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断片的、あまりに断片的な

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忌野忌@ギャラリービブリオ(国立)にスタッフとして参加します

ひょんなことから、明後日3日に行われる忌野清志郎さんのイベント「忌野忌(いまわのき)」スタッフとして参加することになりました。清志郎さんの出身地、国立に住んでいるし、近くに清志郎さん関係の人(ファン含め)もいるので、こうしたイベントがあるってことはもちろん知っていたのですけれど、私自身はそれほどファンではなかったので「ふんふん、ほうほう」と、いつもなんとなく話を聞いていた感じ(つまりはあんまり聞いてないw)。

けれど先日、「第1部ゆかりの地巡り」の資料を何気なく見せてもらったら、おや?彼が通っていた小学校ってかつて私が通っていた学校では?、通学路も一緒では?、おや、みふじ幼稚園?そこでわたしピアノ習ってたのでは?、などと今更ながら知りまして。 その小学校には2年半しか通わなかったけれど、小学生時代に2回転校しているわたしとしては最も長く滞在していた小学校、ではある。だからなんだだし、通学路では変なおじさん(グリーンのスーツを着てベレー帽をかぶり、ステッキを持った「紳士」なおじさん)から痴漢にあったし、当時のピアノレッスンなんて悪夢みたいなものなのだけれど、小学4年のとき以来足を踏み入れていない地域を歩いてみたいという気持ちがあり。

主催者さまから「小学校とか幼稚園とかのトピックスがあれば」と言われ考えてみたりしてみたけれど、そんなもんは特になさそうで(通っていた時期もだいぶん違うし!)、丸腰スタッフとして参戦します。第1部は満員御礼、第2部のライブ&交流会(飲み会?)はまだ余裕があるようです(追記:第2部もいっぱいになりました!)。

一人参加の方が多いようなので、そしてわたしみたいにとりたててファンでもない人もいるので、お気軽にどうぞ。ニュース番組、ビビットの取材も入るよう。

以下Facebookイベントページより
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【満席御礼】一部二部とも予約満席となりました。

国立育ちのバンドマン、忌野清志郎(1951〜2009)を想い、語り合う交流イベント「忌野忌」は2013年、本のコミュニティスペース「国立本店」の企画としてスタートしました。第5回目となる今年はギャラリービブリオへと会場を移し、少しだけ規模を拡大して開催します。

開催日 2017年5月3日(水・祝)
時間  第1部/14:00〜16:00(ゆかりの地めぐり)13:30受付開始
    第2部/16:30〜21:00(ミニライブ・交流会)

会場  ギャラリービブリオ※築半世紀の木造民家を改装した畳敷きの画廊。
    国立駅南口徒歩3分〒186-0004 国立市中1-10-38 042-511-4368
    https://www.gbiblio.jp/

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くにたちPARADE 2016クラウドファンディング進行中!

歩くことは、人間の始まり
祭ることは、文化の始まり

これを愛言葉にはじまった100%PARADEは、
今年で節目の10年目
ここ国立での行進は2年目

今年のくにたちPARADEは、しあわせなお散歩!をキャッチに
歩くだけでしあわせな気分になる
しあわせな散歩をたくさんの人々と
しあわせからうまれる、しあわせの連鎖

そんなやわらかでキラキラしたパレードの花束でうめつくしたいstreet!

パレードはタマシイのリボリューション
平和の行進
愛の巡礼

今という時を歓び、おどり、うたう
祝祭のART

花と咲こうこの星で
愛を放とうこの星に

By RuuRuu

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今年もわが地元、国立で(半ゲリラ的?)、パフォーマンス集団100%PARADEプロデュースによるストリートファッションショーやります。主催するのは、忌野清志郎やどんとの衣装をてがけていたボウシアーティストのRuuRuuさん。私は今年も、企画・運営アシスタント、兼衣装係として、参加します。

間違えられることあるのですが、デモじゃないです。車道ではなくて、歩道を歩く。(少々派手、とはいえ)いつもと同じように。こんな風に歩くことも出来なくなったりして、なんて思うことがあるこの頃ですが。 そして、今回はクラウドファンディングに挑戦することにしました。運営経費はもちろんのこと、いろんな形でお手伝いしていただいている方や、パフォーマーのかたたちに、少しでもお返ししたい、という気持ちから始まった新しい試みです。

ぜひぜひ支援・拡散にご協力いただけると幸いです。よろしくお願いいたします!

クラウドファンディングはコチラから!!
https://motion-gallery.net/projects/kunitachiparade2016


南出直之(Nande)個展「1LINES」@QUIET NOISE arts and break

私には「ごくぶとくん」としておなじみの南出氏の個展へ。

〇一筆書き(一本の線)
〇キャンバスからペンを離さない(トイレにも一緒にゆく)
〇線を交差しない
〇寝落ちしてる箇所がある
製作過程を南出氏のフェイスブックで拝見していたのだけれど、思っていたよりも作品サイズが小さくて驚く。
つまり、思っていたよりもっともっと細かかったということ。

6日(日)まで。
井の頭線・池ノ上駅から走って5秒くらい。http://quietnoise.jp/

南出氏のウェブサイト http://nande-nande.com/

春風2016バックステージ

今年の春風も、100%PARADEのパフォーマンスの裏方で参加して、例によって隠し撮り。カラフルな世界を、白黒で。

今回のステージは、あくまでもファッションショーだったので、ダンサーのメンバーたちは、おどるようにあるく、おどらないでおどる。
 

マスキングテープ展@アーツ千代田3331

ハエ取り紙、工業用マスキングテープ(←本来のマスキングテープである)など、「粘着性のある紙」を愚直に作っていた岡山のカモイ製紙が、工場見学に 来たマスキングテープファン女子たちの説得を受けて、半信半疑でポップなものを商品化し、そして今や「マステ文化」なるものを作り上げてしまったのがとても面白い。それも6年くらい前のことだ。インテリア、あるいはアートとしてのマスキングテープ。数年前に見た、ジム・ランビーの展示をちょっと思い出した。
今まで横目で見てきたけど、量り売りしていたもんで、まんまとマスキングテープ買ってしまいましたわ。何に使うか皆目見当もつかないんだけれど。。。

染物職人の型紙への愛

江戸川区の某染め物工場へ。2月に企画しているイベントにむけてB反てぬぐいを見せてもらうだけのつもりだったが、工場の案内もしてもらう。先代が集めた、3万点にのぼる型紙には室町時代のものも。

