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断片的、あまりに断片的な

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小さなハコのライブのチカラ

神楽坂のtheatre iwatoで山内ケンジ氏プロデュースの城山羊の会による演劇「新しい歌」を見る。山内氏は、あのソフトバンクのお父さん犬CMも手がけているCMディレクターで、城山羊の会は先日亡くなった深浦加奈子氏を看板女優にしていた演劇集団。

会話のズレ、というか聞き直しの連続が印象に残っている。

A:「それって○○じゃんか」
B:「うんそうだね」
A:「何が?」
B:「え何って何が?」
A:「○○でしょ」
B:「そうだよ」

といったような。カフカが描いたコミュニケーションの不成立っぷりとは違って、要するにそれはうっとおしいくらいの確認なのだ。実際この手のやりとりの反復には、客席から、つまり客観的に眺めていると「なぜ?」と思わずにはいられない。ちょっとしたことでも問いただす、それは過剰に会話「不成立」への恐れ、あるいは意思疎通に対する強迫観念があるといえる。カフカの『審判』のKは対話の不成立(というか不条理)によって死に至るが、それは絶望的ともいえるディスコミュニケーションにおいてそうなるのであって、上のような「他愛のない」会話で過剰な確認を行うのは、ちょっとした認識の違いがクリティカルなものと感じられている、ということなのだろうか。

もう1つ気になったのはタバコについて。何度かタバコを吸う場面があったのだが、一番前に座っていた私にはその匂いがよく香り、ライブ性が楽しめた(映画でチョコレートの匂いとか香らせたりしてましたけどね)。それはともかく、マス映画やドラマにおいてタバコのシーンが排除される傾向にあるが(映画『サンキュー・スモーキング』を見よ)、スモールなメディアのオルタナティブな力(嫌煙者にとってはいやがらせである!)を改めて実感した。
土曜日は酉の市、花園神社の見世物小屋。昨年に比べての今年の手抜き感はぬぐいされない。今年は三の酉まであって、しかもこの日が最終日だったから、みなさん疲れていたのかもしれないが・・・。「珍しくて古いものを見せる」珍古(音読み)くんが演者兼司会をやっていたが、その軽妙なしゃべりやツッコミ、どこかのバラエティー番組で見たような既視感があった。ただ「珍古、珍古」と連発できるのは、「撮影禁止」の小さな箱ならでは。
でも縁日の屋台にはやはり心躍る。もう屋台の食事はいまや高いものになってしまったので、もっぱら目で楽しむだけになってしまったけれど。
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