を下さったそうです。「社交ダンス?永井さんじゃん!」と思ったのですが、その方は芸術・スポーツ科学といった視点から研究なさってきたようで、なぜ社交ダンスがすたれ、何に取って変わられたのかという文化・社会的背景について聞きたいとおっしゃるので、「まぁそれなら・・・」ということでまことに僭越ながらお話させていただくことになりました。でも、その方は競技ダンサー!むしろ、こちらの方が伺いたいことが満載。
 なんでも神戸から来てくださるとのことで、せっかくだから東京のダンスホール行きましょうなどの話も出ていて、今からワクワクしている。

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声のきめ(2007.6.3雑記)

■情報を羅列しまくられて、テレビ見てるみたい。そしてその人は、「欲求」は口にしない。
 またまた映画「グッド・ウィル・ハンティング」のセリフが思い出される。「君と話をする必要はないよ。だって全部本に書いてあるから」。

■頭の中をシュワシュワ、マッサージするような、心地良い刺激をくれる声の持ち主がいる。

 このような声にはじめて出会ったのは、中学1年生のとき。生物の先生、女性。声を聴いているだけで頭がボーっとしてくるのだ。音はシュワシュワ・ジンジン、脳がマッサージされているような感覚。
 そんな声の持ち主に会うことはそうそうないのだが、2人目はピアニストの中村紘子。教育テレビでショパンとかロマン派の音楽家について語っていたのだが、その内容ではなく声を聴いていた。ジンジン。
 3人目は、営業に来たお姉さん。社内にコーヒー販売機(といっても豆を自分たちで入れたり、その装置の手入れは自分たちでやらなければならないというもの)を設置してくれとの話で、なぜか私にいろいろとアプローチしてきて、何度かお話しているうちにシュワシュワ。ボーっとしながら「まぁいいんじゃないですか・・・」などと曖昧な受け答えをしていたら、他の女性社員が一喝。「その装置の面倒見るのはワタシタチ女なのよ!」。ごめんなさい・・・。
 バルトの言う「声のきめ」とはちょっと違うが(ワタシのは明らかに身体的快楽だし・・・)、声を普段とは違うかたちで聴く経験。
 これまで出会ったそんなエロティック(?)な声の持ち主はみな女性ですが、先日は声ではなくある人の足音にジンジンきてしまった。固目の絨毯の上を歩く音。他の人ではなくて、その人の足音だけがジンジン。「もう一度ちょっと、こっちに歩いてきて・・・」なんつったらりっぱな変態だな・・・。その人との関係性や、心理状態、体の調子にも左右されるのだろうが。ちなみにこのときは寝むりにおちる一歩手前でした。


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携帯電話、破産への道

■今日、ゼミの先輩から関西社会学会大会のオミヤとして、ゴマヤツハシとゲイのダンスカルチャーについての論文が載っている論文集をいただきました(ありがとうございました、Yさん)。アメリカで買ってきたディスコミュージックのコンピレーションCD3枚組みを久々にBGMとしてかけながらノリノリな気分で読み、概要・感想を途中まで書き進めていたのですが、まさか!の誤作動で全て消えてしまいました・・・。今日はもうやる気起こりません。明日以降に書きますわ・・・。
 ちょっと言うと、「言説に規定される世界からの逃避」あるいは「ユートピアの模索」をゲイのダンスイベント(こそ)の意味、という結論には疑問が残ります。

fc1425fe.JPG■先日、携帯電話の機種変更を行いました。私はこれまで8台ぐらい携帯を取り替えているのだけれど、能動的に取り替えたのは今回が初めて。以前は、踏切内の線路に落とし電車に踏まれて破損、トイレに落とす(これが一番多い)など、やむなく取り替えるハメにあってきたのですが、知人のブログで掲載されている携帯カメラで撮った写真があまりにも綺麗なのに刺激され、500万画素のカメラ付携帯に取り替えてしまいました。先回取り替えた際には、旧ヴォーダフォンショップの店員さんに「カメラなんかいらない!カメラがついてない機種を出せ」とのたうちまわっていたのに、なんという変わりよう・・・。これもブログのせいですかね。
 しかし・・・ソフトバンクの機種変更は複雑。詳しくは書かないけれど、???のことが多すぎて、説明を受けるだけで1時間余り費やしてしまいました。「〇〇〇パックに入りませんと、着ウタのダウンロードは1曲3,000円かかります」との恐ろしい話。私は着ウタなんか絶対ダウンロードしないからいいけれど・・・。


31c3ece4.JPG その他、2ヶ月間おためし無料でいろいろなオプション(パケット使いたい放題)が付いてくるのだが、おためし期間をすぎれば自動的に月額の料金がかかってくる。それをおためし期間中にいちいち解約しなければならない・・・。そんなのが2つも3つもある。もちろん解約の手続き方法はめんどくさく、その方法は丁寧に表記されているとはいい難い。あああああイヤだ。解約するためには暗証番号も必要だが、何回ためしても「暗証番号が違います」とくる。
 携帯からインターネットを接続する際にも料金が発生するが、何気に携帯を手にとって見たら、ヤフーに接続されたままだった!!いったい何時間前から??あああ恐ろしい・・・(イヤ、ほんとに来月の支払いが怖いですよ、、、)。なんとも怪物的なメディアになってしまったもんだ。

(写真は500万画素携帯カメラによるもの。別にたいしてキレイじゃないですね
1)ウミヨークの作業机。
2)隣のB-GIRL対策として「持ち出し禁止」の張り紙をしてある漫画コーナー。効果全くナシ)

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部屋の重さ1割減(2007.5.23雑記)