そして、倉庫内の隅に掲げられていた、先代による「型紙へ」というタイトルの「型紙」への手紙。型紙に取りつかれた男の、型紙への想いに、何ともいえない気分になる。
皮膚病になったとき、ゴミの中から持ち帰った「君達(型紙)」の埃のせいだと言われ、そのとき、君達(型紙)を全部捨てたこと。でも、「君達(型紙)を見 直す時が来ると思います そのため君達(型紙)を集めたのです」・・・伝々。型紙へのラヴレターである。薄暗い倉庫のなかで、型紙を愛でる先代の姿が目に 浮かぶ。

しかし、2時間近く工場にいたけれど、いまもご健在なはず(93歳?)、のそんな先代の姿が拝見できるどころか、後代から先代の話が出ることは、ついにな かった。何かに取りつかれたひとを持つ家族って、そういうものなのかもしれないなぁと、父を思い出し、わが身を振り返ったりして。

中山ラビLIVE(ラビ組+梅津和時)

11月9日(日)は、吉祥寺Star pine's cafeにて、中山ラビさん率いる「ラビ組」+梅津和時のライブでした。私の師匠が高校の同級生ということもあって、ラビさんが切り盛りする国分寺の飲み屋(カレー屋?カフェ?)「ほんやら洞」にはたびたびお邪魔し、新宿梁山泊の舞台「ベンガルの虎」に出演したときも見に行きましたが、ライブは初めて。

ラビさんは1972年にデビューしたシンガーソングライターで、私はもちろんその頃の活動を知りません。というかラビさんの存在を知ったのは、15年以上前のまだ私が大学生のころ、母がラビさんの1976年のレコード「ラビもうすぐ」を、中古レコード屋で見つけてきたときでした。ジャケットに描かれたラビさんの肖像は、レコードということもあってインパクト大。なんとなく母の昔の姿を、その肖像に重ね合わせたものでした。
なんとはなしに聴いてきた「ラビもうすぐ」は、全編ラビさんの弾き語りだったので、ラビさんの楽曲をバンドで聴くのもこの日が初めてでした。ある曲からは二ール・ヤングの"Hey Hey, My Myのフレーズが聴こえてきたり、4つ打ってる曲もあり、そしてゲストミュージシャンである梅津和時氏のサックスが絡み・・・などなどバリエーション豊かに楽しめましたが、結局1曲だけアコギの弾き語りで演った「その気になってるわ」っていう曲が一番印象に残ってたりして・・・。まあ、弾き語りは1曲しかやらなかったから、かもしれませんけれど。

しかしまぁ、肌がきれいでしたわ・・・。3時半から並び、最前列を陣取っていたファンの方たちもうっとりしていたに違いありません。でも、「スカートの下は、ちゃんと『魅せパン』よ」とのこと。このお方もつくづく魔女ですなぁ。
会場には長年のファンと思われる方々も多く見うけられましたが、それは「ほんやら洞」でも同じ。ほんやら洞は、1972年(ラビさんデビューの年ですね)に京都・出町柳にできた喫茶店「ほんやら洞」がルーツ。岡林信康や中川五郎、浅川マキらのライブが行われた、いわゆる「関西フォーク」の中心地のひとつといえましょう。そこに、当時関西にいた中山ラビさんが顔をだしていて、そのコンセプトを引き継いだ店を東京・国分寺に出店したとのこと。このあたりの話はほんとうにいろいろあって、ウィキペディアを見るだけでも(笑)作家の花村萬月や漫画家のいしかわじゅんが常連だったとか、店名はつげ義春の「ほんやら洞のべんさん」(1967)に由来するとかいろんな情報が載っています。

かつての音楽シーンの「伝説」話(あるいは、単に「古き良き時代」話)としてフンフンするだけではなく、こういった人びとの集まりがあったこと、そしてまだ密やかに続いているということ、私のようなものが通うようになること、で今では「モヤモヤさまぁ~ず」の国分寺・国立編のラストにさらりと登場する店になったこと(笑)・・・などといったように、場の変化ひいては社会の変化が、ほんやら洞のように長く続いている場所をぐるぐるしていると実感されます。

後日談としては、ライブの二日後は師匠らとの飲み会が国分寺であり、二次会でほんやら洞を訪れました。ちょい酔っぱらってたのであまり覚えてないけど、「二十才になっても」という曲が大好きだということなんかをラビさんとお話しし。そして深夜なのに、いろいろ飲み食いしたあとなのに、名物ちゃんと辛い麻婆豆腐を食したのでした。
ちなみにちゃんと辛いカレーも名物。

『ニューヨーク・グッドマン 魔法のデパート』

「私の遺灰をバーグドルフに撒いてね(Scatter my ashes at Bergdorfs)」

こんなセリフがニューヨーカー誌の漫画で風刺されるほど、女たちを、世界を魅了しているといわれる、創業1901年の老舗高級デパート、バーグドルフ・グッドマン。ニューヨーク5番街に君臨しつづけ、「世界一のデパート」「存在自体がモダンアート」ともよばれるグッドマンの歴史や、その裏側を描くドキュメンタリーで、主にデパート側の人物として、バイヤー/パーソナル・ショッパー(商品選びのお手伝い)/ウィンドーディレクターたちの仕事に焦点をあてている。つまり、グッドマンの要(というより花形)は、商品選び、接客、ディスプレイの3つ。それらの仕事はそれぞれ、対デザイナー、顧客、そして職人とのネゴシエーションだが、そのいずれもがタフなやり取りだ。

グッドマンのバイヤーのおめがねにかなうこと。これは作中に登場する有名デザイナーたちのコメントにあるように、デザイナーたちにとっての憧れであり、成功のあかしだ。であるがゆえ、独占販売を約束させるなど殿様商売的な取引があることをもまた、デザイナーたちは語る(まぁ殿様商売は、グッドマンに限らずデパート業界の体質なわけだが)。新しいブランドは次々と登場するが老舗ブランドは不動の位置に鎮座するという、日本のバラエティ界みたいな(?)状況のなかで、わずかな売り場スペースをめぐる争いが激しいであろうことは想像にかたくない。

