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断片的、あまりに断片的な

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デヴィッド・ラシャベル『RIZE』

ロサンゼルスのサウスセントラル地区と聞いて思い出されるのは、やはり1992年におきた「ロス暴動」だろう。もともとアフリカ系アメリカ人の居住地区であったサウスセントラルには、次第にヒスパニック系、あるいは韓国系アメリカ人が多く住むようになり、労働機会や経済的な問題を軸として、人種間の緊張が高まっていた。

そんななか、黒人社会の怒りが爆発したのが1991年に起きた一連の事件だ。黒人男性ロドニー・キングを車から引きずり出し、白人のロス市警20人あまりが殴る蹴る叩くなどの暴行を加えた「ロドニー・キング事件」。そしてそのわずか13日後に、食料品店で買い物をしていた黒人の少女ラターシャ・ハーリンズが店主の韓国系アメリカ人に射殺されるという事件が起こっている。後者の事件の判決は、400時間の社会奉仕と500ドルの罰金という軽いもの、そしてロドニー・キング事件で起訴されていた白人市警に、無罪評決が下された1992年4月29日、ロサンゼルス市街(ロス市警)を中心に黒人たちの暴動が起こったのである。
『RIZE』は、このような歴史を持つサウスセントラル地区のダンスシーンを追った映画である。このシーンのキーパーソンであるトミー・ザ・クラウンは、かつてはドラッグの売人だったが、銃を持たなければならない仕事に嫌気がさし、人を楽しませるダンスで生活していこうと決意する。

子供の誕生会やパーティに、ラジカセ片手にピエロ(クラウン)の格好で赴き、格好良くて愉快なダンスを披露する。パーティ会場となる家の前には、賑わいを聞きつけいろんな人が集まり、みんなでダンス合戦となる。3歳くらいの子どもたちもおしゃまに腰を揺らす(私にとって、こういったダンス文化のありようが、最も日本との違いを感じさせる)。トミー・ザ・クラウンが提供するのは、彼のダンスではなく、ダンスを通した祭り・喜びである。

トミーのこのダンスは「クラウン・ダンス」として人々に親しまれ、次第にトミーに憧れ、トミーの活動に加わろうと多くの若者が集まってくる。「バスケをやるか、それともギャングか」の選択肢にダンスが加わった、とある少年は語っている。また、あるダンサーの母親は、息子がダンスを選んでくれて本当にうれしいと語っている。「どうせギャングになるんだろうって思ってたけど、トミーが救ってくれた」、トミー・ザ・クラウンは街のちょっとしたヒーローなのである。
トミーの下でダンスを学んだ若者たちは、次第にトミーとは異なるダンスを踊り始め、それぞれ新たなダンス集団を作っていく。今では街に数十のダンスチームがあり、各チームが自分たちのオリジナリティを主張する。まるで痙攣かのように、速く激しく腰を動かす「ストリップ」は、サウスセントルイスのダンスシーンで非常に人気が高く、良く踊られているダンスなのだが、「俺たちはそんな踊りは踊らない」と他グループとの差異を主張するチームもいる。「アジア人って踊れないって思われてるけど、俺たちは見せるよ」と言うエイジアン(韓国系?)チーム・・・。サウスセントラルの若者ダンサーたちにとって、ダンスは生活に密着している、もっといえば生活そのものである。そうであるが故に、現実での人種問題が、ダンスチームの構成や他チームとの関係に影を落としている。
銃を使わないバトルといえば、ヒップホップでのそれがある。ラップや、ダンス、DJプレイのうまさで戦うという、負傷者を出さない勝負法だ。相手の大技に圧倒され憎しみがいつしか尊敬になるということもあるにせよ、それがそううまく行かないことは、死者を出すまでにいたるラッパー同志の激しい抗争で知るところである(東西抗争で、1996年大物ラッパー、2パックが亡くなったが、私はそのときちょうどMTVを見ており、ヒップホップVJのRICOさんが涙ながらにそれを伝えていたのを良く覚えている)。激しい憎しみが前提となった勝負の遊び(カイヨワ)は、遊びにはならない、むしろ憎しみが増長してしまったりする。

トミーから学んだ若者たちは、クラウン・ダンスのオリジネーターとしてトミーの功績を認めているし、感謝も尊敬もしているが、その一方でトミーのやり方を古臭く感じてもいる。いつまでもサウスセントルイスダンスシーンのドンとして振舞われるのもたまらない、もう自分たちはトミーを超えているんだよね、と。
この映画のハイライトともいえる、ダンス・バトル大会。決勝はトミー率いる、チーム・クラウンと、トミーの下から離れた若者たちが結成したチーム・クランプの戦いとなる。結局、トミーのチーム・クラウンがこの戦い制すのだが、この結果には会場からもちょっとしたどよめきが起こる。チーム・クランプのダンスの方が勢いやダイナミックさが感じられたからだ。当然チーム・クランプたちも判定に納得がいかない。「こんなのは出来レースだ」と叫び、腸を煮え繰り返す。

下からの突き上げを抑えつけられてトミーはほっと一息だが、それもつかの間、トミーの家に何者かが侵入し、部屋中が荒らされているとの連絡が入る。怒りを通り越して悲しくなり、泣き崩れてしまうトミー。この流れから見ると、さもクランプ側の仕業のように見えるが、それはわからない。万が一トミー家荒らしがチーム・クランプの手によるものであったとして、そこで銃を取るか取らないか。普段どおりピエロの格好で街に踊りに出るのか。サウスセントルイスのダンスシーンの立役者に課せられた選択である。

監督のデヴィッド・ラシャペルは世界的なファッション・フォトグラファーである。彼の手掛けた写真を見ると、爆乳パメラ・アンダーソンや、スーパーモデルのナオミ・キャンベルらのポルノチックなヌード写真など、身体をどのように撮るか・見せるかといったことに焦点を当てているフォトグラファーなのかな、と思う。映画が始まる前に「この映画の中のダンスは早回しではありません」とわざわざ注意しているが、写真では伝わりきれない身体の動きの素晴らしさを、映画という手法でどうにか表現したかったのかもしれない。

しかし、というかやはりといおうか、彼の手腕が堪能できるのは、ドキュメンタリー部分ではなくて、浜辺でダンサーが踊る様子をクリップ風にまとめた最後のダンスシーン。青い空、白い砂浜、黒い身体、サイボーグかのごときのつやびかり・・・、ラシャペルの特徴でもあるカラフルな色使いで、人間離れしているかのような動く身体を表現している。
        
"RIZE"
2005年/アメリカ
コピー:踊ってるんじゃない。闘ってるんだ。
監督:デヴィッド・ラシャペル
出演:トミー・ザ・クラウン、タイト・アイズ、ドラゴン

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