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断片的、あまりに断片的な

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シェアハウスでシェア 『フリマナンデス vol.2』@国立なないろハウス

不定期で開催しているファッションと食の夜会、「コショウ、サンショウ、トキドキ ソルト」でオリジナルカクテルを提供しているのだが、そのカクテルを気に入ってくれた方から、あるフリマイベントでカクテル屋をやって欲しいとの依頼がきた。びっくりだったし、お褒めいただいたのは嬉しかったけれど、「でも私はカクテル屋じゃないしなぁ、ますます何屋かわからなくなるなぁ・・・」とちょっと迷ったのが正直なところ。それでも参加したのは、会場が国立のシェアハウス「なないろハウス」だったから。仲間たちがたびたび口にする「なないろハウスは」、単なるシェアハウスではなく、さまざまなイベントが行われる地域コミュニティの集いの場でもある。

私もかつて少しだけ経験したシェアハウスの現在(のひとつ)を見たかったのと、これまでほとんど関わりが無かった地域の集まりに参加してみようと思い、この日だけカクテル屋になろうと決めた。きっかけとなったのは「コショウ、サンショウ・・・」なので、屋号は「かくてる屋 コショサン」とする。
他の出店者さんも、なないろハウスの住人さんや、ご近所の方たちがメイン。バスソルト屋に、マッサージ屋、ハンドメイド雑貨屋に、ハーブティー屋、お好み焼き屋さん、などなど。私も、というか出店者さんみんなそうだったが、自分の店やりつつ、カレー食べたり、マッサージ受けたり、バスソルト買ったりと、その場で循環。商い、というより「物々交換」といった方がいいかもしれない。 シェアハウスでシェアの会、といった塩梅。
シェアハウスも、物々交換的なシェアのありかたも、もちろん古くからあったもの。ただ、レイチェル・ボッツマン/ルー・ロジャースの『シェアー〈共有〉からビジネスを生みだす新戦略』(2010年)や、三浦展『第四の消費ーつながりを生み出す社会へ 』(2012)などに見られるように、2010年代に入ると、ソーシャルネットワークと環境問題の高まりを背景に、「シェア」はビジネスにおける重要な概念、というかビジネスにおける新しいトレンドとしてうかびあがってきた。わたしがリサイクル/古着の団体に関わり始めたのもちょうどこの頃だ。

 「シェア」、あるいは「つながり」をフックとしたビジネスは確かに増加している。廃材のリサイクル、エクスチェンジ、シェアスペース、洋服のレンタルなどなど。シェアハウスもいまや、デザイナーズのおしゃれな物件が揃っている。ビジネス化されるということは、ある意味洗練されること、だけれども、「シェア」が広がれば広がるほどそのやりとりは匿名性をはらみ、「シェア」が持つ可能性をおきざりにしてしまったりもする。ボロボロの服が大量に持ち込まれるエクスチェンジ、のように。

なないろハウスでまったりカクテル作りながら、住人みんなに育てられている子どもたちをながめる。みんなで暮らし、みんなで育てる子ども。「シェア」は単なる、便利で経済的なこと、ではない。新しいライフスタイル、コミュニティ、そして家族のあり方をひらく、ものだ。そんなことを改めて実感させられた一日だった。

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ちなみにこの日のカクテルは・・・
〇ラオラオライスミルク
〇梅ハイボール
〇ブルーベリースプモーニ
〇バオバブチアシード
〇マデイラソーダ
ほか、ノンアルドリンクなどなど。

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渋ブラ、銀ブラ

  
日曜は、午前中に渋谷、夕方に新橋でちょっとづつ用事があって、なんともやりづらいスケジュールなのだが、作業道具を持って出かける。渋谷での用事を終え、とりあえずその足でアップリンクに映画のチラシやイベントのフライヤーなんかを取りに行く。近くのカフェベローチェで薄いカフェオレを飲みつつ作業。途中で煮詰まって、フライヤーを眺め、NHKでやってるアジア・フィルム・フェスティバルに行くことに決める。

1作品500円で見られるということで、『デリー6』(インド2009)を見る。まぁまぁまぁ、楽しめた。デリー内の宗教の対立、カースト制度などの問題を、主人公のNY生まれのインド人の青年が丸く収める、というご都合パターンではあるが(「他者」が感情移入しやすい視点)。しかしこのフェスの盛り上がりのなさは寂しいなー。NHKの宣伝がダメそうってことはわかるけれど。前日も、日本映画しか見ないという人と話していて、「だって、海外のことはわからないもの」と言われる・・・。嗚呼、情報社会って。

分かる(好きな・得意な)ものしか見ないというのは、分かる(好きな・得意)ものしか分かりえないということなのだけれど。分からなくたっていいというのだろうが、でもそうなるとその人がいう「分かる(面白さなりなんなり)」は、非常に狭いものでしかないと思わざるを得なくなって、聞いていられない。まぁ要は、「最高!」といわれて、「そんなこといわれたって信じられない」と思うということ。相対化していないから、相対化(ネチネチ)してしまうということ。そして、厭な感じになってしまうわけだが・・・。

NHK前のけやき通りでは、ロッカーっぽい兄さんから「毛皮反対」のチラシを受け取り、代々木公園で行われていたアースガーデンを一通り回って、数箇所でやっていたライブもちょっと見る(GAKUや梅津和時なんかも出ていたみたい)。チーク材で作られた食器や皿やカトラリーに魅了されるが、いまネットでそれらを見ても特になんとも思わない。でもしかし、この差を説明するのは難しく、そして課題。
    
銀座まで出てまた、薄いウーロン茶を飲みながら作業。雨が降っていたので、アバクロ臭はなく。銀座にあるアメリカの「高級」カジュアルウェア店、アバクロンビー&フィッチでは、例の上半身裸のメンズ店員はもちろん(写真)、店内にも、商品にも、ワシャワシャと香水を振り掛け、「匂い」で販売訴求する「五感戦略」が有名。そのパワーは、銀座に着いて地下から地上にあがったとたん、「プーン」と匂ってくるほどなのだ(写真ソースはThe Bilerico Project)。

アメリカでは今年の秋、このアバクロ臭に対してデモが行われたそうだ。なんでも香水に含まれている有害物質がラベルには表記されていなかったようで。「クリーンなエアーを返せ!」「精子の数が減る!」などと。こういうデモが行われるのはさすがだと思うけど、ユーモアじゃなきゃちょっときついね。車を壊して、喫煙者の顔に水ぶっかけてまわらなきゃならない。

ともかく、日曜の夕方の「クリーン」な雨の日の銀座。

イケメン(的な)韓国人にファブリーズをかけられる

                               
先々週の土曜日は、とある打ち上げで新大久保の韓国料理屋「マニト」で宴会。宴会部長だったので、適当にネットで調べて予約したのだが、店内はほぼ女子。われら、30代女と30~60代男のグループは店内で異彩を放つことになる。なんなんだこの店は・・・と店内を見回して、なるほどなるほどと納得。東方神起のようなイケメン(的な)韓国人店員が揃っている。店の外では大雨にもかかわらず、入店待ちの女子がたむろしていた。あとで知ったのだが、この店はイケメン店員揃いで有名らしく、店員のファン同士の睨みのきかせあいもあるとかないとか。また近頃のK-POP人気を使わない手はなく、大久保の韓国人街全体でイケメン店員人気投票を行い、街の活性化がはかられているとかなんとか。

