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断片的、あまりに断片的な

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アラフォーとアラサーのナチュラル

先々回の記事の湯山玲子『女装する女』だが、やはり著者含め「アラフォー」というバブル期に青春を謳歌した女たちが中心とあって、「アラサー」の私からするとちょっと違うなぁという部分がたくさんある。
 
あげられている、ロハスなり、ヨガなり、エコなり、和風なり、表現(ブログ)なりといった欲望の矛先はかぶっているのだろうけど、それらに対する姿勢というか価値観が違うのかなぁと。たとえば「ナチュラルフード」でいえば、「アラフォー」キャリア系の女たちは「有機系のレストランでついばむオシャレなもの」として消費していると、ニヒルなかんじで指摘しているが(ただ、それは「批判」ではなくて、「肯定」=自虐ギャクみたいなもの)、私の周りでは熱心に自宅で料理している人がけっこういる。遊びにいくと、チャチャチャ作ったとキンピラとか、おひたしとか、味噌汁とか出してくれるのである。
 
もちろんそれは双方「オシャレ」の記号があるのだろうが、外向きか、内向きか、というか「オシャレ」の価値観が違うのだろうな。内向き系「オシャレ」は、アラフォーからしたら「地味だし、享楽的じゃないわね~」となるのだろうが、そんな言説は80年代ディスコと比べた90年代クラブにも良く言われたことだし、現代若者の「まったり」(草食系?)文化にも言われるおなじみのもの。そういえば職場のあるアラフォー女性に「アナタ、野菜ちゃんと食べているの?」と言われ、「ほうれん草ゆでたり、野菜炒めとか作りますよ」と言ったら、「ええええ~~~~~えら~~~~い!!」と言われたことがある。

ただ、この本で語られる女たちはバブルの恩恵に与ったというか、経済や教育資本が高い女たちばかりなので、世代の違いというより資本の差なのかなぁと強烈に思わされる。ブルデューも上・中・下の上と下は求める対象は同じだといったしね。それに対する信仰は異なれど。反転した「オシャレ」としてユニクロ買って見せるのと、ユニクロ買うしかないってことです、つまり。

まぁあとがきを見たら、博報堂がらみで書かれた新たなるマーケットの可能性を見据えて・・・ということなので、大げさに書いたものではあるのだろう。しかしねぇ、「母親は遊んではいけない」という呪縛から解放されたが、「社会や学校の方が毅然と『大人として一本立ちするための指導』をしてくれればいいが、これも現状では期待することはできない」って、これあんたモンスターペアレンツの言説じゃん!というわけで、正しくアラフォー世代以降の欲望というか意識を表わしてるわけで、それだけに興味深い一冊ではあります。

職場のアラフォー女子にこういった話をしたら「キャハハハ・・・」と笑ってました。「まー、バカとかなんとかいわれても動じないからね~」とのこと。

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