85歳名物パーソナル・ショッパーの「毒舌で上質なおもてなし」は痛快だ。顧客に「これ似合うかしら・・・」と尋ねられても、「どっちでもいいわ」「興味ないけど」とクールにかえす彼女の対応には、ひたすら下僕と化すような日本の「お・も・て・な・し」との違いを考えさせられる。また彼女は、「バーグドルフの存在自体がモダンアート」と言わしめる重要な要素のひとつ、ショーウィンドーを決して見ないという。余計なイメージをいれず、服そのものと向き合いたいからだというが、同僚の熱き仕事に対してこういってのける姿も、サッパリとしたプロ意識を印象づける。
そんな名物ショッパーにバッサリいかれたウィンドーだが、職人たちの緻密な手作業で作り上げられたホリデーシーズンのそれらは、単に服を着たマネキンが並べられているものとは一線を画した、まさにアートといえる出来。ちょっと見てもわからないような細かい部分まで職人にあれこれ指示を出しながら、じっくりと時間をかけて作り上げる。具体的にお金を生み出さないしその効果も見えづらい、ふわふわとしたもの=イメージ作りに多大な時間と費用をかけられる、それが「ラグジュアリー」とそうでないものを分かつといえようが、このラグジュアリーなウィンドーは多くの人に開かれたものでもある。

国内外から集まる観光客たちがカメラを向け、また美大生やファッション関係の学生たちがスケッチをしにやってくる。店内ではごく一部の人たちしか身につけられない商品を販売しながら、店外では誰もがアクセスできるある種の文化を提供する、良くも悪くもザ・アメリカの民主主義を象徴しているといえよう(グッドマンのウィンドーはコチラで見ることができる)。
そんなグッドマンは、「アメリカンドリームの象徴、あるいはアメリカンドリームの発動装置としてNY5番街に君臨している」と作品は語る。それはこの映画を見る限りしごく当然のことのように思える。しかし、それもそのはずだ。この作品においてバーグドルフを語るのは、関係者やデザイナーなどの「ファッション・ラグジュアリー業界人」たちがほとんどなのだから。そこに描かれているものだけでなく「描かれていないもの=排除されているもの」に注意を向けることは、作品を批評的に読む際の基本的な態度のひとつだが、この作品からは街の人びとの声が排除されている(わずかに顧客が登場するのは、バーグドルフの販売員の給料を聞いて驚くといったシーンのみである)。

同じ5番街に君臨することになったユニクロをはじめとした、ファストファッション系新興勢力の話は一切出てこない。現在の上顧客であろう中国人顧客の話にも触れない。リーマンショックのことはほんの少し。あくまでもここで語られる物語は、バーグドルフという「魔法の帝国」(極めて安易な言い方をすればディズニーランドのような)の繭玉のなかで紡がれたものにすぎないのだ。

ファッション週刊誌WWD編集委員の三浦彰は、この作品についてこう述べる。「その華麗なる殿堂の素晴らしさを否定するわけではないが、その『神話』はファッション業界の現在に取材する者としては、すでに失われたこの業界の黄金時代を懐かしむノスタルジックな美しい夢のように感じられる」、と(WWD JAPAN2013年11月25日号)。

監督のマシュー・ミーレは、ニューヨークのホームレスたちの交流を描いた ”Everything’s Jake”2000年に映画デビューしている。その映画は未見だが、ホームレスを扱った作品を作ったのであればなおさら、ニューヨークというダイナミズムのなかにおける、バーグドルフ神話の位置づけを描いてほしかった。

サウンドデモ2011.5.7@渋谷

7日(土)は、渋谷~原宿で行われたサウンドデモ「原発やめろデモ!!!!!!!」へ(上写真は代々木公園ケヤキ並木のNHKホール前)。警察はかなり厳重な警備・妨害をしており、逮捕者も出た。そして渋谷スクランブル交差点では右系・原発推進派が拡声器で抗議。「だいたいねぇ、皿回してチャラチャラしてねぇ、それでどうにかしようなんてねぇ、ふざけんなよバカ!!!」などと(「皿回す」って言ってたのにはちょっとウケた)。でもそれでは、「総括」に突き進んでしまうよ。

反原発のやつは電気使うなクーラーつけんな、だったら排気ガス・タバコはどうなん、こちとら洗剤使わないし精子を壊す(!)香水(akaアバクロデモ)つけてないしペースメーカー乱す携帯使ってねぇんだよ、なんだよお前のツラは目の毒なんだよ、はまた別の話。どうかオール・オア・ナッシングな二項対立図式に陥りませんことを。

こんなんなる前に反対しろよな祭りにのりやがってという(「僕はもっと前に知っていた」「私が先に好きだった」「私こそがふさわしい」)。ごもっとも!もう、おろかさを恥じるしかない。でもそんな、おろかなことをやめるのは、おろかなものたちでしかないではないか。
【アピール&演奏】
難波章浩(Hi-STANDARD)/YOSHIYA(RADIOTS)/チグリハーブ+高橋まこと(ex.BOφWY)+まどかまるこ+たぬ/ハ・ホンジン(from SEOUL)/藤波心(挨拶&歌)/ジンタらムータ+チンドン有志

【アピール(順不同)】
染谷ゆみ(TOKYO油田2017/再生可能エネルギー)/Misao Redwolf(NO NUKES! PEACE DEMO In Iwaki, FUKUSHIMA)/高田久代(グリーンピースジャパン/放射能海洋汚染調査について)/坂田昌子(虔十の会代表/上関状況報告)/福島瑞穂(社民党党首)/宮台真司(社会学者)/氏家芙由子(環境エネルギー政策研究所(ISEP))/伊藤麻紀(eシフト/6.11超巨大デモ)

【DJ】
e-mura(RUB-A-DUB MARKET)/DIRECT IMPACT/YAHMAN(Tribal Connection)/大石始 feat.アクセル長尾(赤い疑惑)/DJ TASAKA/TOSHIO BING KAJIWARA/401(LIVErary / PHYTAMAR)/Sacari(viruses)/MAKOSSA

【LIVE】
LIKKLE MAI/KEN2-DSPECIAL/RUMI/RANGE & THE DIRTY HOSPITAL/ねたのよい/JUNXPUNX/フジロッ久(仮)/どついたるねん/パンクロッカー労働組合/The Happening/SUPER DUMB/ELEKTRO HUMANGEL/HIKO(ds. GAUZE)×日比谷カタン(gt.vo)UNIT/BAND OF ACCUSE(from福島)
+反核JAM/RANKIN TAXI/RADIO MAROON

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ECD 「Recording Report 反原発REMIX」