生しぼり系のフルーツサワーは、「店員のお兄さんが(もみもみ)しぼるよ!!」と、店内の黒板でアナウンス(「もみもみ」は著者による余計な強調)。隣の席の女子が、本当にデレデレと目を潤ませながら、東方神起がグレープフルーツをしぼる姿を嬉しそうに眺めていた。誕生日のサプライズサービスは、いろいろな飲食店でも行っているが、ここでは店内の電気を全て消し、ローソクがささったケーキを運び、東方神起が勢ぞろいして、韓国語でハッピーバースデーを歌い、花束を渡す。そして、黄色い悲鳴。

始終騒がしくて落ち着かない店だったが、料理は思っていたよりも美味しく、しかもかなりコストパフォーマンスが良く、あれこれ食べてビール飲んで、マッコリ飲んで、1人2,500円程のお会計。帰りは、店の外で東方神起がファブリーズを持ってお見送り。「ファブリーズやりますか?」「ハイッ!!」。そして東方神起が私のからだじゅうにファブリーズをふきかけ、私もちょっとデレッ。なんて安上がりなんだろう!!

以前友人に連れて行かれた大久保の別の韓国料理屋さんも、客は女子ばかりだった。その店は、専属の占い師さんがタダで占いをしてくれる、というわけで。飲食店が飽和状態にあるなか、もうこうしたサービスで差別化していくほかないのだろう。とくに若者が、酒を飲まなくなっている(らしい)時代にあっては。

              
先週、発表の準備でアセアセしていたところに、知人からキング・オブ・コント(コント日本一を決めるテレビ番組)のアナウンスをされて、そんなことすっかり丁度良く忘れていたのに、知ってしまった以上見ないわけにはいかないのだった。今年は、わたくしがひいきにする人力舎(@東高円寺)の芸人が、ファイナリスト8組のうち2組も入り込んでいたのもあり。シティーボーイズや竹中直人、B21スペシャルらを輩出し、コントに強い人力舎といわれるけれど、まぁコント自体がどっちかといえば東京が強いということもあるのだろう。ベタベタな漫才を嫌って、ダウンタウン松本も久本雅美も、東京のコント(演劇)に新しさを見たわけだし。

昨年も人力舎の芸人が優勝したこともあって、2年連続人力舎が勝つかなぁ?とあまり期待はしていなかったのだけれど、人力舎のキング・オブ・コメディがめでたく勝つ(これもまた、去年島田紳助が人力舎芸人殴った事件がからんでるとかなんとかという話もあるけれど、まぁこういうのは必ず出るし、そういうこともあるのかも知れんし、所詮テレビ番組はそういうことから無縁ではありえないのですし、どっちでもいいですが)。ただ、個人的に一番面白かったのは、ジャルジャル(吉本)の「おばは~ん」とずっといい続けるやつ。ミニマルミュージックっぽく、じわじわと聴き続けていくことで興奮していくという。オウテカの名曲を思い出した。
お笑いといえば、夏は吉本のお笑いフェス「ライブスタンド@幕張メッセ」にご招待されて、行ってきた。入口では、一般客の列より、関係者の列の方が長かったので、株主・お得意様向けのショーケース的意味あいが強いのかな、というかんじ。「フェス」とあって、運営はロッキングオン。複数のステージ、屋台など、音楽フェスさながらの様相。改めて独特なお笑い大国だなぁ、と。

会場には託児所もあって、赤子たちがギャーギャー泣いていた。親たちは会場でゲラゲラ笑っているのにねぇ。

余暇であり生活であり勉強であり

この前の日曜日は、会社に行くよりも早く起きて、締め切りを少しぶっとばしてしまったが一応書き上げた、余暇関連のプロジェクトの報告書合評会へ向かう。まだ書き上げていない人のなかで、とてもお忙しい状況であることを事細かにお知らせしてきた方がいるのだが、寝る暇なくお忙しい状況で「余暇」関連の原稿書くってのも・・・とフト思うのであった。

わたくしはやはり、ビールやハイボールを飲みながら書くのが至福のとき。効率は、相当悪いのだけれど。夜、だらりだらりとやって、昼間見直し。締め切り間際は当然そうもいかなく、もっと早くから取り組めば、この至福パターンで最後までやれるのに!と毎度後悔する。

ところで合評会あとに、昨年お亡くなりになられた社会心理学者の石川弘義先生の蔵書の数々をいただけることになり、合評会メンバー3人でありがたく分け合った。私たちがもらっていいのだろうか・・・とフト思ったりもしたが。

大衆文化や、性、欲望、音楽、映画など、研究・興味対象が重なっていることもあって、興味深いものや、買い損ねていたもの、気になっていたものなどが多数あってうれしい悲鳴をあげる。部屋のスペースのこともあるし、厳選したうえでそれでも100冊以上いただいたのだが、「やっぱりあれは貴重な資料だよな・・・」とか、あとで思い返してムズムズしている。もしかしたら、またいただきに行くかもしれない!
           佐伯俊男さんの古い画集がびっくりな収穫。同じものを母も持っているのだが・・・。エログロ親子。石川先生の著書『マスタベーションの歴史』(2001)もいただく。単著では最後の作品ですね、じっくり読ませていただきます、ありがとうございました。

煙草に関連させた雑記

■今さらですが、昨年12月に行った京都旅の3日目のメモをアップしました。「京都、ツイッター風に(3日目)」というタイトル、こんなに時差があってどこがツイッター風やねん。

今回の旅の滞在先は、図々しくも『カルチュラル・スタディーズを学ぶ人のために 』『コミュニケーション・スタディーズ 』でお世話になった世界思想社の編集者のKさん宅。京都に行く前のやりとりの中で、Kさんは「うちには灰皿も、酒盛りするグラスもない家ですのでご了承下さい」とのメールを送ってきた。なんともスマートな断り方ではないか、と感心してしまった。「うちは禁煙だし、私は酒盛りには付き合いません」というわけである。お会いした際に、「いやぁ、なんとも京都的な断り方ですねぇ」と言ったら(イヤミではない)、「私は大阪出身です」と返される。

■3月中旬。ゼミの追い出しコンパ。この不況下で、めでたく新たな門出を迎える人がたくさんいて、喜ばしい限り。宴会部長のわたくしが幹事をつとめたのだが、予約した会場はなんと禁煙。トレンドに逆行して、煙草飲みが揃っているゼミなので、恐縮(わたくしの「恐怖政治」により、不満が表面化されなかったというイチャモンあり)。

いやぁ、しかし、ディナー/アルコールの場も次々と禁煙の波が・・・。2月に厚生労働省が「原則として全面禁煙」を叫び、神奈川県はそれを受けて受動喫煙防止条例。ただ、まだまだ居酒屋は喫煙ニーズが多く、禁煙・分煙にすると売り上げが落ちるらしいけれど。あああ。カフェなんか行かないから、飲み屋だけは勘弁してほしいなぁ。

