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断片的、あまりに断片的な

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中野坂上パサージュ

  中野坂上に友人らが訪ねてくると、彼らは駅前にそびえ立つビルを見やりながら「ココ、西新宿じゃん」という。確かに中野坂上を東西に貫き、新宿ガード下(しょんべん横丁付近ね)が終点の青梅街道からは、新宿の匂いが運ばれてくる・・・。というのは大げさだが、中野坂上も初台とともに新宿に連動した開発が進められている地域である。首都高速(地下)の工事もいつ終わるのやら。
しかし、大通りから一歩入ると全く風景が変わる。高円寺に住む友人が「あ、ここら辺はなんだか親近感」と言っていたが、表の顔とはうってかわって狭い路地に古い家がひしめきあっている。道も斜めに走っていたりクネクネしていたり、行き止まりだったりと素直じゃない。会社まで最短距離を歩こうと思うが、なかなかどうして振り回されっぱなしなのである。だけれども、この「迷う」という感覚を楽しんでいる。慣れるのがもったいない、とも思う。大好きなアーティストのCDを、わざとちょっとずつ聴くかのような感覚だ。
実家の付近ではほとんど見かけなかった街頭消火器をよく見かける。消防車が入れない細い道が多い地域だから当然なのかもしれない。茶けた路地に赤がよく目立つのだ。そういえばあの赤、ポストをあまり見かけない。
古い家が壊される。ちょっとずつ新しい建物が建つ。
「若い子たちは働いても、少ない給料で、その上高い税金取られてしまう。どうなってんだ、まったく」とオバちゃんたちの政治井戸端会議。実家付近の井戸端会議ではこんな話聞かなかった。
駅前付近にある銭湯。ハウスでは誰も湯船を使わないので、たまには銭湯で湯につかりに行こうかとも思っているところ。神田川も近くに流れていることだし、「やろうよ、『神田川』(むろんかぐや姫の)を!」と某奴にプッシュしているのだが無視され続けて早2ヶ月なのだった。 赤い手ぬぐいなんて持ってないし、三畳一間ではないけれど。 「電線のない街並みが素敵」という声があり、私もうなずく部分もあるが(ちなみにニューヨークもロンドンも景観のために電線を地中化したわけではない、らしい)、このゴチャゴチャした電線も好きなのである。ドタバタ近代化の名残を見るようで。夏目漱石や永井荷風は江戸文化を破壊するこの電線たちを憎憎しく見ていたようだ。今ではこれがアジアの猥雑さという記号の一つのようになっているけれど。

「生活どうですか?」と聞かれる。当たり前だが楽しいことばかりではない、生活なのだから。「実家に戻らないんですか」と聞かれる。別にここに遊びに来たわけではないのだ。私のコップはどこ!?あーゴミ当番忘れてた。靴箱の無秩序さをどうにかしないと。生ゴミを直にゴミ箱に捨てるな!冷蔵庫占領しすぎだろうか。そして、あなたが漬けてる梅酒今度飲ませてね。
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