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断片的、あまりに断片的な

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パク・ヨンフン『ダンサーの純情』

昨年、『私の頭の中の消しゴム』という韓国映画をひょんなことから見るという「事故」にあった。若年性アルツハイマーになった女性が徐々に記憶を無くしていくという「不幸」に見舞われても、そこには揺るぎない愛があった・・・といった内容。記憶を亡くした恋人が療養するサナトリウム(!)を訪れると、彼女はベランダに出て遠くを見つめながら忘れたはずの「ボク」の顔を執拗にスケッチしていた・・・。涙、涙で、ジ・エンド。
同じ記憶障害を扱った映画に、ドリュー・バリモア、アダム・サンドラー主演の『50回目のファースト・キス』がある。アダム・サンドラーが主演ということからして、おもしろおかしくストーリーが展開し、「あり得ないだろ、それ」といった突っ込みどころも多い(記憶を一日しか保てず、翌日になると全て忘れまた昨日と同じ一日を繰り返すっていう症状。ドリューにとっては毎日が父親の誕生日。毎日がパーティ、ドリューがプレゼントした「シックス・センス」のDVDを家族は毎夜毎夜見るハメになる)。しかし、ドリューを取り囲む人々のドタバタ奮闘劇は、記憶障害の女性とのコミュニケーション、生活、恋愛の難しさを見せている。「愛」だけあればイイサ、ではいかないのである(まぁ最終的には「愛」ですけど)。


と、前置きが長くなったが、今回の「ダンサーの純情」にはかなり警戒心があったことは確か。先取りして言えば前半まではコメディ・タッチでそんなに悪くなかったが、後半からドドっと「純」が溢れ出す、溢れ出す・・・。 
簡単にストーリーを紹介しておく。かつては韓国一の競技ダンサーだった男、ヨンセ(パク・コニョン)は、ライバルの汚い手口によりパートナーを奪われた上、怪我を負わせられてしまう。失意の中だらだらとした毎日を送っていたヨンセ、それを見かねたダンススタジオの先生が「中国から腕の良いダンサーを連れてくる、最後のチャンスにかけろ!」といい、中国からチェリン(ムン・グニョン)という女性を「買ってくる」。ヨンセはチェリンと偽装結婚までし、3ヵ月後のダンス大会に臨むべくダンスの猛特訓をはじめる。まったくダンス経験のないチェリンの身の固さ、飲み込みの遅さに最初は苛立つヨンセだが、レッスンを通して次第に心を通わせる2人。しかし、また悲劇が、そしてそれを乗り越える2人の「愛」。チャンチャン、である。
細かく見ていけばいろいろと突っ込みどころもあるのだが、やはり一番のポイントは〈中国女という設定〉であろう。ヨンセ再起のパートナーとして、なぜ中国人(朝鮮族)でなければならなかったのかは大きな疑問としてある。しかもチェリンが査証を得るために偽装結婚までしなければならないというのに。「ダンスがうまい中国人だから」ということだが(そしてそれは簡単に言えばウソだったのだが)、それだけではあまりに説得力がない。チェリンを連れてきた者が人身ブローカーで、金儲けの要素もあったとも考えられるが。

しかし、この人買いの「負」の側面については全く触れられていない。韓国における外国人との結婚の10件中6件が偽装結婚なのだそうだが(監督談)、それにしたってヨンセは何の躊躇もなく、あまりにもすんなりと偽装結婚を受け入れている。そこまで人生に絶望しているわけでも、あるいはまだ見ぬ「中国女」に期待していたわけでもなかったのに。
とはいえ、ヨンセとチェリンの仲を怪しんでたびたび調査にやってくる、偽装結婚監査員らとのやりとりがこの映画の前半部分の面白みの1つであるのだが。監査員たちが、ヨンセとチェリンのダンス練習風景を遠くから双眼鏡でチェックしながら、「イライラするほど飲み込みが遅いな」「私の方がうまく踊れるわ」などと、ダンスあるいは二人のパートナーシップに愛着を抱いていくという図式は、「Shall We ダンス?」における、主役の役所広司と探偵役の柄本明のそれを彷彿とさせる。

「中国女」が設定されたのは、偽装結婚がばれてチェリンが中国に戻されてしまうかもしれない(実際にヨンセのライバルはこれを脅しとして使う)、そしてすったもんだあった後、チェリンは自ら中国に帰ろうと決意する、といった「はなればなれに」の悲劇を産出させるためである。
異文化の身体が触れ合うとき、そこで描いて欲しいと期待するのは、どのようにその2つの身体が反発し合い、そして絡み合うのかということである。というか、それが描かれなければ意味がない。「異文化コミュニケーション」の難しさと言えばいいだろうか。

ヨンセは初めてチェリンと対面したとき、「革靴に白のソックスかよ・・・」とそのダサさをぼやく。また練習をする際に体操着とジャージ(学校の?)姿で現われたチェリンに苦笑い。つまり中国女、チェリンは、ヨンセの「現代の身体」とは異なる「遅れた身体」として描かれているわけだが、そうであるなら、都市の身体/地方の身体としても描けたはずである(しかもその身体の差を埋めるのはやはり「愛」。「踊っているときは俺を愛せ!そしたらうまくいくぞ!」)。

唯一、韓国と中国の身体ならではのシーン(というかエピソード)は、言葉をめぐっての2人の会話。チェリンの「北訛り」はヨンセからたびたび指摘されるが、さらにチェリンは、目上の男の人なら誰でも「おじさん」(発音的にはアズバーイ、ですか)と呼んでしまうという妙な言葉の使い方が設定されている。ヨンセは「まがいなりにも夫婦なんだから、その呼び方はやめてくれ」と言う。チェリンの「じゃぁ「アナタ」と呼べばいいのかしら」との提案に対して、「中国では夫婦同士で何て呼び合ってるんだ?」と質問で返すヨンセ。チェリンの答えは「同志」。「夫婦でスパイかよ!」、(日本の)イマ風に言えば、「どんだけアカなんだよ!」というヨンセのツッコミ。

ちなみにキスシーンすらありません、の『ダンサーの純情』でした。


ダンサーの純情

"INNOCENT STEPS"
監督:パク・ヨンフン
出演:ムン・グニョン、パク・コニョン、チョン・ヒョンス
2005年/韓国

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