■オイコンの次の日は、現風研で「ライブ空間」の発表。3時間たっぷり時間をもらって、たくさんの貴重な意見をいただく。2次会は、ライブバーで!この会でも煙草を吸うのは、私の知り合いのみ。片寄せあって吸う。
 
■実家に戻ったら、私の部屋での禁煙が言い渡された。居候の身としては逆らえまい。そのつど階下に降りていき、台所の換気扇前で吸う生活。隣のB-girlの部屋は喫煙可なのだが・・・。

新年のごあいさつ2010

こんなに遅れては挨拶する気もおきないですね。すみません。今年もどうぞよろしく。

昨年はいろいろと出会いあり、別れありでめまぐるしかったですが、いろいろと新たなチャレンジが出来た年でありました。ただ準備不足やら、計画性のなさからドタバタしてしまったので、今年はじっくり一つ一つやっていけたらと思っておりますが、早くもバタつきぎみ・・・。

年末年始は4日間休みで、かなりのんびり。大晦日も22:00くらいに寝てしまったし(老人)、パソコンも開けず。年末とはうってかわってあまり飲まなかったが、それでも花札大会のときの空き缶の量ときたら・・・。

     
昨夜は、吉祥寺百年で毛利嘉孝さんの『ストリートの思想』のイベントへ。半分会社人というスタンスでこれからも行こうと、改めて思った。(写真は百年店主のブログより)

『カルチュラル・スタディーズを学ぶ人のために』出版記念パーティ@河口湖

9月下旬には、河口湖にある師宅で、『カルチュラル・スタディーズを学ぶ人のために』出版記念パーティ。厳しく丁寧に原稿をチェックしてくださった編集者のKさんも京都からやってきて、ごあいさつ。なんでも「ファッショントレンド調査者」という肩書をもつわたくしに、どんな厳しいファッションチェックをされるのか怯えていたらしいが、実物の私を見てさぞかし安心したろうと思う。私も私でKさんのことを、その校正の厳しさから、どんな人かと少々緊張していたのだが、とても穏やかで話しやすい方であった。

その他にコラムを担当したゼミ仲間や、その家族もいらして、なかなかにぎやかなパーティとなった。恒例バーベキューでは、ミュージシャンの演奏ありで、私もあれこれ思いつくままリクエストする。すぐに弾けてしまうというのが、うらやましい。そして、師や子どもたちが寝静まってからの闇夜の四方山話会では、私がある人に無理やり歌わせる「燃~えろよ、燃えろ~よ♪」のコーナーも有り。思い返すと、以前にもこんなことをしている。小中学生の頃に体験した(ハズの)キャンプファイヤー時に何かあったんだろうかと記憶を辿るのだが、何にも思い出せない。 

次の日は西湖でのカヤックと、自転車で西湖一周。カヤックでは岸からわずか数メートルで転覆しそうになって奇声をあげすぐさま帰港、自転車では走っても走っても終わりが見えず、肉体的にというより精神的にへばる。「このカーブで終わりだ!」と思って曲がったあと、長く、長く、長ーいまっすぐな道が目の前に広がったときのダメージやいかに。

うどんをたらふく食べてから、河口湖を発つ。Kさんには、12月に京都に行くときに図々しくもお世話になることになった。同年代であるし、じっくりとお話ができるのが今から楽しみである。こんな出会いを与えてくれたパーティに感謝です。

帰りの高速バスでは、多摩の暴走族たちと一緒になり、しばしば睡眠を妨げられた。「暴走族ファッション」でも「ヤンキー・ファッション」でもなく、「フツー」にTシャツとジーンズを身につけるイマドキの族を見る。学校でも別段、悪くない、のかもしれない。

ケチャ祭りと「お客様は神様です」

7月下旬は、毎年恒例の芸能山城組プレゼンツ「ケチャ祭」@西新宿55広場。今年はわりと早くに会場入りしたので、ジェゴク(竹の鍵盤楽器)の演奏を聴くことができた。「祭」のプログラムのなかで、一番見応え、聴きごたえがある演目だと思う。ただ、ジェゴクらの生音と電子音のバランスがすごく悪くて、ヘンテコな曲になっているものもあったが。

雨が降ってきたこともあって、最後の演目であるケチャ前に退散。あの演者たちの白くてダブついたからだが毎年気分を萎えさせる。先日の「ベンガルの虎」でもそうだったけれど(「それが、戦争から帰ってきた男たちの体かい!」のからだ)。トランシーな気分へとなかなか導いてくれない(からだのせいだけではないが)。

プログラムや曲目はほぼ毎年同じなのだが、セミたちが泣き喚くなか、ぼーっと音楽を聴き、ビールを飲み、ガラムを燻らすのがこの祭りの楽しみ。基本的には入場無料なので、毎年プラプラと足を運んでいる。そう、無料なのであるが、どこに行っても「お客様気分」が抜けない人たちがいる。 おそらく定年退職後の3組の夫婦が「グループデート」で祭に来ていた。雨が時折パラついていたので、用意されたささやかなお休み処の椅子やテーブルが濡れていたのだが、きゃつらはやって来るなり、あそこを拭け、そこを拭け、こっちが濡れていると大騒ぎ。屋台で頼んだジュースやビールも自分で運ばず、あっちに運べ、こっちがまだだとうるさい。1961年に三波春夫が口にし、その後歪曲された形で広まった「お客様は神様です」思想で生きているのだった。

ハウスの住人に、カナダで日本人客のガイドをしていたものがいる。先日行った観光関係学会の発表の一つに、ボランティアガイドに関するものがあったので、少し内容を伝えたら、その難しさについて話してくれた。自身の仕事を皮肉交じりに「自分を好きになってもらって、信頼してもらって、そんな私がすすめる土産屋でお金を落としてもらうこと」と言っていた彼女は、カナダのツアー会社所属のガイドだった。

安い航空券やパッケージツアー(航空券+ホテル)が多く出回り個人旅行が人気の今でも、朝から観光客につきっきりで、あちこちを案内し、通訳してまわり、送り迎えをするガイド付きツアーは、主として高齢者の方たちから支持されている。ただそうはいってもお決まりの「土産物屋巡りツアー」に飽き飽きしているものもいるし、近年特に財布の紐は固くなっている。そこで、その土地のことを良く知る地元のボランティアの方に名所を案内してもらうツアーが注目を集め出したのだそうだ(「着地型観光」というらしい)。

だがボランティアガイドは、ある特定の場所(例えば○○公園、○○美術館など)あくまでその人が「出来る、知る範囲内」でのガイドをすることが多い。だが従来のガイドツアーの至れり尽くせりの対応に慣れてきたものたちは、そういった立場をあまり理解できずにあれやこれやと横柄に要求してくるものが多く、結局ボランティアガイドがうまく根付かない、機能しないということだった。金を払っても、払わずとも自分は神たるお客様なのである。

