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断片的、あまりに断片的な

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再会

中華料理屋で五目カタヤキソバを食べた後、職場近くのドトールでグレープフルーツジュースをすすっていた。同僚と会話をしながら、なんとなく店内を見回す。と、初台ドトールには似合わない、妙にけだるそうに煙草を吸っている女性が1人。私は、「ちょっと失礼」と同僚たちに小さく囁いてから、その女性に近づく。そして、ポムポムと彼女の肩をたたく。怪訝そうに彼女は顔をあげる。そして、
「うわ~ウミちゃんじゃん!!」。

その女性は、私の学部時代のゼミの同期Fさんであった。「ヤコブソンの言語論によるフィッシュマンズの歌詞分析」で卒論を書いたFさんである。卒業してからしばらくは何度か会うこともあったが、それ以来もう4年ぐらいご無沙汰だったFさん。「うわー、すごいすごい!」「へぇ~初台で働いてるんだ、全然会わなかったね~」などとお互いなつかしがる。一応なつかしがってみたんだけれど、私は実際のところそれほどなつかしいとは思わなかった。なぜなら、ここ数日彼女のことを思い出していたから。昨日の夜も思い出していたから。

というのは、前にも書いたが、今年はピアニスト、グレン・グールド・イヤー(生誕75年、没後25年)ということで、卒論のこと、当時のゼミのことを思い返していたからである。実は、昨日提出した学内誌用のエッセイは、当初グレン・グールドについて振り返ってみようということで、ボチボチ昔の資料などを整理していたのだ。そんなふうに、5,6年前の卒論用の資料を眺めながら、やはりその当時のことも思い出していたわけで、当然そこにFさんも登場してくる。ともにアノ先生と格闘し、彼女も良く飲む人だからともに居酒屋でクダをまいていたものである。

卒論の公開―質疑応答―処刑。主査、副査、ゼミ員、よくわからないモグリの人びとらの前で、1人ずつ次々と処刑されましたなぁ。同期は5人しかいなかったので、1人たっぷり1時間くらいづつ・・・(前師から「オマエこそ帝国主義者なんだよ!!」などと言われていた、「帝国主義について」の論文書いた方はなぜか、ちゃっかりその場にいなかったなぁ、そういえば)。Fさん処刑のとき、あまりの雰囲気に顔があげられなかったのを思い出す。人のことだけ良く覚えている。

審査も終わった1月のある日、なぜか私は来年度卒論を書く人たちのための「卒論アドバイス会」なるものに出席させられることになっていた。自分はそんな会に出た覚えはないし、前師も「あー、ウミちゃんが出ることになったから」などと軽い口調だったので、「どうせたいしたことないだろう、とっても真面目な人たちだけがチョロチョロ参加するんだろう」ぐらいに構えていた。いざとなったら、すっぽかせる類のものなのではと。

そんな姿勢だったので、その会の当日の朝まで、Fさんを含む仲間たちとドンチャンドンチャン。朝になって、どうしようか・・・と一瞬迷ったけれど、とりあえず会場の様子を見て決めようということで、Fさんを半ば強引に伴って学校へとゆく。あわよくばFさんに押し付けてやろうという企みも胸に秘め。もちろん、ボロボロの顔&格好で。会場を覗いてみると、なんとどでかい講堂にびっしりと聴衆がつまっている。黒板にはデカデカと私の名前が・・・。想像とまったく違っていた「会」のありように一瞬おののき、次の瞬間には「逃走」の2文字が頭に浮かぶ。話すことも何にも決まっていない!!

しかし運悪く、その日の司会者は1年次のフレッシュマン・ゼミのY先生で、扉から半分顔を覗かせて教室の様子を不安そうに眺めている私を即座に拉致してしまった。発表者は私を含め3人いて、そのうちのもう1人もプロゼミが一緒だったので、そこでまた「わー久しぶり、元気?」などとなつかしみの挨拶を一通りしたのだけれど、私は完全に上の空、というかただただ青ざめていた。ただ司会者から説明を受けると、卒論の内容というよりか、卒論執筆の苦労話とかこの会のタイトル通り、後輩へのアドバイスを簡単にすればいいということだったので、「まぁそれなら・・・」と少し落ち着く(そうは言っても、扱う分野や題材が異なる人びとに共通して言えるアドバイスなんてそうないのだが・・・)。

ところが、始まってみて気がついたのだけれど、他の発表者の2人はサイドに担当教員がついている。そして、「○○さんはこういう部分で苦労していたけど、最終的には良いものに仕上がりました~」などと、教授と学生2人で格闘しながら作り上げられた美しき論文物語が展開されている。「はぁ、、、こういう会なんですね」と、私とそんな物語を展開するべく人物に目配せしようと横を見る。が、そこには誰もいない。すでにやつはアムス(テルダム)に飛んでいたのだった。

だからアドバイスうんぬんだけでは時間が持たないので、結局私は卒論の内容発表をせざるをえなかったのだった。で、なんというか、担当教員がいないということもあってか、ある教授がとてもアグレッシブに質問してくる。古典の先生だけあってか(?)、「電子音楽って音楽なわけ?」とか。明らかに「会」の空気は変わり、司会者のY先生が、「そ、そういば佐藤さんはピアノを弾けるんですよね」などと、良く分からないフォローをしていたのを覚えている。終わってから司会者Y先生、「お、お疲れさま、大変でしたね。帰ってきたらU先生に飲みに連れてってもらったらどうですか」。私「イヤ、それはいいです・・・」。その後、Fさんと飲みに行ったのはいうまでもない。こんなことも思い出していたのだ。

最後に、現在所属しているゼミがらみのエピソードもFさんにはある。学部のゼミ同期5人のうち、「帝国主義者」以外の4人は、みな音楽がらみの卒論をかいた。そんな彼/女らに、大学院はW氏(現師)のゼミに行きたいのだよ、という話をしていたら、なんと!さすが音楽がらみで卒論書いたやつらだけあります、現師著の『アイデンティティの音楽』を所持している方が2人いて、そのうちの1人がFさんだったのである。私は持っていなかったので(!)、「Fさんは、もうその本いらないでショ、使わないでショ」などと、なんとも(現師、Fさん双方に)失礼ないい草でFさんを口説き落とし、半ば強引にその本を譲り受けたのだった。・・・ということも思い出していたのだよ。改めてありがとう、Fさん。

今日再会したときに、「全然返事くれないんだもん、ひどいよ~」とわたくしの不義理(?)を指摘された。Fさんは、昨年たまたまネットで検索していたらこのブログにたどり着いたようで、「今度会いましょうね」といった類のコメントをくれたのだった。私は、「うん、連絡する」と返答しただけで、そのまま今日に至ってしまったらしい。ん?でも、Fさんが「えーウミちゃん初台で働いているのォ」と驚かれたってことは、それ以降ブログ見てないってことですね、不義理なやつ!!
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