溶けたらしいぞ漏れてたらしいぞ 溶けたらしいぞ漏れてたらしいぞ
溶けたらしいぞ漏れてたらしいぞ 溶けたらしいぞ漏れてたらしいぞ
溶けて漏れ出した溶けて漏れ出した 溶けて漏れ出した溶けて漏れ出した
溶けて漏れ出した溶けて漏れ出した 溶けて漏れ出した溶けて漏れ出した

クラブ/ディスコ

クラブ/ディスコについての原稿を書きながら、ネットで調べ物をしていたら、新宿のclub acidが10月に閉店したとのこと。2丁目近くのほんとうに小さなハコだったが、大学1年生のときに、ここで月1で行われていたあるパンク(というかロックというか、ヒップホップというか・・・)イベントの手伝いをしていたこともあり、感慨深く。私は、大学のメディア室でつぎはぎ編集した映像を流したり、新宿の駅前でチラシ配ったり、DJやオーガナイザーたちの恋ばなにフンフンいったり、イベントのだめっぷりにグチグチいってたぐらいですけれど。

おととい、日比谷のナンパ箱(ディスコ)ディアナをのぞいてきたけれど(場所柄かアラフォー多し)、婚活ブームも後押しして、出会い系のイベントが元気はつらつ。コンパ芸人との異名を持つ、お笑い芸人カラテカ・入江氏のねるとん的クラブイベント「j-popナイト」も、日曜日だってのに1,000人の人を集めるらしいし。

先週いった2丁目のクラブのゲイナイトも、狭い空間に結構な人の入りだったなぁ。私も思わずマッチョポールダンサーにおひねり渡してしまった(っていうかパンツに刺したんだが・・・)くらいの熱気。お、音楽は・・・?

シャル・ウィ・ダンスの夜

毎度おなじみ今さらながらの話で恐縮だが、ゴールデンウィーク中に、知人の親戚の伯母さんの社交ダンス発表会にご招待され行ってきた。場所は横浜のベイシェラトンホテル。知人から事前に、ドレッシーな格好をしてこいといわれていたので、「別に私が踊るわけじゃないのに・・・」とブツブツつぶやきながら黒のワンピースを着ていったのだが、あんのじょう、みんなラフな、もっといえばルームウェアのようなお方もいた。この、ヒラヒラドレスを身にまとった演者たちのきらびやかさと、オーディエンスのラフさ(というか冴えなさ、というか・・・)というギャップが、滑稽さをかもし出す。演者のコスプレ感が強調されてしまうので。

私たちの席は一番前の真ん中のテーブルで、その中でも私には最も良く鑑賞できる席が用意されていた。まずはご招待いただいた演者である知人の伯母さん(以下、伯母さん)にごあいさつ、知人のご両親にごあいさつ、その他親戚一同にごあいさつ、伯母さんの友人にごあいさつ・・・。毎年親戚が顔を合わせる恒例イベントの一つとなっているようだ。

私は知人に「この一番良いテーブルを占領するなんて、あんたの伯母さん、ダンススクールでかなりの権力者なんじゃ・・・」と、ダンススクール内の女たちの力関係を想像しつつ尋ねたら、「いやぁ、単純に金でしょう。この席高いから」と返される。ホテルのホールで、コース料理もあり、ビンゴ大会もあり、ちょっと有名なゲストダンサーのダンスもありの5時間に及ぶてんこもりの内容のこの発表会、チケット代は1人1万円はくだらないはずだ。親戚や見ず知らずの私でさえご招待している伯母さんは、この発表会で3分ほど踊るために、10万円以上支払ったことになる。嗚呼、発表会文化ナリ。
発表会にはつきものの花束贈呈もあり、伯母さんはもちろんのこと、その先生、そして謎の30代男性生徒さんに贈る分の花束が用意されていた。その謎の男性は、生徒さんたちのほとんどが40代~50代の女性だったなかで一人異彩を放っており、聞けば彼は誰も知り合いを呼んでいないがゆえに、誰からも花束をもらえないので、伯母さんが気をきかせて彼の分の花束を用意したという。嗚呼、日本人ノ儀礼ナリ。

それはともかく、なぜ私がプレゼンターなのだろう。見知らぬ人にいきなり渡されても謎なだけだと思うのだが・・・なんともかんとも。しかし、親戚一同からの命とあれば逆らえず、「あー変、こんなの変、すっごく変」と思いながら花束を渡したのだった。そのあと喫煙所でタバコを吸っていたら、「ねぇ、あの男の人とどういう関係?」と、オバ様方からのさっそくの詰問である。

プログラムの合間合間には、フロアで好きに踊ってよいフリーダンスタイムがあって、その時間になるとどこからともなく湧いて出てきた大学のダンスサークル所属の男性学生ダンサーたちが、各テーブルをまわり、女たちに「Shall We Dance?」と囁き、女の手を取ってフロアへと導き、女の腰に手を回す。演者もオーディエンスも圧倒的に女性が多く、そして年の頃は40代から60代といったあんばいで、そんな女たちが若い男に身を支えられ、見つめられながら踊るのを見ていて思わず思い浮かべるのは、ホストクラブというか、ハーレクイーンロマンスというか。

輸入時から「Shall We Dance?」まで、社交ダンスは強弱はあれどとこか「いやらしいもの」、「いかがわしいもの」として語られてきた。それは結局パートナー(夫、妻)の文化として定着しなかったからである。何十人と生徒さんたちが踊っていたが、夫婦同士で踊っていたのは、たった一組だった。つまり「スワップ」というわけで。ただし、そのオバ様たちを誘う大学ダンスサークルの学生たちは、いかにも真面目そうな雰囲気。この年代にはあまりにも健全ないかがわしさでしかないのだ。

伯母さんは美容師ということもあるのかないのか、見られる自分に対する意識が高く、とてもきれいにメイクやドレスをまとめていた(ちなみにメイクは、ダンス用品屋チャコットからメイクさんが派遣され、1万円だかかけてメイクをしてもらう、らしい。ロビーではチャコットがドレス販売)。しかし、ぎょっとするからだもあった。なぜその衣装を選んだんだ!!と叫ばずにはいられない、腹部だけメッシュ仕様になったドレスをお召しの方がいて、メッシュの内側で何重にもよじれた腹部をフルフルと晒していた。「私はそれでもかまわないのよ!!いいじゃない、こんなおなかだって!!」というメタメッセージが読めなかったので、事故としかとらえられず、目の前でフルフルやられたときは思わず目をそらしてしまった。