キャバクラやホストクラブ、メイドにバトラー、これらにはセクシュアリティが絡んでくるけれど、「お客様」文化が日本にはいっぱい。定評のある日本の百貨店、飲食店等の接客サービスは、ちょっとの「タメ口」もクレームになったりする。ある種の「タテ」志向。
去年の話だけれど、サイゼリヤの前で40代前半店員を土下座させている20代前半男たちがいた。店員がどんな粗相をしたかしらないが、300円足らずのドリアでガタガタ言ってんじゃないよ!結局、これはイジメだろう。

”カワイイ”座談会の夜

先週の日曜日は一日中掃除をする。廊下やシンク、階段、台所など自室以外も徹底的にやって、スッキリ。やっと人をよべる部屋(家?)に戻った。先週はB-Girlが、「海外に英語のメールを出したいのでチェックして欲しい」とのことで、ビール抱えてやってくる。チェックするのはもちろん私ではなく、住人ら。このような理由で訪問する人がたまにいる。

先日はそんなわがハウスに、ゼミのタケダ氏と元ゼミメンバーのソ氏がやってきた。シェアメイトの友人でジャーナリストのAさんが、日本の「カワイイ」文化についてインタビューするために、イギリスから訪ねてくる予定だったので、日本の「カワイイ」文化の一つである「アイドル」の研究をしているタケダ氏を誘ったわけである。ソ氏は・・・まぁいろいろあって誘うことになった。


私の部屋に着いて家の感想を聞いたら、「リビングルームで夜な夜なみんなで食事するわけじゃないんですね」とか「広いリビングルームの周りを取り囲むように個々の部屋があるのかと思ってました」(←結構広い土地が必要だぞ)とか。だから、それは「ラストフレンズ」である。


いろいろと手違いがあって、23時過ぎからインタビュースタートとなってしまった。私の学部時代の友人も加わってのインタビューというより座談会。夜も更けてマシンガントークが炸裂し始めたソ氏と、これまた良くしゃべる私の友人のあいだで(2人は何だか話が妙に合っていた)、タケダ氏は言いたいことがあまり言えなかったようだ。 


Aさんは現在のジャパニーズ・ガールズ・カルチャーについて知りたかったようなので、キャバ嬢(アゲ嬢)の話とか、あとは話題の「草食系/肉食系」のこと、ロリータ、メイドのことなどを話す。あ、あと「結婚観」とか。Aさんは、いかに日本の女性が変わったかというストーリーを作りたかったみたいだが(しかし強固にある「カワイイ」)、とにかく時間がなかったことと、話手が多かったので、とりとめのない話に始終してしまった。あとはメールでインタビューする、ということで会はお開きとなる。ニューズウィークで記事を書くということだが、どんな内容になるのでしょう。

そういえば、映画館などのレディース・デイ、レディースランチ等の「女性優遇制度」にAさんは驚いていた。優遇というより消費者としてあてこまれているだけだが。前に住んでいたアメリカ人のAも、(私の方をチラリと見て?)とあるビアガーデンの飲み食べ放題料金の男女差にフンガイしていたが、いまだそんな「配慮」が存在しているのも確か。ちなみにそのビアガーデンの料金男女差はたった200円で、飲み食べ放題を実施している他のビアガーデンもだいたい300円くらいの差だ。そんなもんがあるから、「ウミちゃんには必要のない配慮だよなぁ」などとニヤつかれるのだ。200円ぽっちでそんなこと言われるとはいい迷惑だ。是非やめていただきたい。

ボブ・ディランな母の日

母の日は、雑誌で見かけてなんとなく候補として考えていた、ヒステリック・グラマーのボブ・ディランTシャツを贈ることにする。

普段は店員の接客を冷たくあしらいがちだが、買うということは決まっているし、ピンポイントで欲しいものがあるので、それなりにやりとりする。「ボブT」は今季いくつか出ているというので、レディスものをいくつか見せてもらうが、「うーん」、となる。フレンチスリーブだったり、ミニスカート丈だったり「女仕様」がなされていて気に食わない。これは、私がたびたび感じるイヤな問題。シャツなんかもレディスだとウエストが絞られていたり、胸にタックが入ってたり、余計なお世話なものが少なくないのである。だから私は、メンズものを買うことも少なくなく、そういった意味ではギャップやらユニクロやら無印やらの量販店は便利なのである。

ヒステリック・グラマーもメンズ/レディスが同じ店舗内にあるので、メンズものでめぼしいものを探してもらう。「どうしてもボブじゃなくちゃいけないんですか?」と聞かれたので、「母の日のプレゼントに贈りたいので・・・」と言ったら「ええ!?お若いお母さんですね!!」ときたもんだ。なんのこっちゃ、である。まぁ、「ミュージシャンTを着る」という行為自体にそう突っ込んだんだろうけれど。私はおいそれと、ボブのTシャツなんか着られない。

久しぶりに、こんな高いTシャツを買ってしまった・・・。

花のない花見

「今年は花見何回やったの?」なんて聞かれたりもするが、別に毎年桜の下で酔いつぶれる日々を送っているわけではないのである。今年は花見の会に2回参加したが、1回目は咲く前、2回目は咲き終わりで、そういった意味では花見ではなかったともいえる。ま、実際咲いていても見ているかどうか。満開を体験したのは、地元に戻って、市役所に向う途中の遊歩道など、道すがらであった。

1回目の花見はハウス住人の主催で新宿御苑でやった。自家製料理を持って元気よく出動した先発隊に遅れて、昼過ぎにシャンパン持って現場に行くと、30人ぐらい人が集まっていた。住人の友達の友達とか、英会話教室の生徒さんたち一同とか。パーティ文化と、英会話の先生も水商売だということを垣間見る。

 桜はなけれど、花見人でいっぱい。昔、明け方新宿御苑に忍び込んで原っぱで寝て、目を覚ましたらファミリーたちに囲まれていて、気まずい思いをしたことがある。時は昼過ぎ、そこから会社に電話したのだった。「今、起きました。新宿御苑です。向います!」。そんなことを思い出した2009年新宿御苑。

消火器のある風景

ずっとさぼっていた住民票の移動をようやっとやってきた。立川市役所で、ソファに座って順番を待っていたら、ある人が手続きする際の証明書としてタスポを提出していて、担当役人が「タスポは顔写真ついてますからね、(別の証明証と)合わせ技で一本です」というようなことを言っているのが聞こえてきた。そうか・・・やはり、それなりに使えるものなのだなと思い、只今タスポカードの作成を検討中。

「若者」

先週から新入社員がやってきた。たまたま喫煙所で何人かと一緒になり、話を聞いていた。そのうちの1人が、「すごい話があってさぁ、俺の友達、飲酒運転で人殺しちゃったんだよ。家族で乗ってた車にぶつかったんだけど、助手席に座ってた父親が死んでさ~。うちの友達たちはみんな無事」などと、ヘラヘラ笑いながら話していた。もう1人は、中央大学の教授殺害事件の被害者の家の向かいに住んでいるので、報道陣に囲まれたとか、もう1人はうちの学校で教えてた小室哲哉センセーが・・・・・・などなど。なんでも、「ネタ」である。

