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断片的、あまりに断片的な

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渋さ知らズオーケストラ―世田谷パブリックシアター 2006.12.1 【後編】

【前編からのつづき・・・】
 というわけで「渋さ」のライブがはじまった。「渋さ」は演奏者のほかにダンサー、舞踏家も擁するフリージャズ集団。フリージャズといっても、そこにはラテン、ロック、フォーク、演歌までもが混在した脱ジャンルの音楽。もともと演劇のための音楽からはじまったためか、ダンスパフォーマンスやこった舞台装置など、
前に書いたフィリップ・ドゥクフレではないが、一大スペクタクルといった感がある。海外ツアーも行っており、なかなかの人気を博したようだ。
  
shibusa_01.jpg和光大学の学祭に何回か来ていたし、今年の夏に行った「WORLD BEAT2006」(@日比谷野外音楽堂)というイベントでもライブを見ていたけれど、今回は初の屋内イスつきの会場。盛り上がり方が異なる、というより、あまりの盛り上がらなさに見ているこちら側がなんだか気まずい・・・。
 舞台上ではノリノリの音楽を奏でているのだが、客席では立つ者も誰もおらず、始終淡々とした雰囲気に包まれていた。メンバーが遅れたということで肩すかしをくらって、盛り上がるタイミングを逃したのか、やはりイス付というハコの問題があるのか・・・。そうかといって一人で盛り上がることも出来ない日本人、ウミ・ヨークなのである。
 もちろん、そういったライブでの儀礼行為に従う必要性はこれっぽっちもない。音楽家のシェーンベルクは拍手禁止の演奏会を行ったし、彼を崇拝していたピアニストのグレン・グールドは、儀礼行為で満ち満ちたコンサートを批判し、コンサート活動を人気絶頂期の30歳そこらでやめてしまった。マクルーハンの理論にも共感を覚えていた彼は、「僕はテクノロジーの侵略を信頼している」と言い放ち、その後はスタジオでの音楽制作はもちろんのこと、ラジオやテレビなど電子メディアにおける音楽表現の可能性を模索し続けたのである。
 先月「チケットがあるから」とのことで友人に連れて行かれたワイルド・ワンズのライブ(ある意味貴重な体験をありがとう・・・)では、揺れ動くペンライトや大合唱にうんざりして何度も席を立ってしまったが、なんの儀礼的行為がないのもそれはそれで落ち着かない。
 以前、二ール・ヤングの武道館公演の際も、客席は非常にお行儀がよく同じようないたたまれなさを感じたのだが、うちの先生は「そんなの大きなお世話なんや~」と言い放っていた。どんなライブに行っても微動だにしないうちの両親もそうだが、身体ではなく頭でトリップする世代とはやはり感覚が異なる。

 あまりの盛り上がりのなさに、「渋さ」のメンバーが客をあおるという場面もありつつもその日の公演は終了。1時間の予定だったが約2時間、しっとりした聴かせる曲もあったり、セクシーな衣装で身をつつんだお姉さんのポールダンスあり(高度な身体能力が必要なのだと感心してしまった)、巨大な象(?)のオブジェが登場したりと公開リハーサルとはいえ豪華な内容だった。もっとも「リハーサルも本番も大差ない」らしいが。
 公演が終わった後も、メンバーたちはロビーに移動して歌うたい、楽器を奏でる。そこではワインやらソフトドリンクがふるまわれ、人びとはやっとリラックスして音楽を楽しんでいるようだった。私もせっかくだから(!)赤白両ワインを堪能。その後ウミ・ヨークは三軒茶屋の焼鳥屋に吸い込まれていくのであった・・・。

渋さ知らズオーケストラ 

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