■ここ数日、毎日2時間づつくらいかけて、部屋の大片付けを行った。真夜中にガタゴト物を移動させたり、本やCDの山がズドドドドとなだれたりしていたので、隣近所の方々には少々迷惑だっただろう。たくさんの埃にやられて私がたびたび発していたくしゃみの音もうるさかったかもしれない。
 私は居候の身であるが故、他の同居人の物が多く収納されている部屋で生活をしている。同居人のなかで最も物を所有している私が、である。だからさまざまな物の収納には頭を悩ませてきた。とりわけ本は、2重3重に重ねて収めなければならず、目的の本が一番奥に収められている場合は探しあてるのが少々大変であった。その本の存在をスッカリ忘れて、同じ本を2冊買ってしまうということも起こる。
 だがこのたび、別の棚を空けてもらったので、夢の一列並べがある程度実現した!本のサイズがでこぼこになろうが、文庫も新書も単行本もジャンル別に並べることができたのである(残念ながら全てではないのだけど)。これまでギチギチだったから、手前にもう一列並べられるほどの妙にスカスカな空間が、贅沢すぎてまだ少々落ち着かない。
 これを機会に、本を数十冊捨てた。勢いに乗って、溜め込んでいたプリントや資料、洋服(ドリスのジャケットも!)、バッグ、化粧品、文房具、CDなどありとあらゆるジャンルのものをバッサリ捨てた。「捨てる!技術」なんて本が何年か前に流行った。「捨てる!」じゃなくて「買わない!」技術だろう・・・なんて思っていたりもしたが、確かに昔から持っていたものや人からもらったものはなかなか捨てられなかったりする。特に、つくってもらったものは、弱々しくともアウラを放っていたりするもんで・・・。で、結局描いてもらった絵とか手紙は全く捨てられず押入れの奥に収納。奥に収納しているあたり、今の私には必要がないものなのだが、でも後々これをネタに話が出来たりするからと、先々のコミュニケーションを夢想する。
 びっくりしたのは、部屋や洋服のポケットからライターが50本あまり出てきたこと。呆れます。

■森田芳光監督の「間宮兄弟」を見た。お笑いコンビ、ドランクドラゴンの塚地氏出演。アイドルは容姿だったり有名性で映画やドラマに出演することが多いが、お笑いの人は演技力がそれなりにあるので安心して見られる。ちょっと奇妙な兄弟が繰り広げる物語だったので、ちょっと過剰ぎみにでもそれらしくというコントっぽい演技を、佐々木蔵之介や常盤貴子らもしている。常盤はこれまでにはないキャラクターを演じていたが、なかなかキュートだった。

■ちょっと前に、若者研究者S氏から若者論の本を2冊いただいたのだが、やっと少しパラパラしてみた。浅野智彦さん編の『検証・若者の変貌』のなかに、ポピュラー音楽論者の南田勝也さんによる「若者の音楽生活の現在」という論があって、やはりその論文が気になった。若者の音楽趣向が細分化している、というのは良くいわれることであるが、平準化(横並びで(他者の趣向との)差異を気にしない)もそれと同様に進行しているのだろうか?がこの論の趣旨である。南田さんの結論としては、いまだ若者は音楽の選択において卓越化をはかっている、とのこと。多分そうだろうと思う。でも卓越化の度合いといいますか、その意味は変わっていると思う。編集本における論文ではやっぱり物足りない。
 
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「正しい」遊歩道のススメ

■昨日のダーティ・ダズンライブの日記、大幅に続きを書きましたので興味がある方はどうぞ。肝心のライブの話はほとんどしてないといっていいが・・・。

apple2.jpg■ちょっと前の話。ゴールデンウィーク、青い空、初台(職場)にいる私・・・。なんだかむしゃくしゃして、同僚2人を誘って、昼休みに近くの遊歩道でピクニックを決行。過剰にピクニックを演出したくなった我々は、レジャーシート買いに行ったり(新聞紙でいいのにね)、デザートのケーキ買いに走ったり、しまいには給湯室から包丁を持ち出し、八百屋でリンゴを購入。行き交う人びとにジロジロ見られながらプチピクニック。お酒飲みたくなったのはいうまでもない。日常に連続する非日常ってこういうことだろか、そして空間化。

■その遊歩道で先週の土曜日フリーマーケットが行われた。最近の私にとって毎年春と秋に開催されるこのフリマは洋服をゲットする重要な機会となっている。フリマの相方I氏と近くのソバ屋で5分くらいで昼食を済ませ、いざ出陣。「こんなゴミを売るんじゃない!!」という呆れるような店も多いのだが、そんななかでも掘り出し物を見つけるためにじっくりと会場を何周も回る。結局5着ゲット、しめて1,250円。相方はダンナさまへのスーツ(400円)、アルマーニのネクタイ(300円)、リーガルの新品の靴(200円)等々、両手で抱えきれないほどのお買い物。
 ここ10数年のフリマブームは、若者たちの自己顕示(私、こんな服着てたのよ!こんな音楽聴いてたのよ!)だという論文を読んだ。私も何回かフリマをやっているが、あまりそういったことを考えたことはなかった。が、和光時代に校内でいらないレコードやCDを売っていたら、ある友人から「こんな音楽聴いてきたって自慢しているようだ」といわれたことがある。趣味で集めている映画のチラシを売っているときも同様のことを指摘された(映画のチラシを集めているだけで、あんまり映画は見てないのですが・・・)。そういわれてちょっと困ってしまったし、私と身近に接している人だからこその指摘だと思うが、自慢あるいは自己顕示だとしても、だからこそ客と話が盛り上がったりコミュニケーション手段になると思いますけどね。「なんかこんなの家にあったから持ってきた~」というのでなく。でも、「自分のお店作り」にウットリしているというのは部分的でしかなくて、大半がいらないもの売ってると思いますけど。