席に戻って、社内報で新入社員一覧写真を見やりながら、他の人たちにこの話をプリプリしながらすると、「今の若者なんだねぇ」と考え深げに言われた。「でも、若いウミちゃんがそんなこと言うなんてね」なんて言われてしまったが、その方には8年くらい前の金髪やら赤髪だったときの私の姿の印象がまだ強いのかもしれない。でも私は、「若者」でもないし、自分が「若者」だと思ったことなどないのである。「若い」ときだって、隣にいる「若者」にはなれないと思って石ころ蹴飛ばしていた。

日記を書いてみる

目覚ましは携帯電話を使用しているが、なんとなく目が覚めて枕もとの携帯を見ると、ちょうど起きる時間で慌てる。私は起きる1時間前から10分ごとに鳴り響くよう目覚ましをセットしてるので(迷惑な奴)、こんなことにはならないはずなのだが、マナーモードになったままだった。あ、危ない。

大音量の音に回りが飛び起きても、当の本人は気づかずグースカ寝ていたりするので、1時間前からのセットは必須、なのだ。(あ、ついダラダラとかいてしまう・・・)

起きてから、さっきまで見ていた夢を思い出す。ジョニー・デップが歌手デビューし、タモさんが司会の音楽番組に出場している。その歌も、数時間くらいは覚えていたのだけど、やはり忘れてしまった。夢を録画できたら面白いのに、と思う。いつかできるだろうけど。そうなったら、映画監督は上がったりだなぁ。考えたことがすぐ映像化されてしまうのだから。手軽に、誰でも、映画監督。イマジネーションのみで勝負。

高級時計&ジュエリーに関する資料作り。私にとって、一番良く分からない、どうしていいか捉えきれていない仕事。流行とかシーズンとかもあまりないのであって、何より別世界の話。

昼は持参したライスと、オリジン弁当でかったおかず+トン汁。これが700円超えとお高い。いろいろ選べて、バランスが良くなるのはいいが・・・。別部署のネーさんたちの輪に加わって、あれこれ談義。石破さんにモエってる人の話とか。いろんな人がいる。

隣の席の方が、あと一日で退職。悲しくはないけど、不思議だ。1日8時間×週5日となりに座っていた人なのに、もう会うことはないのかと思うと。突如として私の生活から消えていく。

やるべきことがあったので、残業せずにすばやく帰宅。買い物も、煙草のみ。

おなかが空いていたが、作業を優先。しばらくすると隣人が帰ってきて、ご飯炊くけどどうする?というので、私の分もお願いして作業続行。あまりにおなかが空いたので、キッチンに行くけどまだまだ炊けない。ところでご飯があるのはいいが、おかずはどうしよう?前の住人が置いていったレトルトカレー(賞味期限内)に決める。隣人とおそろい。ルーを温めるだけだが、その温め方すらもアバウトだと指摘される。一緒にブロッコリーと卵もゆでる。半熟卵にしたかったのだが、それもアバウトにやったので失敗。アメリカンAは最高の半熟卵の作り方を先週レクチャーしたそうだ。この家で私が一番アバウトかもしれない、と思う。

食べて、一口ビールをいただいて、部屋に戻る。30分位して、大家の仲間が家賃をとりに来る。大家は今オーストラリアに帰っているのだ。2ヶ月も。初めてお会いしたC氏は、ちょっと日本語が話せる。めずらしく5人がイン・ザ・ハウスで、一発で全員から取立てられたのがうれしかったのか、「amazing!」としきりと言っていた。あ、6人目の住人YUKOはアメリカンAのベッドで囲われているという・・・。

激しい腹痛。

途中、電話で仲間の様子をうかがう。妙に余裕で、電話したかいがなかった。

遅れながらも今日中に出すべきものをメールで提出。ビール。

今日読んだある人のブログを思い出し、日記形式のものを書いてみるかと思い立ち、ブログを書く。予想外に時間がかかる。どうなのコレ?と思うが、自分のためには面白いかも。私は手帳もつけないので、ちょっと新鮮だった。ただ、つい、一つのことを膨らませて、(大きな、とは言わないが・・・)物語化したくなってしまう。情報整理の訓練にはなるかもしれん。どっちにしろ読んでいる人には関係ないですが。

シャワーを浴びて2時就寝予定。8時起床予定。

アラフォーとアラサーのナチュラル

先々回の記事の湯山玲子『女装する女』だが、やはり著者含め「アラフォー」というバブル期に青春を謳歌した女たちが中心とあって、「アラサー」の私からするとちょっと違うなぁという部分がたくさんある。
 
あげられている、ロハスなり、ヨガなり、エコなり、和風なり、表現(ブログ)なりといった欲望の矛先はかぶっているのだろうけど、それらに対する姿勢というか価値観が違うのかなぁと。たとえば「ナチュラルフード」でいえば、「アラフォー」キャリア系の女たちは「有機系のレストランでついばむオシャレなもの」として消費していると、ニヒルなかんじで指摘しているが(ただ、それは「批判」ではなくて、「肯定」=自虐ギャクみたいなもの)、私の周りでは熱心に自宅で料理している人がけっこういる。遊びにいくと、チャチャチャ作ったとキンピラとか、おひたしとか、味噌汁とか出してくれるのである。
 
もちろんそれは双方「オシャレ」の記号があるのだろうが、外向きか、内向きか、というか「オシャレ」の価値観が違うのだろうな。内向き系「オシャレ」は、アラフォーからしたら「地味だし、享楽的じゃないわね~」となるのだろうが、そんな言説は80年代ディスコと比べた90年代クラブにも良く言われたことだし、現代若者の「まったり」(草食系?)文化にも言われるおなじみのもの。そういえば職場のあるアラフォー女性に「アナタ、野菜ちゃんと食べているの?」と言われ、「ほうれん草ゆでたり、野菜炒めとか作りますよ」と言ったら、「ええええ~~~~~えら~~~~い!!」と言われたことがある。

ただ、この本で語られる女たちはバブルの恩恵に与ったというか、経済や教育資本が高い女たちばかりなので、世代の違いというより資本の差なのかなぁと強烈に思わされる。ブルデューも上・中・下の上と下は求める対象は同じだといったしね。それに対する信仰は異なれど。反転した「オシャレ」としてユニクロ買って見せるのと、ユニクロ買うしかないってことです、つまり。

まぁあとがきを見たら、博報堂がらみで書かれた新たなるマーケットの可能性を見据えて・・・ということなので、大げさに書いたものではあるのだろう。しかしねぇ、「母親は遊んではいけない」という呪縛から解放されたが、「社会や学校の方が毅然と『大人として一本立ちするための指導』をしてくれればいいが、これも現状では期待することはできない」って、これあんたモンスターペアレンツの言説じゃん!というわけで、正しくアラフォー世代以降の欲望というか意識を表わしてるわけで、それだけに興味深い一冊ではあります。

