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断片的、あまりに断片的な

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『ニューヨーク・グッドマン 魔法のデパート』

「私の遺灰をバーグドルフに撒いてね(Scatter my ashes at Bergdorfs)」

こんなセリフがニューヨーカー誌の漫画で風刺されるほど、女たちを、世界を魅了しているといわれる、創業1901年の老舗高級デパート、バーグドルフ・グッドマン。ニューヨーク5番街に君臨しつづけ、「世界一のデパート」「存在自体がモダンアート」ともよばれるグッドマンの歴史や、その裏側を描くドキュメンタリーで、主にデパート側の人物として、バイヤー/パーソナル・ショッパー(商品選びのお手伝い)/ウィンドーディレクターたちの仕事に焦点をあてている。つまり、グッドマンの要(というより花形)は、商品選び、接客、ディスプレイの3つ。それらの仕事はそれぞれ、対デザイナー、顧客、そして職人とのネゴシエーションだが、そのいずれもがタフなやり取りだ。

グッドマンのバイヤーのおめがねにかなうこと。これは作中に登場する有名デザイナーたちのコメントにあるように、デザイナーたちにとっての憧れであり、成功のあかしだ。であるがゆえ、独占販売を約束させるなど殿様商売的な取引があることをもまた、デザイナーたちは語る(まぁ殿様商売は、グッドマンに限らずデパート業界の体質なわけだが)。新しいブランドは次々と登場するが老舗ブランドは不動の位置に鎮座するという、日本のバラエティ界みたいな(?)状況のなかで、わずかな売り場スペースをめぐる争いが激しいであろうことは想像にかたくない。

85歳名物パーソナル・ショッパーの「毒舌で上質なおもてなし」は痛快だ。顧客に「これ似合うかしら・・・」と尋ねられても、「どっちでもいいわ」「興味ないけど」とクールにかえす彼女の対応には、ひたすら下僕と化すような日本の「お・も・て・な・し」との違いを考えさせられる。また彼女は、「バーグドルフの存在自体がモダンアート」と言わしめる重要な要素のひとつ、ショーウィンドーを決して見ないという。余計なイメージをいれず、服そのものと向き合いたいからだというが、同僚の熱き仕事に対してこういってのける姿も、サッパリとしたプロ意識を印象づける。
そんな名物ショッパーにバッサリいかれたウィンドーだが、職人たちの緻密な手作業で作り上げられたホリデーシーズンのそれらは、単に服を着たマネキンが並べられているものとは一線を画した、まさにアートといえる出来。ちょっと見てもわからないような細かい部分まで職人にあれこれ指示を出しながら、じっくりと時間をかけて作り上げる。具体的にお金を生み出さないしその効果も見えづらい、ふわふわとしたもの=イメージ作りに多大な時間と費用をかけられる、それが「ラグジュアリー」とそうでないものを分かつといえようが、このラグジュアリーなウィンドーは多くの人に開かれたものでもある。

国内外から集まる観光客たちがカメラを向け、また美大生やファッション関係の学生たちがスケッチをしにやってくる。店内ではごく一部の人たちしか身につけられない商品を販売しながら、店外では誰もがアクセスできるある種の文化を提供する、良くも悪くもザ・アメリカの民主主義を象徴しているといえよう(グッドマンのウィンドーはコチラで見ることができる)。
そんなグッドマンは、「アメリカンドリームの象徴、あるいはアメリカンドリームの発動装置としてNY5番街に君臨している」と作品は語る。それはこの映画を見る限りしごく当然のことのように思える。しかし、それもそのはずだ。この作品においてバーグドルフを語るのは、関係者やデザイナーなどの「ファッション・ラグジュアリー業界人」たちがほとんどなのだから。そこに描かれているものだけでなく「描かれていないもの=排除されているもの」に注意を向けることは、作品を批評的に読む際の基本的な態度のひとつだが、この作品からは街の人びとの声が排除されている(わずかに顧客が登場するのは、バーグドルフの販売員の給料を聞いて驚くといったシーンのみである)。

同じ5番街に君臨することになったユニクロをはじめとした、ファストファッション系新興勢力の話は一切出てこない。現在の上顧客であろう中国人顧客の話にも触れない。リーマンショックのことはほんの少し。あくまでもここで語られる物語は、バーグドルフという「魔法の帝国」(極めて安易な言い方をすればディズニーランドのような)の繭玉のなかで紡がれたものにすぎないのだ。

ファッション週刊誌WWD編集委員の三浦彰は、この作品についてこう述べる。「その華麗なる殿堂の素晴らしさを否定するわけではないが、その『神話』はファッション業界の現在に取材する者としては、すでに失われたこの業界の黄金時代を懐かしむノスタルジックな美しい夢のように感じられる」、と(WWD JAPAN2013年11月25日号)。

監督のマシュー・ミーレは、ニューヨークのホームレスたちの交流を描いた ”Everything’s Jake”2000年に映画デビューしている。その映画は未見だが、ホームレスを扱った作品を作ったのであればなおさら、ニューヨークというダイナミズムのなかにおける、バーグドルフ神話の位置づけを描いてほしかった。

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