583bb2d5.jpg■bjorkの新譜やっとこさ拝聴。前作まで内的宇宙を表現してきたが、また外海に乗り出してきた。"declare independence"なんて強い曲名も。make your own flagだってさ。
 ティンバランド、konono no.1など「リズム」を支えるゲストアーティストたち。

※ちなみに私の現在のプロフィール写真は、bjorkの10代の頃の写真です






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NO MUSIC,でもLIFE(2007.5,11雑記)

■I-PODなどで音楽を携帯していないから、常に音楽を聴いているわけでもないのだが、ここ1週間は自分の部屋でもNO MUSICだった。bjorkの新譜もまだ買っていない。本も読む気にならず、ブログを書く気もおこらず、アレコレ片付けをしたりパラパラと本のページをめくったりしていた。
 誰しも気分の波というのがあると思うが、ここ数年は気分が下降ぎみになると「あ、ヤバイヤバイヤバイ、これは違う、おかしい、信じ込まされてる丸め込まれてるだけなんだ」と自分に言いきかせてどうにかしようとする。自分の言ってることがバカらしく思えてくるまで、誰かに話したおすのも1つの手。

■〈メモ〉
文学史において、見る男/見られる女という従来の視線の方向ではなく、男性の身体を眼差し支配する女性という視点が導入されたのは、フローベールの『ボヴァリー夫人』からだという(小倉孝誠『〈女らしさ〉の文化史』)。でもそこで描かれる男性の身体は「女っぽい」、というかそれまで「女性らしさ」を表象してきた形容詞で語られる。なめらかな肌、長いまつげ・・・。「フツー」の男の身体は眼差されない、支配されない、見るべきところがない。もちろん時代を経るごとに、女性の目力は強くなっていくのだが・・・。
「男はいくらか女性化した存在として示される。欲望や快楽の対象になったとき、男がいわば女に転化してしまうのだ。まるで男は欲望されることによって、みずからのアイデンティティーを失ってしまうかのように。このような細部は、・・・《女=見られる身体、男=見るまなざし》という文化的コード、あるいはイデオロギー装置が貫徹されていたことをよく表している、と言えよう。・・・女に見られ欲望されるとき、男性性は危機にさらされたのだ」→マゾ

■〈引用メモ〉
「彼らはたしかに登場するが、彼らのことを書いた本ではないよ」
「じゃあ何のことを書いたんだ?」
「幻想としての真実」
「そして、真実としての幻想か?」
「最初に私がいったほうだ。きみがいったのはまたべつの問題だ」
・・・略・・・
真実というのはもともと存在していないのだから、あらゆるものは幻想だということができる。幻想とは、実は、事実を明らかにしていくことによって生まれる副産物なのだが、完璧な真実という峰には近づけないにせよ、それに近いいくつかの頂上に到達できるのはこの幻想である。たとえば、女装した男というのを考えてみよう。その扮装者は実際は男である(真実)。しかし、彼が自分を女(幻想)として再創造すると、事情は複雑になってくる。この両者を考えると、幻想のほうがより真実に近いのだ。
(トルーマン・カポーティ『叶えられた祈り』)

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再・カレンダーの読めない女(2007.5.3雑記)

■昨日の2日(水)は、知人のライブに行く予定だった。別の友人Mも仕事のシフトを早番にして一緒に見に行く予定であった。だが、ライブは昨日ではなく、その一日前だった。友人に送ったメールを確認してみると、「ライブは来週の火曜日の2日です」とある・・・(火曜日は1日であった)。2人して全く気がつかなかったわけだが、こういった場合、曜日ではなく日付に引きずられるのであろうか。数字のインパクト。
 で、結局Mには迷惑をかけてしまったのだが、その日家でメールをチェックすると「THE DIRTY DOZEN BRASS BANDのライブご招待当選」の知らせが!音楽雑誌「FADER」のサイトから応募したのだが、そんなことスッカリ忘れていたうえに残念なことがあったばかりなので、非常にうれしかった。2名様ご招待ということなので、当然のことながらその日の埋め合わせとしてMをご招待。
 懸賞に応募すること自体すごくすごく久しぶりだったのだが、当たったことは何年ぶりだろう。雑誌「りぼん」以来、かもしれない。確か、「姫ちゃんのリボン」の手鏡をもらった。遠い昔。

■また、例の駅前本屋に。今年はココで買う頻度が高い。なんでだか、カポーティの『叶えられた祈り』を買う。今、訳者川本三郎さんのあとがきをちらっと読んだのだが、コレ遺作で未完なんですね。書けない書けないと苦しんで、結局完成叶わず、『叶えられた祈り』を残して死す、とな。
 作者自身の語りかのような語り口で書かれているのだが、昨年公開された『カポーティ』でカポーティ役を演じた
フィリップ・シーモア・ホフマンの顔がうかんでくる。カポーティ自身の顔、じゃなくってね。

■ここのところ連夜連続で放送されていた、市川崑監督の金田一シリーズを何作か見た。女優たちが美しい。当時(その世代)の、女性神話力の強さを感じさせる。いまや、こんな距離感で女優を撮ることは出来ないんだろうな、やはり。