職場のアラフォー女子にこういった話をしたら「キャハハハ・・・」と笑ってました。「まー、バカとかなんとかいわれても動じないからね~」とのこと。

ジモト

先日、中学時代の友人らと5,6年ぶりに会う。必然的に当時の「ノスタルジック」話になったりするのだが、やはり面白いのは「今だから言える、あの時こう感じていたこと」。当時の出来事が多角的に思い出される。スキーとかウインタースポーツの話になって、私が「スポーツ全般、好きじゃないなぁ・・・」なんて言ったら、バレーボール部に所属していた友人が、「でも、ウミちゃんリレーの選手だったじゃん!」と言ったのが印象的(しかし、ソレとコレとはあまり関係ないと思うが・・・)。彼女はこの夜、何度かそのセリフを繰り出していた。小学校のときはリレーの選手だった彼女は、中学校に入ってその座を守れなかったことがくやしかったとのこと。しかももやしっ子の「文化系」の私みたいな奴に!そういえば、中学は運動神経がステイタスであった時代。高校になると、誰が足が速いかなんて誰も関心を持っていなかったし、テロテロと走るのが運動会だった・・・気がする(そもそも選抜リレーなんてあったかどうか)。世代なのか、時代なのか、地域なのかはわからない。そしてもちろんそれは私の記憶にすぎないけれど。

会合をしたのは新宿だったのだが、たびたび我らが「ジモト」の立川の話になる。昨年の正月に行った小学校の同窓会でも、別の中学時代の友人と会ったときも感じたのだが、異様な「ジモト」信仰を持っている人がいる。「なんで他学区の高校受けたのか意味わかんないよ!」と言われ、結局、私がジモトに愛着がないのは(長いあいだ住んでいたのだが・・・)、「小学校5年で引っ越してきて、そして最寄り駅の国立駅を主に使用していたから」ということになってしまった。
 
ジモト信仰者たちは、「立川で事たれり」を主張するのだが、私もこれに特に異存はない。必要なものは買えるし、今はネットだってある。都心での観劇も苦なく行ける距離である。気になるのは「やっぱりジモト」という言い方なのだった。ある同窓生がいまだに「○○先輩と△△先輩がー」なんて話をしたときには驚いたが、別の友人いわく「商店街のつながりとかあるからねぇ」ということ(確かに駅前の商店街は、「ファスト風土化」を免れ生き残っている、と思う)。でもびっくりするのは、それ以外の友人なりなんなりの話が出てこないこと。もちろん中学時代の友人との久しぶりの再会としての席だから、共通の知人の話が多くなるのはわかるが、「え、高校は、大学も行ったんだよね?」と思わず問わずにはいられない。関係性があまりにも固定、固着しているのが怖いのである。それこそ上で述べたように、情報的にも、物理的にも開かれているというのに。

インターネットによって情報(そして物)が各地にいきわたるようになって、田舎/都市という区別はナンセンスになったという議論がある。それは物や情報といった点からみればそうなのだ。でも「イナカ」くさい考え、コミュニケーションのあり方というのは残るだろう。「セケン的」という言い換えもできると思う。それはその人が何処に住んでいるかに拠らない。むしろ、地方や田舎よりも、立川みたいな都市部からつかず離れずの微妙な位置の方が「イナカ」くさいのではないかと思う。

立川についてはゲッツ板谷氏がいろいろ書いているし、80年代の立川を舞台にした『ワルボロ』も映画化された。確かに興味深いトピックス満載の街ではある。廃墟となった不気味な米軍基地跡を私も覚えているし、小学校、中学校の隣地は自衛隊の駐屯地であり、小学校の窓ガラスは彼らの練習による騒音のために二重になっていた。中学校の近くには競輪場。立ち飲み屋もいくつかあって、昼間っから酒を飲むおじさんたちがたむろしていた。子どもごころながらにちょっとうらやましく思ったりしたのだった。スナック・ラブホテル街に住んでいる同級生も多く、ラブホテルに出入りするカップルの話を面白おかしく聞いていたし、卒業式の日には友人母経営のスナックでおじさんたちにやいや言われながら何かを飲んだのも覚えている。小学校時代は南口には子どもたちで行ってはいけない、と言われたし。で、がむしゃらに「キレイ」にしてきたのだ(近代化!)。

そんな立川とは反対に、国立は汚いもの、異質なものをひたすら排除してきたし、合理化とか消費化とはスマートに距離を保っているように見える。ちょっと笑ってしまったのは、2006年当時原宿につぐ二番目に古い木造建築であった三角屋根駅舎が、やむなく取り壊されることになったとき、駅のロータリーからボブ・ディランの『風に吹かれて』が聴こえてきたので、「?」と思って行ってみたら、巨大スクリーンを設置して追悼式をやっていたこと。「ありがとう!三角屋根!」というわけである。ちなみに、国立市は数少ない共産党が与党の市議会である。

立川市の前は国立駅北口の前に住んでいたが、そこは国分寺市である。国立駅の北、南の雰囲気の違いようもすごい。北口にあるチェーン系の飲食店といったら、モス・バーガーぐらいである。隣人が「国立と立川、面白いテーマじゃない?」というが、私の中ではそこには国分寺も入ってくる。

情報と物語

ある人の話(文章)にうんざりしているとき、奴はとにかく情報を提供しつづけているのだと知る。「〇〇は・・・だそうですよ」「〇〇に〇〇って書いてありましたよ」で、その人はそれをどうだと思ったのだろう。「それで?」というと「ゴニョゴニョゴニョ・・・」。情報収集から情報編集(整理)の時代へとは良く言われた話。それって組立てるということだろう、自分の物語に。前師U氏は自身のことをDJをもじってTJ(テクストジョッキー)などと言っていたが・・・。

やたらと固有名に反応する。「あ、〇〇〇ですね」「ああ、〇〇ね!」。ク、クイズ番組!!
ちなみに自戒をこめてこれを書いている。

「情報が旧来の関係に取ってかわり、さらに情報自体が感覚に場所をゆずるとき、この二重の過程は経験というものの斬新的な減退を反映しているのである。これらの形態はすべて、おのおののやり方で、最も古くからあるコミュニケーションの形態のひとつである物語(レシ)から離脱していく。物語は情報とは異なり出来事の純然たる即時性を伝達しようとするのではなくて、出来事をそれを語る者の生そのもののなかにくみこみ、語る者が聞く者に対して自分自身の経験として伝えようとするものである。かくして、あたかも陶工の手が陶器の上にのこるように、語り手はそこにみずからの痕跡をのこすことになるのである」(ヴァルター・ベンヤミン)

サービス

ユニコーンの「サービス」という曲が好きだった。そういえば、ユニコーンは今年再結成した。そして、先日CDを売りにいったのだが、ユニコーンのCDは100円、民生っちのは10円以下の買取価格だった。

友人のブログに書かれた「家族サービス」という言葉が気になった。「家族と過ごす」とかそんな意味で使っているだけで、他意はないのはわかっているけれど。「毎日毎日疲れて帰ってくるのに、その上休みの日にディズニーランド!こ、これは奉仕だろ!」というのかもしれないが、ディズニーランドに行かなくともいい過ごし方をすればいい話。親でもないのに勝手なことを言っているのかもしれないが。

