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断片的、あまりに断片的な

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東宝ダンスホール@有楽町

何回かこのブログでも触れたが、先日、はるばる神戸からいらっしゃった現役競技ダンサーで社交ダンスの研究をなさっているJさんと「有楽町で会いましょう」する。13:30過ぎに駅前でご対面とあいなったわけだが、メールのやりとりから受けた印象と全く違うので少しびっくり。競技ダンスをやっているということからして、30代半ばくらいの方かなぁと思ってもいた。容姿に関してもクールというか、威圧感のある人かしらなどと勝手に想像していた。しかし、Jさんはとっても小柄で華奢、ショートカットでパッチリお目目、とっても「可愛い」らしいお方。そして私よりも年下であった。

駅前の喫茶店に入りJさんの研究方向を聞き、私も修士論文や発表資料などをもとにあれやこれや話す。なんでも「ペアで踊るとはどういうことか」ということを論じたいらしい。社交ダンスにおいて基本となるペアは男女だが、そのペアという単位がいかにして要請されそして定着し自然なものとなったか、というようなフーコーの性の系譜学などで、「ペアの誕生」を歴史的に見る必要もあるのかもしれない。フーコーによれば、「性的欲望(セクシャリテ)」という装置は、17世紀のブルジョワ(西洋の)によって創られたという。性的なものとして身体をまなざす、それは庶民には禁じられたもので、つまりブルジョワたちは自身の身体をセクシャリテの所在として認識することによって、庶民とは異なる「ブルジョワの身体」を形成した。池上俊一さんは『中世の身体』で、ペア・ダンスは、男女入り乱れて踊るような庶民の身体との差異化するためにブルジョワたちによって踊られたとしているが、ペアという単位の誕生は、ブルジョアによる、庶民とは異なったセクシャリテのダンス身体の発明だったのかもしれない。

日本という文化的背景から「ペア」を洗い出すのではなくて、あくまでも「哲学的」にペアを考えたいということであったが、日本人ダンサーへのインタビュー調査をもとに書くのであれば、やはり「日本人のペア」として考えざるを得なくなる部分もあるだろう。Jさんもさんざんっぱら日本と欧米のダンス身体の違い、もっといえば日本における社交概念の希薄さ(というより全くない!)ことをおっしゃっていたし。


Jさんが言っていた「準備された身体」というコンセプトがおもしろかった。「準備された身体」が出会うこと(コネクション)ではじめて、身体接触した部分で次の身体の動きが喚起され、「勝手に踊らされてしまう」ような「気持ちのいいダンス」が生まれるという。テレビなどで社交ダンス大会を見ていると、同じ種目(チャチャチャ、ルンバ、ワルツ等々・・・)ながら、様々な踊り方がなされる。もちろん大会となれば、2人がこれまで練習を重ねてきたストーリー通りのステップが踏まれるのだろうが、ダンスホールとなれば見ず知らずの人と初めて踊ることもあるわけで、そこでどのように2人のダンスを作っていくのだろうかという素朴な疑問があった。Jさんによれば、男性の手の置き方、いわゆるリードの仕方によって女性は、「あ、このパターンかな?」と想像して動き、その場で2人のダンスが作られていくという。それが一瞬で行われているのだからたいしたものである。「準備された身体」でなければ成し得ない。

2時間半ほどあれこれお話をした後で、有楽町駅の近くにある「東宝ダンスホール」へ向う。私は踊れないからドレスアップする必要もなかったのだが、一応リトルブラックドレスを着ていった。うってかわってJさんはスキッパーポロにフレアースカートと割と地味目なファッション。踊れない私のほうが「らしい」格好になってしまって、いささか恥ずかしい。ゴフマンの言う「状況に関与しすぎている」状態だ。「ある人が関与対象に・・・関する適切な知識をもっていないと、それを埋め合わせようとして、場違いの服装をしたり、装具を仰々しく用いたり・・・する」、つまり「あまりにもふさわしさの固定観念にとらわれすぎて」しまうのである。もちろんダンスホールには激しくドレスアップしている方が何人もいるが、踊れない私が過剰にダンスホールに関与している姿が滑稽なのである。

そんな恥ずかしさを抱えながらエントランスに向う。入場料は、私たちが行った日曜日は一人2,200円。だので、2,200円支払おうとすると、受付の女性が「あんたたち何歳?」と訊いてくる。「え、年齢制限なんてあるの、あったとしてもまさか未成年と思うわけはあるまい・・・」と戸惑いつつ年齢を告げると、「1,500円でイイワ」と囁く。そして「今度から年齢仰ってくださいね」。20代は特別料金なのだろうか、そんなことは東宝ダンスホールのウェブに記載されてなかったから、裏料金だと思われる(とここで暴露する)。それほど「若い」客が少なく、ありがたがられているのである。