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特に意味はないけれど

 調子に乗って携帯のカメラでパチリパチリやる日々。でも、怠け者ゆえ、すぐすぐアップしないのでたまるばかりです。あと、後々になると「やっぱいーや、これは」と思い直したり。あまり考えて撮ってないですからね。フィルムは無駄にしないようにそれなりに考えたりするけど。

aca28bb8.JPG■シーン1:見知らぬ人びと
 新宿にある、マーボー豆腐と坦々麺が有名な店で昼食をとったある日。先に会計を済ませ店を出て、連れをボーっと待っていると、首から一眼レフカメラを下げた男性に、「写真を撮らせてください!」と言われる。何がなんだか・・・と言葉を失っていると、「すごく懐かしいから!」とのこと。さらに意味がわからずに「えっと・・・」などと言っているうちに連れも会計をすませ店を出てきたので、こういった際の常套句(?)「急いでます」といってその場を去る。より詳しく動機を聞いてみたかったものだが・・・。
 ただ、その日の私の格好は「まるっきりアルプスの少女」だったらしく(その言われようも腑に落ちませんが)、コスプレしてる人と間違われた可能性アリ。
 その日は帰りに電車を乗り過ごし、途中まで見知らぬ人とタクシーの相乗り。その人に、「ピエール滝に似てますね」などと言いながらしばしダラダラとおしゃべり。その方が降りてからは、タクシーの運転手さんが30歳という若さということもあって(?)興味深く、いろいろとお話を伺う。でも半分くらい忘れた、もったいない。

b6382a05.JPG■シーン2:行列する人びと
 噂に聞いたこともあると思いますが、新宿の有名なドーナツ屋の行列。ちなみに店の前にも100人くらいは並んでおり、さらにサザンテラスと高島屋を結ぶ橋にも伸びた人人人。
 呆れつつも、食べた人には飛びつくようにして感想を聞く。「ん~なんだかすごく甘くって、とりたてて美味しいというもんじゃ・・・」、それを受けて「でっしょ~」という。この一言を言うために感想を尋ねたりするのである。

karotin.JPG■シーン3:カロチンを多く含む
ある日のyorkeの足。
高校生の頃からの愛用タイツ。
前のバイト先でこのタイツを履いていたら、口の悪い上司(女性)に「おい、ニンジン!!」と呼ばれ、「ニンジンじゃありません、キャロットです!!」とよくわからない反撃をした覚え有。
その他黄緑のタイツを履いた場合→「オイ、ワサビ!」、黄色→「タクアン!」などと呼ばれていた。

どーでもいい話ですみません・・・。

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頭がぼーっとする(2007.4.24雑記)

■飲んでないのに、全く頭が回らないし、すごく眠くてしかたない。気付け薬的な要素もあるからなぁ、お酒は。でもそれは結局、眠さをごまかしているだけだから、次の日の朝にシワ寄せが来る、必ず来ます。今日は、しとしとぴっちゃんと雨音も手伝って、良い睡眠が得られるでしょう。

■先日アップした、カーヴァーの詩のイラスト、陶芸家のKさんのブログで紹介されました。
土と、森と、食欲そそる食べ物(お酒も!)に溢れた、詩のような文章。毎日更新、スゴイ・・・。


■翻訳の相方K氏が、4月から正式にはじまったというアメリカのニュースサイト『Democracy Now!』の日本語サイトの翻訳・映像字幕の仕事のお手伝いをするということ。私はこのサイト知らなかったのですが、Kの説明によれば、北米500局以上で放送されている非営利のニュース番組で、大手メディアが扱わないニュースを取り上げているという。チョムスキー初め、知識人たちの共感を呼んでいる、とのこと(K、ゴメン。ほぼ文章同じだわ・・・)。是非、ご覧下さいませ。
 でもまだ全文翻訳はまだ、ですかね。Kの訳した文章嗅ぎ分けられるだろうか・・・。

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リターン・トゥ・くれない茶房(2007.4.18雑記)

■数日さぼると、また再開するのがおっくうに、困難になってしまう。ブログもまたしかり。とにかく継続が大前提。
 ということで久しぶりの登場です。
 (なんか車関係の、海外からの妙なコメントいっぱいついちゃってますが、消し方がわからないので、当分そのままにしときます・・・)

■先週の勉強会は、なんとなく場所を変えて中野駅前の喫茶店で行ったのだが、「珈琲がマズイ」というMさんの指摘により、今週はまたまた「くれない茶房」に戻ってまいりました。今日は来られなかった方が何人かいたのだけど、Mさんと2人ではじめたこの勉強会もいつの間にか大所帯になったなぁ・・・となんだか少し考え深い。2人でやっていたころは本当に試行錯誤で、17時の開店と同時に居酒屋に滑り込んでやったり(当たり前だが、英語のテキストなんて頭に入るはずもなく・・・)。これまた継続が力になっている、と思う。

■昨日は友人が著した『キャラ論』の批評会。問題提起者に命ぜられていたのだが、読み込みが足りなくてあまりうまくいかず、グタグダになってしまった・・・。著者にも、他の聴講の方にもなんだか申し訳なかったです。
その後は盛大に飲み、地元に帰ってからも駅前に住む友人を呼びつけて飲み。最近、友人が地元に越してきたので、その人と飲めるのも今から楽しみだったりする(あんま付き合ってくれなさそうな手強い相手だが)。
 国立で友人と飲むという機会はこれまでとっても少なくて、逆に新鮮。我が家は立川市のはずれにある故、最寄り駅は国立になってしまうのだが、中学時代の友人なんかは立川付近に住まう者が多く、会うとしたら立川になってしまう。高校は阿佐ヶ谷だったし。

66bbad49.jpg■ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)の『西瓜』を鑑賞。後から思い出しながらしみじみ良かったと思った作品でした。今作も恐ろしく言葉数少ない映画だが、あの目での表現は!!
 ツァイの以前の作品『HOLE(1998)』(内容はほとんど忘れましたが、この年の私的年間ベスト10に入れていた作品)同様に、途中途中でミュージカルのような歌のシーンが挿入されるのだが、言葉少なく淡々とした本編、きらびやかで歌という言葉を押し出してくるシーンと、その対比が不思議な魅力。