ともかく、パッケージ化された発表会の最たるを見学させていただいた貴重な一日だった。来年も誘ってくれるらしいけれど、その代わり私も踊ることが命ぜられている・・・。

渋谷HMVの閉店に際して

※写真は久々に作った中華料理。内容と無関係です。。
渋谷のHMVが8月に閉店するというニュース。年末に大改装したのにもかかわらず。「モノ」としての音楽は、ほんとにもうギリギリのところまで来ているんだなぁ、と改めて思わされる。相対的に物語やうんちくに溢れているタワレコが、新宿でも渋谷でも(かろうじて?)勝っているのも象徴的(私はクールなHMV派だったが・・・)。

で、最近久しぶりにディスクユニオンで中古CD見てたら、1,2年前と比べて値段が高くなっていると感じた。一時期は、バカみたいに安いデフレ状態だったのに、もうそろそろ中古に回ってくるモノも少なくなってきて、モノとしての音楽に愛着を持つ人びとのみに向けた「適切」な価格での商売になってきたということかな。マーケットは大幅に縮小しているだろうけど。

とにかく音楽を「買う」って行為自体が、ナンセンスとはいわないまでも相対的に安く済まされるようになっている今、アーティストへのハコ貸しであるゆえに場所代(賃料)を保障するために、価格不動のチケット代が求められるハコが、音楽のやりとりというより、身内の交流の場になるのは必然だろう。良くも悪くも。ただし身内の悪いところは、身内だけが目的になってしまうところで、だから飲食を充実させよ!と言っているわけだけど。身内でたむろしても、音楽しかないと手持ち無沙汰で、結局別の場所に飲みにいっちゃう。ライブハウスだとそれは顕著で、この前も知人のライブ行ったら、知り合いのライブ始まる前に別の場所で飲んで、知人の演奏見て、それが終わったらすぐさま居酒屋に移動するという人びとも・・・。でもカキピーくらいしかなかったら、それもやむなし。

4月に、吉祥寺のスターパインズ・カフェ「夜の部」の主であるマーヴィンさん(元ムスタングAKAのメンバー。現在もAで活動中)にインタビューしたのだが、スターパインズでも、前にいた三宿WEBにおいても、飲食は重要であるとおっしゃっていた。確かにスターパインズ、食事が充実してます。私はビールを飲みはじめたらほとんど食べないけど!

ヨークが日本にやってくる

7月30日から3日間行われるのフジロック最終日に、トム兄やん(Radiohead)が、NEWバンドATOMS FOR PEACEをひっさげてやってくる。2006年に出したトム兄のソロアルバムの楽曲が中心らしいが、すでにあちこちでやっているライブではJOY DIVISIONのカバーなどもやっているようだ。カバーは好きだ、音楽を(口伝えで)繋げていくという意味で(あるいはそれを皮肉るという意味で)。過去のヒット曲オンパレードの懐メロカバーアルバムには辟易してしまうけど。

毎度ながら私は、トム兄出演を知っても、「うーん、でもなぁ・・・」などと煮えきらない態度を示していたのだけど(といいつつ、越後湯沢までの列車やバスの料金などを調べたりして・・・)、なんのかんのと回りの人が先行チケットを取ってくれて、行くことになる。そして私は、「しょうがないから、行くか!」、と言う(ごめん、ありがとう)。

新潟には親戚や知人がいるので、スケジュールが会えば顔を出してこようとも思っていて、帰りの新幹線やおなじみの夜行バスなんかも調べたのだけれど、8/15の新潟―東京駅620円~って・・・。う、嘘だろいくらお盆だからって・・・、ま、間違いだよなぁ。
8/20の東京―名古屋は300円になっているし・・・。と思っていろいろ調べていたら、どうやら数量限定らしいが、本当に超格安でチケットを販売しているようだ。東京―大阪500円だと!!こ、これは、新幹線なんか乗れないないよなぁ・・・。先日飲んで最終電車で2,3先の駅まで乗り過ごし、やむなく支払ったタクシー代で、一体何回大阪に行けるのだろうか・・・、と思わず考える。

しかし、出演者リストを見ても、あまり心躍らないラインナップである。前回フジロックに行ったのははるか昔の2001年のことだが、そのときのラインナップと比べると「うーん・・・」と唸ってしまう。これはただ単に私の好みの問題なのか(その他のダンス系大型イベントがたくさんできたということもあろうが、明らかにダンス系は減っているし・・・)、当時の方が熱心に新しい音楽に耳を傾けていたから、なのだろうか。良くも悪くもスターなし、ゆるやかな音楽の場であり、レジェンドというより「あの人は今」的なノスタルジックな出演者も多数見受けられる。ただそれは私の印象に過ぎず、そして90年代後半に始まった音楽の大きな物語(わかりやすく言えばミリオンセラー、的な)の崩壊による。ASHだって(失礼!)、2009年から2週間に一度、MP3と限定7インチで新曲を26曲発表し続けたというし。大きな物語なき、大型フェス。

今2001年のラインナップをノスタルジックに眺めると、見ておけば良かったアーティストがたくさんいる。先日インタビューの翻訳をやったパティ・スミス、清志郎、あとは電撃ネットワーク!ステージ間をダッシュして、なるべくたくさん見るようにはしたのだけれど。ミーハーだから、ブライアン・イーノの裏、というかメインステージでやっていたエミネムを走ってちょこっと見に行って、また戻ったりして。ブライアン・イーノは、MCを全部日本語でやっていて、芝生に寝そべってウトウトしながら聴きながら、勉強家だな~と思ったな。「ワタシタチハ、ジッケンテキナオンガクヲ、ツクッテイマス!」。今年
はそのイーノが在籍していたROXY MUSICが来るようだ。

ぺちゃくちゃナイトとハコと飲食

      
ずいぶん前の話になるが、去年の10月、
六本木スーパーデラックスでのイベント「ぺちゃくちゃナイト」に行ってきた。簡単にいえばオープンマイクみたいなイベントなのだが、必ず画像を用いる。画像20枚×20秒で1人6分程度のプレゼン、という枠がきちんと決められているのが特徴。主催は、建築関連の仕事に携わる外国人(イギリスとオランダ?)夫婦で(スーパーデラックス自体も彼らの手によるもの)、建築系のプレゼンや会議がやたらと長くなりがちになる反省から、この形態を思いついたという。有無をいわさず、20秒ごとに画像が切り替わっていくので、ダラダラと話すことは許されない。的確に、コンパクトに。この強制力はいいな、と思った。形式は、一人よがりにさせない。それが不毛なときもおうおうにしてあるのだけれど。

