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断片的、あまりに断片的な

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中山ラビLIVE(ラビ組+梅津和時)

11月9日(日)は、吉祥寺Star pine's cafeにて、中山ラビさん率いる「ラビ組」+梅津和時のライブでした。私の師匠が高校の同級生ということもあって、ラビさんが切り盛りする国分寺の飲み屋(カレー屋?カフェ?)「ほんやら洞」にはたびたびお邪魔し、新宿梁山泊の舞台「ベンガルの虎」に出演したときも見に行きましたが、ライブは初めて。

ラビさんは1972年にデビューしたシンガーソングライターで、私はもちろんその頃の活動を知りません。というかラビさんの存在を知ったのは、15年以上前のまだ私が大学生のころ、母がラビさんの1976年のレコード「ラビもうすぐ」を、中古レコード屋で見つけてきたときでした。ジャケットに描かれたラビさんの肖像は、レコードということもあってインパクト大。なんとなく母の昔の姿を、その肖像に重ね合わせたものでした。
なんとはなしに聴いてきた「ラビもうすぐ」は、全編ラビさんの弾き語りだったので、ラビさんの楽曲をバンドで聴くのもこの日が初めてでした。ある曲からは二ール・ヤングの"Hey Hey, My Myのフレーズが聴こえてきたり、4つ打ってる曲もあり、そしてゲストミュージシャンである梅津和時氏のサックスが絡み・・・などなどバリエーション豊かに楽しめましたが、結局1曲だけアコギの弾き語りで演った「その気になってるわ」っていう曲が一番印象に残ってたりして・・・。まあ、弾き語りは1曲しかやらなかったから、かもしれませんけれど。

しかしまぁ、肌がきれいでしたわ・・・。3時半から並び、最前列を陣取っていたファンの方たちもうっとりしていたに違いありません。でも、「スカートの下は、ちゃんと『魅せパン』よ」とのこと。このお方もつくづく魔女ですなぁ。
会場には長年のファンと思われる方々も多く見うけられましたが、それは「ほんやら洞」でも同じ。ほんやら洞は、1972年(ラビさんデビューの年ですね)に京都・出町柳にできた喫茶店「ほんやら洞」がルーツ。岡林信康や中川五郎、浅川マキらのライブが行われた、いわゆる「関西フォーク」の中心地のひとつといえましょう。そこに、当時関西にいた中山ラビさんが顔をだしていて、そのコンセプトを引き継いだ店を東京・国分寺に出店したとのこと。このあたりの話はほんとうにいろいろあって、ウィキペディアを見るだけでも(笑)作家の花村萬月や漫画家のいしかわじゅんが常連だったとか、店名はつげ義春の「ほんやら洞のべんさん」(1967)に由来するとかいろんな情報が載っています。

かつての音楽シーンの「伝説」話(あるいは、単に「古き良き時代」話)としてフンフンするだけではなく、こういった人びとの集まりがあったこと、そしてまだ密やかに続いているということ、私のようなものが通うようになること、で今では「モヤモヤさまぁ~ず」の国分寺・国立編のラストにさらりと登場する店になったこと(笑)・・・などといったように、場の変化ひいては社会の変化が、ほんやら洞のように長く続いている場所をぐるぐるしていると実感されます。

後日談としては、ライブの二日後は師匠らとの飲み会が国分寺であり、二次会でほんやら洞を訪れました。ちょい酔っぱらってたのであまり覚えてないけど、「二十才になっても」という曲が大好きだということなんかをラビさんとお話しし。そして深夜なのに、いろいろ飲み食いしたあとなのに、名物ちゃんと辛い麻婆豆腐を食したのでした。
ちなみにちゃんと辛いカレーも名物。

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