3-websuika_31.jpg 水不足に見まわれた台湾での水分補給の手段としての西瓜。半分に割った西瓜を股にはさんだ女性、その西瓜を舐め、指を突っ込む男、あえぐ女、西瓜の殻をかぶってセックスする男。服の中に西瓜を入れて妊婦、そして階段でそれを産み落とす女。生・性=エロスのメタファーとしての西瓜。
 ところで、この作品に出てくるAV女優役の方のあえぎ方が日本人っぽいなぁと思い(良く知らんけど笑)、アジア的なあえぎというんだろうか・・・などとぼんやり考えていたのですが、実際その役の方は日本人のAV女優さん(夜桜すももさん)でした。また、改めてこの映画について書くこともあるかもしれませんが、とりあえず今日はこの辺で。

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おっと、もう1週間(2007.4.12雑記)

■先回の更新から大分経ってしまいました。毎日(何回も)覗きに来て下さってるみなさまありがとうございます。
 先月行われた追い出しコンパで久しぶりにお会いしたM浦さんに、「ウェヴの更新が滞ってる!!」などと、大先輩なのにもかかわらず、アルコール注入後ということで強く抗議。数日後M浦さんのウェヴを覗いてみたら、ブログを開設していらっしゃいました・・・。昨今何かと問題視される中学生の教師であり、そのお忙しさも耳にしていますが、マメに更新している様子。生意気言ってスミマセンでした!でも楽しみなブログがまたひとつ増えてうれしい限り。さらに、今年新しくうちのゼミに入ってきた方のブログも早速教えてもらい、またひとつ。なかなかユニークな内容っぽい。

■友人・知人のブログやウェヴサイトの他に、こまめにチェックしているもののひとつが、音楽評論家の佐々木敦さんのブログ。音楽はもちろん、文学、ダンス、アート、理論まで守備範囲が広く、とても刺激になっている。佐々木さんは90年代、電子/ダンス/実験/アヴァンギャルドといった「新しい」音楽の評論/紹介をしてきた。90年代のクラブミュージックの盛り上がり、その当時は「これが新しい」「これを聴くべき」と提示するだけで意味があったと佐々木さんはいうが、確かにみなその情報を得るのに貪欲だったはず(とりわけDJやってた人たちとか)。しかしゼロ年代以降、「クラブ系音楽がある時代と世代に枠取られたジャンルであったということがほぼ明らかになってしまった」。バブル後の、あるいはニルヴァーナ(ロック)後の時代と世代とでも言えばいいのか、MTVなどの音楽専門チャンネルでは深夜何時間かダンスミュージックのための時間がたっぷりとあったし、私が大学に似通ってた頃はDJをやっている友人が多かった。たまみさんがVJを努めていたダンスミュージックの番組AMPを良く見ていたのを覚えている。それ見てPLAIDとか買ったんだよな、確か。
 レコード屋で最新盤を買い求める人は減っていき、「最新情報」の提示はほとんど意味をなさなくなってしまったとという。「レビュー」ではなく「批評」が今こそ必要になっている、そして佐々木さんは、今早稲田で「J-POP学」なるものをやっている。でも「最新(とんがった)情報」が無意味になっているということは、佐々木さんも言っているように状況の悪化である(オトナたちのノスタルジアも含まれるのだろう、きっと)。貪欲に、少し背伸びして、イキがって、とにかく手当たり次第、の喪失なのか。これはダンスミュージックだけに限ったことではないのだろうけど。
 とはいえ、私も数年前からほとんどダンスミュージックと言われるジャンルの最新情報に無頓着になったのだが(もともとそれほど敏感であったわけではなかったし(四つ打ち怖かったし・・・)、メインストリーム寄りの趣向だったと思うけど)。でも、明日は重低音に浸りに行く予定、楽しみ。

■で、またまた最近買ったCDがsonic youthとthe strokesの去年出たもの(ロックですねぇ・・・)。strokesは一度ライヴ見たけど全く何も感じなかった(その後にradioheadが控えていた為というのもあろう)。が、FENラジオでstrokesのある曲がしつこいぐらい流れていて、その曲はまた聴きたいなぁと思って最新作を中古で買ったのですが、う~ん・・・このCDじゃないのか、、、。確か去年あたりにFENで聴いてたはずなんだけど、アソコは微妙な時代(最新でもなくクラシックでもなく)の曲をへヴィーローテーションにするからなぁ・・・。でも16ビートのロック、久々に気持ち良く聴かせていただきました。
 sonic youthは何十年も相変わらずイイ。ちょっとうれしくなって、久々にヘッドフォンで聴いてみたりして。

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夢(2007.4.5雑記)

■ここのところずっと具合が悪くて(というとあらぬ疑いがかけられるワタシなのですが)、先日は一日中ベッドの中で過ごした。さすがに昼前頃には眠気も薄れてくるのだが、そのあたりのまどろみ状態が一番面白かったりする。考えていたことが夢として物語として勝手に発展していったり、夢かうつつかといったその境界を行ったりきたり。電車で寝ていても良くこういった状態に陥る。
 いろんな物語がランダムに上演されるのだが、なかでも良く覚えているのが、妊娠した(!)母親が産気づき、病院まで連れて行こうと格闘しているという状況。「あー免許とっとけば良かった!!」と思った瞬間。でも無事に生まれたのは犬(雄)。というと、なんだか変なこと考えていると思われそうでイヤですが、うちの母は一昨年亡くなった我が家の愛犬「ゴハン」(ハスキー)の死を今でもいたく悲しんでおり、つい先日も「ごはん、ごはん・・・」と嘆いていたのであった。近所の子供たちからは「あ!ゴハンくんのお母さんだ!!」と呼ばれていたらしい。
 あとは、私が黒人(どこの国かは不明)の少年になった夢で、ボクシングの練習中に右手がグニャグニャになり骨が飛び出してしまうというもの。とにかく夢の中でも痛い、目も当てられない状況。で、しょうがなく右腕を「はずす」。SFの世界ですか、ここは。
 白人の女の子が運転する車に乗っけてもらい病院まで行くという話。とても可愛い女の子、でした。