連れに、「混むから早めに行って、席確保しといて!」といわれたので、オープンのちょっと前に行ったのだが、すでに並ぶ人々。主催者が外国人、そして六本木という場所柄もあって、外国の方々が多い。中に入ってぼーっとスクリーンを見ていると、ワールドワイドに広がる「ぺちゃくちゃナイト」の映像が流れていた。世界の200以上の都市で行われているのだそうで、場所も野外や街の広場、カフェ、ホール・・・などさまざまだった。「日本発」ではあるけれど・・・などと考えるのであった。

スタートまで時間があったので、隣に座っていた人たちとおしゃべり。一人で来ていたとてもカワイイ女性は、建築系の仕事に今年から就いたということで、勉強のためにとすすめられてやってきたらしい。プレゼンがはじまっても、写真をバシャバシャとり、メモをとり、と忙しそうであった。

別どなりに座っていた、60歳以上だと思われる男性は、いかにもヒッピー思想をお持ちであるとわかる風貌のお方。しゃべっていると、その業界ではかなりの人物であろうことがわかった。山などでイベントを行い、ヨガの先生でもありUAにも教えているとか。西荻のほびっと村や、国立の地球屋、プランターコテッジなどの話をする。「ぺちゃくちゃナイト」から出演オファーがきたらしいが、「こんなとこでアナウンスしちゃうと人が集まりすぎてしまうから、どうしようかなと思って・・・偵察に来たんだよね」などと言っていた。

この日のプレゼンテーターは海外の方たちが多く、英語でのプレゼンが多かったが、映像付きなので私みたいに英語よく聞き取れない人もなんとなく内容がわかるしくみ。基本的には主催者がらみの建築系プレゼンが多いようだけれど、香港のせっまいアパートを広く使うユーモラスな方法を紹介する人や、食べ物の話、親戚のじーさんの話などバラエティにとんでいた。プレゼンテーターへの報酬は、これまでのぺちゃくちゃナイトの歴史をまとめたビジュアル本。参加賞、って感じだ。良いシステムだなぁ、としみじみ思う(むろんノルマ的なものなし)。

こういったシステムが取れるのも、まず「とにかく何か見せたい」って人がいるってことと、このイベント(あるいは場所)でやりたいと思わせる吸引力をイベントが持っているということ、そしてハコがそれなりに飲食店として稼げること。カレーとか、ご飯食べてる人、結構いた。いま、ライブハウスやクラブから人が離れているけれど、こういうイベントは仕事帰りで来る人が多いのだから、ハコ側がそれなりにメニューが用意できれば、客・店双方にとって良いのになぁ、と思う(それに多くの人にとって、フラリと店に入るのに、「音楽」だけってのはリスクが多いのだと思う)。ある程度飲食等で自立できれば、チケット代も抑えられるし(この日は1,000円)、客足につながるかもしれんのに、と。まぁ、これがなかなか難しいし、そして問題はこれだけではないし、この手のイベントと音楽イベントでは事情は異なるのだけれど。

噂に聞いていたとおり、フロアーはパンパンの人、人、人で立ち見の人もいっぱい。笑いもいっぱいで、素直に愉快な夜を過ごした。単純に外国人ノリによるのか、どうなのか。

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別の日に行った、六本木の外国人向けパブも愉快だった。中野坂上ハウスの者たちと行ったわけではなく、たまたま時間つぶしに入った店が外国人ばかりで、そしてたまたまクイズ大会をやっていたということもあり、その騒々しさに最初は仰天してしまったが。新宿のHUB(チェーン店のイングリッシュ・パブ)も土曜日なんか殺人的に混み合っていて、そんなのを見ていると、パブと居酒屋という飲み屋の形態の違いは、社交とか余暇のあり方の違いをよくあらわしているのが良くわかる。

そして、ライブハウスやクラブの飲食サーブは基本的にパブ形式なわけだが、そもそも日本人はパブ文化そのものにちょっと抵抗というか不慣れ感があるのかなぁ、と(立ち飲み屋は流行っているけれど)。時代によるのかもしれませんがね。チェーン店がないときは、(一部とはいえ)若者たちはロック喫茶やジャズ喫茶に行っていたのだろうし。村上春樹の小説を読んで「なんだこれ?」と思ったのは、まさに「飲みの風景」の違いで、大学生の「ぼく」が地下のバーでウイスキー(?)だかなんだかをスマートに飲むところ。両親から「喫茶の思ひ出」のたぐいは聞いていたはずだったのだが、とてつもない違和感を覚えたものである。

関係ないけど、とてつもなく昔、法にふれるくらい昔、いきがって吉祥寺のファンキー(今年50周年の老舗ジャズバー)なんかに行って、ウイスキーのロックを飲んで、腰くだけたことあり。店の人をハラハラさせる。スマートじゃない歴史のスタートです。

※写真はぺちゃくちゃナイトのウェブサイトより。

僕食べる人、僕作る人、僕見てる人

今日、こんな話がちょっと出たので。
"All I need" by Radiohead.


I am the next act waiting in the wings     
I am an animal trapped in your hot car
I am all the days that you choose to ignore

You are all I need     You are all I need
I am in the middle of your picture     Lying in the reeds

I am a moth who just wants to share your light    
I'm just an insect trying to get out of the night
I only stick with you because there are no others

It's all wrong     It's all right     It's all right
It's all wrong     It's all right     It's all right     It's all right

クンスト・オクトーバフェスト2009@銀座

10月最終日の土曜日は、午前中に西新宿でプロジェクトの打ち合わせをした後、シェアメイトのJと銀座に繰り出し、クンスト・オクトーバフェストに行ってきた。ドイツで10月に行われるビール祭り「オクトーバー・フェスト」にクンスト(ドイツ語で美術)をくっつけたこのフェス、「ビール片手にギャラリー巡り」をうたう。おまえにぴったりだろうということで誘われたのであった。