でも、家族で公園に行くとか、出かけるとか、何かするとかが嫌いだと言っていた友人(男)がいた。子どもとは出かけたりしていたようだけど、+妻の3人という図に何か違和感を持っていた。後に離婚してしまったけれど。
「子どもが嫌いだし、子どもを連れて歩いている私の図はおぞましい」というようなことを言っていた女の友人(未婚)もいた。

ちなみに私は幼い頃、よく父と吉祥寺に出かけたが、奴はたいてい今はなき「芽瑠璃堂」というせっまいレコード屋で、私をほっぽいて30分くらいレコード見てたぞ。私はかなり暇で「まだ~まだ~」と言いつつも、客がレコードを「ディギる」その速さにはあっけにとられていた。あ、こんなのがいいと言ってるわけではないですよ、最低でしたよ!!まぁ、帰りにジュースでも飲めば満足の年齢だったりしたのですが。
 
ちなみに英語で「家族サービス」にあたる言葉は、family dutyだ。奉仕ではなく義務なのですね。

精算

何かとモノを集める人間だった。服も本も、そう映画のチラシも、映画の半券も。そしてCDも。ファニーハウスに移ってから、その多さに辟易してしまい、もっと身軽になりたいと思った。いつまでも実家に置いておくわけにはいかないし。移動の足枷みたいなものになっていた。

まず移ってきて苦労したのは服の収拾。それらの一部はフリマで処分。本はよっぽどひどいものしか売るつもりはないので、次なるターゲットはCDである。だいたい1000枚くらいあって、そのほとんどは実家に置きっぱなしだったのだけれど、正月帰ったときにいそいそとUSBメモリに保存して、売却の準備を整えた。通販で32GBのUSBメモリを5000円くらいで購入したのだけれど、どうだろう?データがぶっとぶという、「なんとなくデジャヴ」なことになりはしないかと少し心配なのだが。

数年前までは音楽データにあまり好感を持っていなくって、CDというブツに愛着がたんまりあった。ただ、その愛着あるものが実家にあって、常に参照できないというのはどうだろう?と思ったのだった。もちろん、これから先、今の部屋よりも広いところに住むことになって、そのとき可愛い子らを引き取りにいけばいい、のかもしれない。だがそれよりも、可愛い子らはすぐそこに、いるということ。世界が私のCDラックというのはかなり楽観的な(そしてTSUTAYAが側にある者の!)もの言いかもしないが、聴きたくなったら借りればいいじゃない(TSUTAYAでなくとも)と今さらながら思ったのだった。(データであろうと)所有しなくたっていいやん、ってところにはまだ行っていない、けれど。

だが何を売って、何を残すかという選択が難しい。例えばRADIOHEADのCD(アルバム)は、おそらく私が生きているあいだはレンタルショップにCDが並び続けているでしょう。それに対し「このCDはそれほどお気に入りってわけではないけれど、ここで手放したらもう二度と聴けないのかもしれない・・・」なんてフト考えてしまうものが多々あったり。

なんとか200枚くらいまでに減らそうとしているところ。

われら天才にまかせよ―Genius Bar@Apple Store

えー、先日お壊れになられましたマックさんですが、精製水で洗っての乾燥でもうんともすんともご機嫌が悪うございましたので、渋谷アップルストアのジーニアス・バーに予約を入れ、天才たちに診察してもらいに行ってきました。

予約10分前くらいに到着したのだが、店の前には人の列。インストアライブをやるらしい。リハーサル中のアーティストたちの顔ををチラッと眺めたが誰かわからず。後で調べたところ「風味堂」とのこと。後にその階上で私が悲痛な叫び声をあげていたとき、きゃつらはポップなライブを繰り広げていた。

おしているようで少々待たされた。店内も見飽きてボーっと立っていると、欧米人らしき人がつたない日本語でスタッフに話しかけている。暇だから「そそそ・・・」と側に寄ってやりとりを一部始終聞いていたが、日本人スタッフはそもそも最初から聞く気がないのかわからんが、あさっての方向をみやり「あ~わかんないですね~」「言ってる意味がわかんないんですけど」の連呼。この人だけには担当になって欲しくないと本気で思った。日本語という言葉は通じても、彼のなかの「フツー」の専門用語をこっちが理解できなければ、聞く耳持ってくれなさそうと思ったからだ。さいわい、その人とは違うスタッフが私の担当だった。

「こんにちわ~お待たせしまして~。あ、ちょっと待ってくださいね(テヘヘ)」となんだかノリの良さげな人が私が座るバーカウンターの前に立った。パソコンを出し、事情を説明。「あーなるほど・・・、え?電源が入らない?!」。私の担当ジーニアスはあたふたと私のパソコンを調べ、隣のジーニアスにあれこれ尋ね、ついで自身のパソコンでなにやら検索したあと、「あちゃー・・・」と大きなため息。あらかじめゼミのパソコン博士から6万くらいは修理費にかかるだろうと言われていてそれぐらいは覚悟していたのだが、マイ・ジーニアスの口から出た修理費は、それを軽く数万円上回っていた。

「ギャーーーー」っと叫び、私は思わずジーニアス・バーのカウンターに突っ伏し、しばし硬直。マイ・ジーニアスも「これは大変ですよね・・・、どうしましょう・・・かね・・・」なんて言う始末。

別の機種パソコンなら新しいものが買える金額だが、同じものを買い換えるとなると微妙。2人で「うーん、うーん」言ったあげく、結局修理してもらうことにした。見積書出してもらってからも、「ほんとに保証効かないんでしょうね?」とか往生際悪く、サインをするまでにしばし時間がかかる。「何がジーニアスだ、バカやろう」の皮肉でも言いたくなりましたよ、ほんとうに。いや、自分が悪いのですよ。でも、「浸水ごときで壊れるなんて『科学の進歩』ってたいしたことないのね!!」って言いたくなりましたよ、ほんとうに。いや、私が悪いのですよ。わかっております。
 
「中にCDが入ったままなんですけど・・・」と言ったら、「ああ、修理の段階でお出ししますよ。TSUTAYAとかレンタルのですか?・・・あ、違う。ヨカッタですね!」だと。力なく、「はぁ、まぁ・・・そうですね」と返すのが精いっぱいでした。ああ、28日の有馬記念の重みが増す・・・・。
 
まぁ、私には良い戒めだったです、おそらく・・・。

今回の件で予定が狂って、迷惑かけている(かけた)人、すみません。上司に「イマドキ、バックアップをとらない奴ってばよう!」と言われました、確かに。何を隠そう、私は修士論文のデータも失った女。全然学んでないじゃないか!!