■オーストラリアの友人と訳の読み合わせ。たびたび脱線しながらもアッという間の3時間。訳合わせも、脱線話もともに面白かった。うっかり、最初に父が電話に出てしまい「ちょっと!ちゃんと待機しててよ!」と注意される。あー懐かしの電話物語よ。

■友人の台湾旅行記が楽しかった。で、そのようにコメントしたんだけど、うまく伝わっていただろうか・・・。旅行は普段の生活とは異なるわけで、普段ならどうでもいいような、あえて触れないような細かな描写が旅行記にはたくさん盛り込まれている。で、普段とは違うその人となり、あるいは表現を見れたりするわけです。

■寒い、寒い、底冷えすると思ったら、ベッド脇の窓が開いていた・・・。一体いつから・・・。ちなみにその窓のカーテン、冬場はほぼ開けません。

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ちょっとだけ(2007.4.3雑記)

■スタジオボイス『アンチ・ロック』特集を書店でパラパラと読む。アンチと言ってもロックの話、いわゆる現代のロックを問うというもの、表紙はディラン。
 言葉なき、顔なき音楽からメッセージ(言葉)が取り戻された感のあるロック・リバイバル。でもそのメッセージ内容は時代によって違う。当然ながら、「あなたにわかるわけなかろう」と言ってしまえる若者文化がそこに横たわっている。「どう違うの、説明してよ」との大人のいじわるな質問にうまく答えられなくたっていい、と私は思う。
 「わからない、けど似てる真似じゃないか、でも理解できない」っていうんですよ。そりゃ、そうだ、アンタに理解できるわけもない、といってしまえ、若者!
 
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久しぶりにわらわらとCDを買う(2007.4.2雑記)

ちょっとごぶさたです、すこぶる調子が悪い。

■久しぶりにCDを10枚ほど購入。といっても中古品で全部で6,000円くらい。まだ全部聴いていないけど、昨年出たセルジュ・ゲンズブールへのトリビュート集が豪華なアーティスト揃いで楽しめた。なかでもPortisheadやTrickyといったかつて大好きだったブリストル・ダークシーンの人びとの、カヴァーとはいえ新作を聴くのは久しぶりで、ココロ躍った。ちょっと物足りなかった感もあるが、新作への期待を抱かせていただく。その他、CatPowerやFranz Ferdinand,REMのMicael Stipe,Placebo,The killsといった面々。

■最近筆安めに、ジョルジュ・ドンやマイヤ・プリセツカヤが踊った有名なベジャール振付『ボレロ』をyoutubeで見ている。ドンといえば、『愛と哀しみのボレロ』(クロード・ルルーシュ1981)でしょうか。私は幼き頃に、テレビでドンのボレロを見たのを覚えています。無表情で上下に揺れる不思議な動きや、そしてラヴェルのボレロという音楽自体にも、子供心ながらに魅せられたものです。だからといって、ダンスになど全く興味がなかった私は、すぐすぐ彼のことを忘れてしましたが、一昨年友人が「ダンスのビデオを借りたのだけれど家にテレビがないから見させろ」とわが家に乗り込んできて、そのとき見せられたもののなかにドンのボレロがあったのでした。「なんだか気持ち悪いねぇ」「これが世界一のダンスかぁ」などと親に話しかけながら見ていた幼き頃の記憶が甦ってきて、踊りそれ自体は全く覚えていなかったにもかかわらず、非常に懐かしく拝見したのでした。
 マイヤ・プリセツカヤさんは昨年、
高松宮殿下記念世界文化賞を受賞して来日していました。同じ振り付けながらやっぱり違うダンス。軽くてチャーミングとさえ思えてしまう。
 今日は最近買ったボレロのCD聴きながら寝ます。驚くほど盛り上がって行く音楽なので、変に頭が冴えないか心配ではありますが。

■やっとローンが終わった~と思ったとたんに、調子が悪くなるパソコン。なんてゲンキンな奴なんだ!!

■花見。でも寒い!!

■年に何回かやってしまう悪ノリ。毎回悪ノリにつき合わされるのは、昔からの友人。このときとばかり普段なかなか会えない友人に会う、そんな貴重な機会でもある。

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歴史を知らない(2007.3.24雑記)

■吉田喜重監督のドキュメンタリー映画『幕末に生きる―中岡慎太郎』を見た。これが見たかったわけではなく、愛知県の民俗芸能に関する映像を見たかったのだが、吉田の作品集DVDのトップにこれが収められていて、本でも何でも順当に追わないとなんだか不安というか、もったいないと思ってしまうので、全く興味がないのにとりあえず見た。天皇を中心とする国民国家形成への裏街道を走った人物。まったく存じませんでした・・・。
 常々友人と「歴史を知らないね」と言い合っているのだけれど、もっと近・現代史をじっくり教えるべきだと思うのだが。思想的に、語るにはなかなか難しいところがあるのかもしれないが。やたらとナウマン象とか大森貝塚とか考古学者モース(NOTマルセル)はしっかりと覚えている(あ、知らなかったことを全て学校教育のせいにしているわけではないです)。
 イメージ画像と、淡々とした語り口で語られる中岡慎太郎物語。途中で集中力が切れうつらうつら。愛知の芸能は後日に後回し・・・。

■追い出しコンパの写真の編集を少しやりながらちょっと悲しくなる。もう、多分よっぽどのことがないと会わないのだろう。どこかでまた会えるように頑張らなくては。


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火事を演じる、スナックで飲む(2007.3.20雑記)