店内に入りフロアを見るなり、2人ともその華やかさに驚く。Jさんも、通常営業のダンスホールにまともに訪れたのは初めてだったようで、「こんな世界があるんですねー」と感嘆の声をあげる。生バンドの演奏も豪華さに拍車をかけている。Jさんは早速ダンス用のシューズに履き替える(私の分のシューズも持ってきてくれたのだが、丁重にご辞退した)。ボックス席に座ると2人で1,500円と料金が発生するから、自由席とやらに腰を落ち着かせフロアを見学する。自由席・・・つまり「待ち」の席、出会いの場である。踊れない、ということもありなんとなくソワソワする。自由席の隣にはダンサー席があり、40~50代の女性ダンサー(公式的な肩書は「ダンス教師」)たちが指名待ちをしていた。教師さんたちは胸にバッチをしているので、フロアでも見分けがつくのだが、やはり若い女性教師さんの方のご活躍が目立つ・・・。女の舞台裏に何があるのやら。
みなフロアに出払っていて、自由席に座っていたのは私とJさんの2人。誰か先生ご指名してみようということで、指名受付カウンターに相談しに行くJさん。しかし男性教師はみなフロアで踊っているという。指名といっても、名前もわからないし、とりあえずしばらくフロアの様子を見て目ぼしをつけようということになる。「顔写真と名前が一致するようにポスターでも貼って欲しいですよね」とJさん。「ホストクラブじゃん」と私。でも確かにシステムとしてはホストクラブ/キャバクラとあまり変わらないし、男性教師は黒々と日焼けしたいかにも「チョイ悪」な人が多い(もちろんこれは私の偏見であることをお断りしておく)。ヒラヒラしたドレスを着込み、お目当ての男性教師と体を触れ合わせて踊る。指名料2,000円で30分触れ合い放題、ホストクラブで妙な金使わされるよりもよっぽどオトクなのでは。ダンスが踊れるのであれば。また、指名料の支払いを客、教師同士で直接的に行っており、露骨な「身体売買」の場を見たような気もしたが、それだけそこに後ろめたさがないということだろう、ダンスの身体にお金を払ったのだから。
Jさんと2人でどの男性教師がいいか物色していると、途中から自由席にお座りになっていた60代とおぼしきある男性から声がかかる。Jさんとその男性は手を取り合ってフロアにすすみ、踊りだした。眺めていると途中何度も中断、やり直しという場面が続く。さらに、その男性は異常なほどのボディタッチをしているような気もしたが(おしりナデナデ)、なにぶんシロウトなものだからあんなものなのかなぁ・・・とぼんやりと見つめる。途中で2人は視界の外に行ってしまったので、他の人たちの踊りを眺めていたのだが、いつの間にか隣に座ってらした男性に声をかけられる。「イヤ、私全く踊れないんです」「ちょっとぐらい踊れるでしょう」「イヤイヤイヤ、本当に全然なんです・・・」。じゃぁダンスホール来るなよ、そんな格好してんなよ、って、その男性は心の中では突っ込んでらっしゃったでしょうか。

5曲ほど踊っただろうか、険しい顔をしてJさんがこちらに戻ってくる。「ちょっとすいません」などとロッカールームに連れて行かれる。どうしたのだろうかと思っていると、とてもとても最悪だったとのこと。詳細を尋ねようとしているところで、Jさんの相手をした男性もこちらにやってきて、開口一番「いやぁ、ステップの基礎がなってないよ~、もっと練習しなくちゃねぇーワッハッハッ」。あ~・・・これは噂に聞く社交ダンスにおける男性優位の態度かぁ・・・。
社交ダンスに関する資料を集めたサイト、「ボールルームの資料室」でのエチケットに関するページでは、「日本は男尊女卑の思想が長く続いたこともあり、男性優位の社会システムができている傾向にあります・・・どう見ても男性の動きが悪いのが原因のように見えるのですが、一方的に女性を叱責したり、教えたりしている男性が多いですね・・・このようなことは、ダンスパーティの雰囲気を壊し、周囲の人に迷惑を及ぼすので好ましいことではありません。相手あってのダンスです。仲良くダンスを楽しみたいですね」と注意を促している。その後も我々の隣に座り込みアレコレ社交ダンス講義。「ダンスが上手くいくもいかないも70%は男性の力によるものだよ~」、だったらアンタがどうにか上手くリードするべきだったのではないか?


その後また少しフロア見学、2人とも同じ男性教師が気になる。そのダンス教師は、方耳にゴールドのピアス、肌は小麦色と「ナンパ」な感じの50代前後の方だったが、気持ちよく躍らせる術に長けているのだなと見ていてわかる。体がひっついたときに耳元で何かささやいたり・・・どんなにこちらが下手でもうまくフォローしてくれる。プロとシロウトの違いである。


踊れればそれなりに楽しかろうと思った。だが、Jさんが若いということもあったのだろうが、今回のように、(「アナタ」が信じる)男女の力関係をあからさま押し付けるような態度でこられてはたまらない(それがイヤだから離れて踊るダンスが誕生したのだ!)。別に女性をヨイショヨイショして気持ちよくさせればいい、というのではない。それはお金を払えばダンス教師たちがやってくれることだ。逆にいえば、金銭の介在なしにそれがなしずらいのかもしれない。日本人の「社交」としてのダンスの下手さ、つまりは「社交」ベタさを思うのである。

東宝ダンスホールを出た後は、新橋ガード下、先々週行った店のお向かいである。冷やしトマトとビールであれこれ雑談。Jさんお疲れ様でした、災難でしたが貴重な体験でしたね。

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