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断片的、あまりに断片的な

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ジモト

先日、中学時代の友人らと5,6年ぶりに会う。必然的に当時の「ノスタルジック」話になったりするのだが、やはり面白いのは「今だから言える、あの時こう感じていたこと」。当時の出来事が多角的に思い出される。スキーとかウインタースポーツの話になって、私が「スポーツ全般、好きじゃないなぁ・・・」なんて言ったら、バレーボール部に所属していた友人が、「でも、ウミちゃんリレーの選手だったじゃん!」と言ったのが印象的(しかし、ソレとコレとはあまり関係ないと思うが・・・)。彼女はこの夜、何度かそのセリフを繰り出していた。小学校のときはリレーの選手だった彼女は、中学校に入ってその座を守れなかったことがくやしかったとのこと。しかももやしっ子の「文化系」の私みたいな奴に!そういえば、中学は運動神経がステイタスであった時代。高校になると、誰が足が速いかなんて誰も関心を持っていなかったし、テロテロと走るのが運動会だった・・・気がする(そもそも選抜リレーなんてあったかどうか)。世代なのか、時代なのか、地域なのかはわからない。そしてもちろんそれは私の記憶にすぎないけれど。

会合をしたのは新宿だったのだが、たびたび我らが「ジモト」の立川の話になる。昨年の正月に行った小学校の同窓会でも、別の中学時代の友人と会ったときも感じたのだが、異様な「ジモト」信仰を持っている人がいる。「なんで他学区の高校受けたのか意味わかんないよ!」と言われ、結局、私がジモトに愛着がないのは(長いあいだ住んでいたのだが・・・)、「小学校5年で引っ越してきて、そして最寄り駅の国立駅を主に使用していたから」ということになってしまった。
 
ジモト信仰者たちは、「立川で事たれり」を主張するのだが、私もこれに特に異存はない。必要なものは買えるし、今はネットだってある。都心での観劇も苦なく行ける距離である。気になるのは「やっぱりジモト」という言い方なのだった。ある同窓生がいまだに「○○先輩と△△先輩がー」なんて話をしたときには驚いたが、別の友人いわく「商店街のつながりとかあるからねぇ」ということ(確かに駅前の商店街は、「ファスト風土化」を免れ生き残っている、と思う)。でもびっくりするのは、それ以外の友人なりなんなりの話が出てこないこと。もちろん中学時代の友人との久しぶりの再会としての席だから、共通の知人の話が多くなるのはわかるが、「え、高校は、大学も行ったんだよね?」と思わず問わずにはいられない。関係性があまりにも固定、固着しているのが怖いのである。それこそ上で述べたように、情報的にも、物理的にも開かれているというのに。

インターネットによって情報(そして物)が各地にいきわたるようになって、田舎/都市という区別はナンセンスになったという議論がある。それは物や情報といった点からみればそうなのだ。でも「イナカ」くさい考え、コミュニケーションのあり方というのは残るだろう。「セケン的」という言い換えもできると思う。それはその人が何処に住んでいるかに拠らない。むしろ、地方や田舎よりも、立川みたいな都市部からつかず離れずの微妙な位置の方が「イナカ」くさいのではないかと思う。

立川についてはゲッツ板谷氏がいろいろ書いているし、80年代の立川を舞台にした『ワルボロ』も映画化された。確かに興味深いトピックス満載の街ではある。廃墟となった不気味な米軍基地跡を私も覚えているし、小学校、中学校の隣地は自衛隊の駐屯地であり、小学校の窓ガラスは彼らの練習による騒音のために二重になっていた。中学校の近くには競輪場。立ち飲み屋もいくつかあって、昼間っから酒を飲むおじさんたちがたむろしていた。子どもごころながらにちょっとうらやましく思ったりしたのだった。スナック・ラブホテル街に住んでいる同級生も多く、ラブホテルに出入りするカップルの話を面白おかしく聞いていたし、卒業式の日には友人母経営のスナックでおじさんたちにやいや言われながら何かを飲んだのも覚えている。小学校時代は南口には子どもたちで行ってはいけない、と言われたし。で、がむしゃらに「キレイ」にしてきたのだ(近代化!)。

そんな立川とは反対に、国立は汚いもの、異質なものをひたすら排除してきたし、合理化とか消費化とはスマートに距離を保っているように見える。ちょっと笑ってしまったのは、2006年当時原宿につぐ二番目に古い木造建築であった三角屋根駅舎が、やむなく取り壊されることになったとき、駅のロータリーからボブ・ディランの『風に吹かれて』が聴こえてきたので、「?」と思って行ってみたら、巨大スクリーンを設置して追悼式をやっていたこと。「ありがとう!三角屋根!」というわけである。ちなみに、国立市は数少ない共産党が与党の市議会である。

立川市の前は国立駅北口の前に住んでいたが、そこは国分寺市である。国立駅の北、南の雰囲気の違いようもすごい。北口にあるチェーン系の飲食店といったら、モス・バーガーぐらいである。隣人が「国立と立川、面白いテーマじゃない?」というが、私の中ではそこには国分寺も入ってくる。

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