このご時勢に、25ギャラリーを結ぶ専用バスを3ルートも走らせ、全ギャラリーでコエドビールを無料提供するというなんとも贅沢なイベントであった。そうは言っても、私みたいにビール目的らしき人物はそんなにいなかった。しかるべき媒体でしかアナウンスしていないのかもしれないし、やはりギャラリーは敷居が高いのかもしれない。私も今回、ある広めのギャラリーで、「お客様、入札はこちらでございます」なんて案内されてしまい、困るハメになる。

             
若手芸術家を集めたイベント会場にて。小豆を中心にした和菓子をモチーフに作品を作る、小豆芸術家・境貴雄さんのコーナーにて、小豆髭をつけるわれわれ(うーんJ、ハマリすぎ)。小豆は日本人のアイデンティティを表わしているそうだ。大福やドラ焼、白玉だんごなどのモチーフを使った作品は日本人から見れば「カワイー」となるが、海外のヒトから見れば、不気味なものでしかないかもしれない。               
写真を撮らせていただいた右の作家さんはじめ、もう、そこかしこに「かわいい」。クレヨンとかクーピーって、ランドセルしょって見せるのといっしょで、幼さの記号だよなぁ。ゴスロリ少女を描いた作品にもいくつかお目にかかる。

名刺交換やら、「先生!〇〇先生!!」(+もみ手)とか、政治的ないやーなヤリトリが行われるのは、どの世界でも。ビール目的とは知らず、私に熱心に営業してくる方もいて。

コエドビールってやつは5種類もあるから、ついついいろいろ試したくなって、結局日の明るいうちから、4本飲む。しかしビール片手に銀ブラ、とはね。

メタモルフォーゼ2009

東京から高速に乗り沼津インターで降りる。そこから20分ほど走らせ山中の仮設駐車場に車を止め、迎えのバスに乗り換える。揺られること15分、自転車の国サイクルスポーツセンターに到着した。サイクリングコースや競輪場完備の自転車のためのレジャーランドだ。野外ダンス音楽イベント、メタモルフォーゼにやってきたのだった。

いわゆるレイヴである。もっともレイヴは、手作りでフリーという既存のクラブイベントのオルタナティヴとして誕生したものなので、ここまで巨大化/産業化したイベントをそう呼ばないこともある。しかしとにもかくにもレイヴという言葉自体は、酒井被告でおなじみとなったかもしれない。例の事件が起きるちょっと前にテレビで見たある漫才では、「おまえ、レイヴってそれ一部の若者しか知らないやつだろっっっ!!!」ってつっこんでいたのに。

 
今回は早めに出発したので開場時間の17時ちょっと前に着いたのだが、上写真のような長蛇の列。30分並んでやっとこさ入場する。入口では荷物チェック。いろいろ調べるものはあるんだろうが、飲食物は飲みかけだろうとなんだろうとすべて没収されていた。野外フェスとあって、いろいろと買いこんで来る人たちがいたが、厳しいチェックを前に、泣く泣く入口前でビールを一気飲みしていた。無論これは、会場内の屋台を潤すため(あとはゴミ問題のため)の処置で、珍しいことではないのだが、エコを謳うフェスティバルで、巨大なゴミの山となったその飲食物をどうするというのだろう。音楽以外で気になる点がいくつかあった。

会場入りしてすぐに、スポンサーである「コロナ」の350ml缶600円のビールと、屋台の焼そば600円を購入して食事。ゴミはゴミステーションに持っていけば、それぞれ100円バックされるデポジット制が導入されていた。ゴミを放置させないための策だが、これも片手落ちだった。というのは、サイクルスポーツセンター側も施設内のレストランをほそぼそと朝まで営業させていて、ここではアサヒビールを売っていたのだが(買わなかったけどコロナより安かったと思う)、これは100円バックなし。だから、アサヒビールの缶はあちこちに転がることになる。もちろん、捨て去る方が悪いのだけれど、会場内の自動販売機の電源をすべて落とすくらいするのであれば、主催者側とサイクルセンター側の足並みを揃えるべきでは。

蛇口が並んだ水場。ご丁寧に「これは飲み水ではありません」との張り紙。本当なんだろうか?とにもかくにも、この力強い張り紙の文句は、人びとが空のペットボトルに水を汲もうとする気をかなり削いだことだろう。

             
 携帯灰皿を所有していたけれどたいそうご立派な「ラーク」の喫煙ブースで一服。喫煙所の設置は、やはり「ここで吸うべきですよ」と訴える。びっくりするほどスタイルのいいラーク・ガールたちが新商品のサンプルを配る。まったく、ご丁寧なことだ、本当に。こういったガールたちの効果は絶大だということをこの目で確かめる。

一夜のオールナイトイベントなのに、テントサイトにはテントがいっぱい。音楽、というよりもテントでまったり楽しむ組もいる。ところで、こういったフェスティバルでテントを張る場合、入場チケットとは別にテント券を購入するのだが、笑えるというか、呆れるというか、嘆かわしいというか、フジロックでは毎年、「テント券買ったんですけど、僕のテントが見あたらないのですが・・・」と、会場内のインフォメーションセンターに駆け込んでくる者がいるとか。どうやら、テントは自分で持参して組み立てるのではなく、すでに「そこにあるもの」だと思っているらしい。
             
 最も印象的だったアーティストは、アフリカ・バンバータ。ヒップホップ創始に関わりながら、クラフトワークやYMOなど白や黄色の音楽も貪欲に取り込み、デトロイト・テクノにも影響を与えたドンである。裏でやっていたテクノ王子リッチー・ホーティンに客の90%は取られていたけれど、こじんまりと良い熱気だった。一番前で聴いていたら、盛り上げ隊の二人の黒人の兄さんに、「ステージに上がれよ」と腕つかまれる。もちろん上がりません。そんな兄ちゃんたちのノリノリっぷりに見向きもせず、もくもくとプレイするドンのたたずまいが良かった。でも、ドンが生きてきたあの熱気はもうないのだろうと考える。

途中、横にいた男の人が、ペンライトを振り回しながら踊りだした。なかなか強力な光で、「ほうほう」と思って見ていたら、すぐに横から係員が飛んできて、モメ出した。話は聞こえなかったが、結局男は首根っこ掴まれて裏に連れて行かれていた。「変な風」になっているとでも思ったのだろうか?
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 朝7時頃終演。帰りは、せっかくなので沼津港によって、眠たい目をこすりこすり寿司を食べに行く。開店前から人がチラホラ集まっている店だったのだけれど味はイマイチで、「まぁ、気分だね」という意見に落ち着く。