行き損ねた経験と読書

日曜日横浜トリエンナーレに行く予定だったのだが、新宿駅で喧嘩になり、出発待ちの電車のなかでチケットをたたきつけて立ち去るという醜い行動をして、結局行かなかった。その日は最終日だったので(そもそもそんなギリギリに行くなという声もある)、ジ・エンドである。田中泯が踊るというので楽しみにしていたのだが・・・。

だが、先週は演劇や見世物小屋含め、いろいろと出歩いて本を読む時間があまりとれなかったので、この日は読書をじっくりしようと決めて、近くのマックで「積んどく」状態のままであった本のページを繰る。「現代の世間」について書く予定があって、それに関連しそうな荻上チキ『ウェブ炎上』。最も気になったのは人を「裁く」ということが手軽・容易になったという指摘。


そのちょっと前に、冤罪をテーマにした周防作品『それでもボクはやってない』をやっとこさ見て、「有罪」とされた主人公の「でもボクは裁判官を裁くことができる。あなたは有罪だ」というモノローグのラストにひっかかるものを感じていたこともあって。もちろんこれは有罪/無罪という二項対立の世界のなかで「有罪」とされた主人公が抱いたものであって、荻上がいうようなネット上で発露される「過剰な道徳心」に依拠するものではないのだけれど。道徳の過剰といった指摘は、鈴木謙介の『ウェブ社会の思想』でも論じられていた。


本が読み終わったので、ジュンク堂へと移動。ブラブラブラついていると、洋書50%オフセール会場にたどり着く。残念ながら(まぁそうだろうが)人文系は対象外で、小説/芸術/趣味系のみだったが、ポール・オースターの詩集や、クンデラ、クッツエーなどを思わず手に取る。結局、邦書4冊あまり購入して、そこらあたりのファーストフードでもくもくと読む。

日が暮れて、「日曜なのに出勤ご苦労様でした」の人とおちあってご飯を食べる。トリエンナーレに行き損ねた話をしたら、その人は行ってきたというので話を聞く。これが私の2008年トリエンナーレ。

東京タワー

用事があって大門に行った。大門に着き駅の改札前に張ってある近辺地図を見て、「ああそうか、東京タワーの地だったな・・・」と思い出した。用事が済んで、次の約束まで時間があったので何年ぶりかに東京タワー付近をブラブラした。

まずは大門をくぐった先にある増上寺へ。最後に東京タワーに着たのは確か19歳のときだが、この寺のことは全く覚えがなかった。そのときだって、おそらく浜松町から歩いてタワーまで向かったはずで、このどでかい寺が目に入らないわけがないのだが、記憶ゼロである。おそらく3歳のとき、おねしょの布団を母親に見つからないように風呂場に隠したことはそのときの感情を含めはっきりと覚えている(ような気がするだけかもしれないが)のに、全く記憶というものは不思議なものだ。
徳川家の菩提寺ということで、あちらこちらに徳川家系図がかけられている。11代家斉の絶倫(?)っぷりに驚く。子ども53人で養育費が幕府の財政圧迫か・・・。学校でそういうことを教えてくれればいいのにと思ったが、寺のあちらこちらには歴史マニアとおぼしきおじさんたちが、通りすがりの人たちに徳川家についての講義をしているのを見て、「ああ、そりゃトリビア好きには授業は出来ないよなぁ」とも思う。半分聞いて、半分流していたが、マニアは執拗に絡みついてくる。先生と違って。
タワー到着。ハトバスもバンバンやってきて、入り口は長蛇の列、とても登れそうにない。登るつもりもなかったが。

ここのところ東京タワーを名に冠した小説がいくつか売れたが、地方から出てきた人たち、あるいは「丸の内アーバンライフ」を送る人たちにとっては、東京タワーは何か特別な意味を持っているのかもしれないが、郊外者にとってみればゼロである。自由の女神とも、エッフェル塔とも、凱旋門とも違う、ゼロタワーである。

ブラブラと歩いていたら、「オシャレ」なマンションから、犬を二匹連れた男性が出てきた。首には「ドルチェ&ガッパーナ」のデカロゴ入りマフラーを巻いて。いかにも「都会的」な感じに笑ってしまうのは、郊外者のひがみなのかなんなのか。ドルチェからはどうもそんなイメージが離れない。

喫煙スペースの移設

先週学校に行ったら、大学院の研究棟の前にあった喫煙スペースが消えていた。喫煙スペースは年々縮小傾向にあるから、ついにここも無くなったのか・・・と思っていたら、別の場所に移動したとのことだった。確認すると、それは研究棟の横というか裏というか、要するにあまり一目のつかない場所に追いやられていた。聞くところによれば、移設の理由は大学院生以外の学生もそこを利用し(別にかまわないと思うが・・・)、ある種のたまり場になるからということらしい。たまるなら「クリーン」なカフェテリア(改装したて)でどうぞ、というわけだ。

今日移設後の喫煙スペースを利用したら、見事に荒れていた。空のタバコの箱がいくつかと、空き缶など。裏側に排除されると、こうやって汚れていく。

寒い家でシェア

隣のアメリカンから「冬、すっごい寒いよ、この家」などと言われるまでもなく、うすうす感づいてはいたのだけれど、寒さが肌で感じられる季節になってきた。暖房が嫌いなので、この冬どうやって暖をとろうかと思案している。実家ではオイルヒーターを使っていたけれど、あの「じんわりあったか」がこの家に通用するかどうか・・・。大家からガスストーブが支給されるらしいが、ガス、もなぁ、使ったことないし、頭痛くなりそうであるし(瞬間に暖かくなるとは聞いているが)。何よりガス管もドアのまん前という妙なところからのびていて、どうやってストーブを置くのだろう、出入りできないじゃんか・・・と思っているところである。カーテンも夏仕様のゴザっぽいのがかかっていて、これまたどうにかしなくてはならないのである。ちなみにゴザカーテンは備え付けである。なぜか私の部屋は、このカーテンといい、天井といい、インテリアといい、タイのリゾート風なのだった。

そういえば・・・私が暮らす2階のトイレの電球がここ何週間か切れっぱなしだったのだった。この手のことは大家が換えることになっているが、今朝大家が家賃を徴収に来たのに、2階住人は誰もそれを言い出さなかったのだった。それは言い出せない、ということではなく。ただ単にズボラな住人たちなのであった。1階の住人たちは、やはりキッチン、お風呂、玄関等に隣接しているからか、共有スペースに対する配慮が異なる気がする。1階のトイレ、あんまり使用しないけど、「ああ、2階とは違うな・・・」と思ったし。玄関の靴とか整えられちゃったり(私は脱ぎ捨ててないですよ、一応)。

シェアハウスについてはいろいろと考えるところはある。マンガ(&映画)『NANA』や、それこそドラマ『ラストフレンズ』などによって静かなブーム(?)が起きているらしいこととか。孤独死を避けるために独身だったり、パートナーと死別した人たちで一緒に住む動きとか。40代(アラフォー)限定のハウスがあるとか。

つかずはなれずっていう曖昧なコミュニケーションで生きていると評される現代の若者たちにうってつけ・・・のような気もするけれど、ミウチとタニン(ウチとソト)の境界が峻別しにくい環境ってのはまたそれでいやなのだろうし(汚れとかとくに)。日本人が経営するシェアハウスのホームページを覗いたら、「みんなでパーティやったり、お話したりってのに積極的に参加できない人はお断り!」って文句がのってて、う~~んとうなってしまったのであった。