■「火事だー火事だー!!A会議室のダンボールが燃えている!!」
朝っぱらから何事かと思いきや、本日は消防訓練の日。プーチン似(ヨネスケ似とも囁かれている)のおえらいさんの指導のもと、お役に任命された下々の労働者たちは、ヘルメットをかぶりあらかじめ渡された脚本どおりに役を演じていく。黄色い旗を振り回しながら「みなさんこちらについてきてください!!」と叫びながら職場を走り回り、「負傷者いませんでした!」「了解!」などと名演技。ヘルメットかぶってるだけで笑いが込みあがってくるというのに・・・。
 おなかを抱えて笑いまくってしまって、朝から体力を消耗。「○○さん、名演技ですねぇ・・・」と隣の席の人に言ったら「まー彼は何回もやってるからね、慣れたもんだよ」とやや感心しているかのようなお答え。「火事だー火事だー!!」って叫ぶのに慣れても・・・ねぇ。
 朝だけで終わると思いきや3時ごろに選ばれし者たちがまたヘルメットを装着。今度はまじかでショーを堪能できる位置にわざわざ移動。つくづく人をおちょくるヤな性格だな、と思いつつ。
 人のこと笑ってばっかいましたが、今日はリハーサル。本番の日(外部からの審査があるらしい)はわれわれも煙の中を逃げまわる役を演じねばならないようです。それならそれで、一人一人何かしらセリフがあると面白いのにな。

■例の駅前小さな本屋さんに、本を買いに行くのではなくあることを確かめるために出向く。とある雑誌に載っていた作家・島田雅彦の背景がその本屋さんではなかろうかという疑問を確かめるためである。別にそんなことどうでもいいことなのだが、「こんな小さな本屋さんにワザワザ?」となんだか気になってしまって、雑誌でポスターや鏡の位置を確認してから本屋に向う。そしたらやはりポスターも鏡の位置も棚の在り様も同じ。サド・澁澤好き(と勝手に私が思っている)店主に、本を買いがてら「島田雅彦さん来ましたよね?」と聞いてみる。耳が少し遠いのか「え?何?文庫?単行本?」とすごくぶっきらぼうに返されたので、少し聞き方を変えて「ここ雑誌に載ってましたよね?」と聞く。するとみるみる店主の顔色が赤く染まり「え!!良くわかったね!!」とひじょうに嬉しそうな表情をされた。
 ちょっとお話してから店を出る。今日はドゥルーズを買ってみました。あんまりこの手の本は置いてないのですけど、やはり河出文庫!!

■くれない茶房。今日はある人の論文構成の発表。意見が求められているわけだから、私なりに思ったことを言ったけれど、彼の書くものはいつもながらいい加減さがまったくない。それは文章だけでなく、彼の生活態度も同様なのです(酔ったら知らない)。

■ポレポレ東中野のレイトショーで舞踏家・大野一雄さんを撮ったドキュメンタリー『大野一雄ひとりごとのように』を見る。携帯電話を忘れてしまって待ち合わせしていた人と出会えず一緒に見れなかったのだけれど、終わった後会場で無事姿を発見して、その後少し飲みに行く。駅前の飲み屋さんが混んでいたり、閉店時間が早かったりして、なかなか腰を落ち着かせることができなくて少し駅前をウロウロしたあげく、結局ママさん一人できりもりしているスナックにたどり着く。27年ほど同じ場所で商売してきたベテラン。ご飯は美味しかったし、やっぱり話は楽しい。またポレポレの帰りに寄ろうと思ったお店である。


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海の向こうからこんばんわ(2007.3.19雑記)

■オーストラリア在住の友人からの電話を、中学生のときのように家電の前で待つ。なんでも、オーストラリアから日本にかける電話料金は、都内での通話料よりも安いそうだ。と、いうことでお言葉に甘えて、長々とアレコレお話、相談。計画中の企画、楽しくうまくいけばいいな~。死にそうな声だと思ったらそちらは12時回ってたんですね、スミマセン、お疲れ様でした・・・。

■久々に、靴を買ってみる。と言っても1,000円。せっかくだから靴に合わせて服を選びたいけれど、ま、明日でいいか。朝はいつだってドタバタなのに、いつもこう。

■今日もxiuxiuを聴きながら作業。でも、友人に借りたディスコ歌謡の「yakiimo(焼き芋)」という歌の歌詞が頭からこびり付いて離れない。
♪(ソウルフルに)ヤキヤキヤキ ヤキヤキヤキ ヤキヤキヤキ ア~ワ~ワ~
ヤ~キ~イモ~ イッシヤッキ(イ)モ~♪
ってやつ。どうしてくれよう・・・。


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ちょっと解放

■ここ数週間というか、数ヶ月関わっていた問題がスッキリ(かどうかわからんが・・・)しました。うーん、ウレシイ、課題は山ずみですけどとりあえず。

■ちょっと前から出ていた話ではあるのだが、友人と翻訳をやろうという話になった。彼はオーストラリアで翻訳の勉強をなさっていた(いる)方で、あらゆる分野においての知識あふるる人。何気に10年ほどの付き合い、一緒に何かやるのははじめてだね、などといいつつ計画中。どうなるかまだわかりませんが。

■アメリカのインディーズ・バンドxiu xiuがここ数年お気に入りなのだが、彼らのバンド名の由来となる映画『シュウシュウの季節』を見た。ミクシィで見知らぬ方から、「xiuxiu好きなのに、『シュウシュウの季節』を見ていないのはモグリです」的なことをやや挑戦的に指摘(4分の1ほど同意)される以前から気になっていた映画ではあったのだが、ようやっと見ました。1970年代半ばの中国の下放運動のもとで犠牲になった少女の話。「男って、権力って・・・」と思わずにはいられない。シュウシュウ役のルールーさんが、あどけない少女の顔から淫らな顔に変わっていく、その変化は見事。
 「死」でしか、シュウシュウを救う手段がなかった(思いつかなかった)という、その状況。

f6c64726.jpg『シュウシュウの季節』
"天浴―XIU XIU:THE SENT DOWN GIRL"
監督:ジョアン・チェン
出演・ルールー、ロプサン、ガオ・ジェ、リー・チチェン
1998年アメリカ

(悲しすぎる、後味悪すぎる、「救いがない」からって「良くない」映画とするのはどうなんでしょう?)




 



 バンドXIU XIUのアルバム『KNIFE PLAY』(2002)がとっても好き。HIVについて歌った『HIVES HIVES』なども収録されています。

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久しぶりに(強調)飲んだんですよ

■昨日のken's barについての日記、続きはまた後でといいつつソノ気にならないのでまた後日・・・。

e3e8922e.jpg■昨日はゼミの先輩の追い出しコンパ。なんだかいろいろとドタバタ騒ぎがあったようだけれど、関西という新地でも頑張っていただきたい。ここ数年はお酒を飲むどころか会って話す機会もほとんどなかったけれど、現風研を紹介してくださったり、ポイントポイントでダメだしや戒めのお言葉をもらったり、私のたわごとを真摯に聞いていただいた方。最後ということもあって、2軒目も付き合ってくださいました。
 これまで本当にありがとうございました!!


■じっくりと飲むのは久しぶりだったのだけど、何やら「くれない茶房」での勉強会のあと、毎回宴会を開いていると勘違いなすっている方がおり、「アンタ、ホントいつも飲んでるんだな~」と言われてしまいました。しかも、最もそう思って欲しくない人物に・・・。誤解ですヨー。

■論文の直しの締め切りが月曜日まで。結局今日と明日しか時間がとれなかったけれど、一度完成させたものをこの短い時間でどう直そうか・・・と。もちろん先週の発表を受けて、直したいところは山ほどあるのだが、大幅な直しは今からだと混乱を招く(私がよくやるパターン)。明日1日が勝負の山です。

■そう言いつつ、TSUTAYAデリバリーサービスが無料お試し期間中ということで、試しに頼んでおいたDVDが届いていて、誘惑に負けてチラッと見る。またまたロマン・デュリス主演作品(『ロシアン・ドールズ』)である。
 あーこのペースだとロマン主演作品すぐコンプリートしちゃうよ、楽しみは少しづつ先延ばしにしようかな。今も続きが見たくてウズウズ。目の前にぶらさがったにんじんみたいでいいのかもしれないですけどね。

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いろいろもらったり借りたり(2007.3.13雑記)

■ここ数週間、ず~っと肩が痛い。ま、要するにこっているわけなのだが。職場の君島十和子似の同い年の女性とパソコンに向う姿勢が良くないよね、前のめりになって両肩があがっちゃって力はいっちゃうもんね、などとブツクサ言う。昨日マッサージしてもらったのだが、その後数時間は肩がどうしようもなく重く、部屋でその日届いたDVDをベッドに入りながら見る。ダム・タイプのダンサーPETER GOLOGHTLYのパフォーマンス、、、だったけど伊藤文さんらの音楽が気持ちよくてそのままうつらうつら寝てしまう。
 肩は今日も痛いです、背筋伸ばすためにヒールはきましたが。

■若者・笑い研究者S氏から若者論の本を2冊いただく。若者を論じるのはいつだってオトナなのだが。楽しみです。

■アイドル研究者T氏が、80年代のディスコ歌謡CDを何枚かかしてくれる。あ、そういえばまた別の人からソフト・バレエのCD借りっぱなしだ~。早く返さなければ・・・。

オカンが「オカン」を見て泣く(2007.3.8雑記)

■今日はお休みをいただいてタバコを買いに行く以外はずっと家にいた。ちょっと休憩ということでなんとなく階下に赴きテレビをつけたら、もこみちクン主演のリリー・フランキー原作ドラマ「東京タワー:オカンとボクと、時々、オトン」の再放送をやっていた。ぼ~っと眺めていると隣にヨーク・オカンがやってきた。「あのリリーさんがこんなんだったんだなぁ・・・」などと、作品=作者という短絡的な図式にどっぷり漬かりながら見ていたが(事実をもとにした作品ではあるけれど)、オカン(倍賞美津子)の息子に対するまっすぐな愛情をこれでもか!と描かれて、ちょっと「ぽろり」。バカみたい、よくあるパターンじゃんとか思いながら。と、隣を見たらヨーク・オカンにもうっすらと涙が。「うちのオカンには本当に何にもしてもらわなかった・・・」。
 作中でムサビに通うシーンが出てきて「どういう絵を描いている人なの?」とヨーク・オカンに聞かれたので、とりあえずリリー氏の映画エッセイ集「日本のみなさんさようなら」をわたしてみた。下ネタ(?)満載の「女子の生きざま」はやはり避けてみたりする。

■去年の暮れに見に行った勅使河原三郎さんの「ガラスノ牙」というダンス公演が、11日(日)22時からNHK教育テレビで放映されるらしい。ガラスの破片の上で踊る、ジャリジャリシャリシャリという音と共に。興味ある方は是非ご覧下さい。

■追記。今友人のウェブを見て知ったのですが、思想/評論家のボードリヤール氏がお亡くなりになったとか。享年77歳。

またまたくれない茶房(2003.3.7雑記)

■今日もくれない茶房さんへ。常連風吹かせて「こんにちわ~」と言って店に入る。店主、怪訝な顔をする。
仲間内にプレ発表、いろいろ意見をいただいてとっても参考になった。混沌としているところを正してくれる。ありがたいです。これからもどうぞよろしく。
 明後日は地元の友人にプレゼン。急遽お願いした。今日は、よくよく知っているひとたちで、私の意図もそれなりに理解してくれていて、言葉たらずなところもなんとなく補って考えてくれたけど、今度はどうなるか。

■日曜日はロマン・デュリス(仏・俳優)祭り開催予定。楽しみ!