その寿司屋の近くに干物工場があり、「訳あり干物30枚1,000円。お求めの方はお声かけ下さい」と書かれたホワイトボードが出ていたので、迷いなくゴム暖簾をくぐり工場内に入る。白衣を着た若者たちが干物を作っていた。そう客が来るわけではないのだろう、こちらに気づかない。「すいません、干物下さい」大きな声を出すと、人気お笑い芸人「はんにゃ」の金田に似た、一番下っ端ぽい人がひょこひょことこちらに歩いてくる。無言で梱包作業をし、無言で商品を渡される。私も1,000円を渡す。なんというか、当たり前のことだけれど、こうやってここでずっと干物を作っていく人がいるわけで。

「訳あり」といってもちょっと頭が欠けていたり尻尾が取れていたりするぐらいだったし、アジのほか、サンマや鯛、ほっけなども(少しだが)入っていて豪華だった。「味はどうなんだろう?」と思ったが大変美味しかったので、いろんな人に小分けにして配ったらすぐに30枚はけてしまった。今回の旅で、1番の収穫であった。また買いたい。

「ベンガルの虎」@テント小屋

正確には夏休み前の7月上旬、新宿梁山泊による唐十郎の劇「ベンガルの虎」を見に行く。場所は吉祥寺井の頭公園、ジブリの森の隣に建てられたテント小屋。

唐十郎作品は初めて見たのだが、意外とポップなのだな、という印象。歌もたくさん歌っていてミュージカルチックで。今見ると、かもしれないが、笑いもベタだったり。だが、「意味」に回収されないように、早口で不条理なことをまくしたてて、最後まで。こちらは混乱したまま終わる。恥ずかしながら、「コーリ(行李)」といわれてなんだかわかんなかったなぁ。

かなりしっかりとテントが組んであり、荷物まとめてさっさと逃げれるようなものではなかったが、テントの周りを自転車で駆け抜けたり、お馴染みであったらしい、舞台裏からブルドーザー登場など、テントならではの演出が楽しめた。ビルマの竪琴がベースとなっており、「水島~水島~」(「ベンガル」では戦死者の遺骨でハンコを作って儲けている奴!)の声がしばらく耳に張り付いていた。

「発表会」って

5日はハウスのダンサーLが通っているダンススクールの発表会へ。「発表会」といってもチケットが3,000円成。後楽園近くのとある大ホール(1800人収容)で3時間あまりの華々しいショーだった。以前、別のダンススクールの発表会に行ったことがあるのだが、それとは雲泥の差。3つの巨大スクリーンではオリジナル映像流れてるし、演出も凝っているし、床から人が飛び出すし、舞台も立体的だし。エンターテイメント・ショー、既存の「発表会」のイメージからは逃れているけれど、良くも悪くも商業化。とてもとても楽しめたが。

音楽もミックスが基本だったから、「タルい」音楽をまるまる聴かされてダレる、ということがなく。それと、キッズ部門の子らが「子ども子ども」してないのが良かった。以前見たのでは、キッズたちはフリフリ衣装着せられていかにも「子どもの発表会」で、「カワイーカワイー」って声が飛び交っていたから。
「発表会」(というかお稽古事)事情は海外ではどうなんだろう、とフト思った。

私は、8回ほどピアノの発表会に出たことがある。それこそ先生が派手好きだったため新宿のホールでやったりしていた。ピークは、何にも考えずにただひたすら練習あるのみ、だった高校2年のときで、それ以降どんどん悪くなっていった気がする。何より大曲を弾く体力が低下したし、ろくに練習できない(しない)のに、変に知識だけ増えていって(たいしたもんではないですが)、そのギャップに自己嫌悪であった。

ああ、そういえば発表会に出たくもないのになんで金払うの、と思っていたことを思い出した(先生にお包みすることもあるようですね~)。大学生の頃は、発表会に出たくないと訴えていたのだけれど、先生から「すぐすぐ辞めてしまうキッズたちのお手本になるから」なんやらといわれて、出させられていたのだった。だったらギャラくれ、ってかんじだったけど。あるいは、だったらあんたら弾けばいいだろう、と。

ディスコティックと草食系?――@西麻布a life

       
我がハウスのダンサー、fromカナダのLが、タダ券があるのでクラブに行こうという。どれどれ、とそのタダ券を見ると、「ナンパ箱」として名高い西麻布a life(エーライフ)のものであった。タダになるのは女性だけである。そのうえ1ドリンク券付。いわずもがなの女子をたくさん集めて、男子をおびき寄せるしかけである。ちなみに通常料金でも女1,000円で男2,000円ときっちり差がある。80年代ディスコではよくあった【料金システム】だ。あの頃は女子飲み食べ放題だったところも少なくなかったが、まぁそれはバブルである。
(左写真はa life のページより)

めったに行くこともないだろうからと、出かけることにする。23:30到着。一応【ドレスコード】があるのでなんとなく「女装」していったが、まぁそんなものはあってないようなもの。バブル時ほど強気に出れるわけもないだろうし、カジュアル=オシャレの時代を経たわけでもあるし。連れの一人が浪人生のような格好だったのでほんのり心配したのだが。

エントランスでIDを見せる。ここa lifeは女20歳以上、男23歳以上でなければ入場できない。Lに「この年の差はなんで?」と訊かれたのだが、「男が若い娘が好きだからじゃないの」と答える(結婚も2歳差あるが、これは「外の男」が稼げる年齢、「内の女」が出産できる年齢だからとのこと・・・)。「お見合い」です。

食事どころがメインの1階を抜けて地下へ。ドリンクを頼んでからとりあえず豪華ソファに座って様子見。音楽はオールジャンルというやつである。要するに【ヒット曲ミックス】である。音楽オリエンテッドじゃない客とか、幅広い層がそれなりに満足できる選曲だということ。実際私もいろいろ聞き覚えのある曲が大音量で聞けて楽しめた。ステインアライブとか70年代のディスコナンバーとか・・・。

Lが、「ウミのダンスが見たい!」と言いだして、そう言われなくても踊るのに、あえてそんなふうに言われると、相手がダンサーということもあって、ちょっとおじけずく。一応、「私のダンスは、あなたが踊る『ダンス』とは違うからね」と念を押して、ダンスフロアに行く。 


踊っている人はまばらで、フロアを独占していたのは、50代とおぼしきドン小西似の男性。白いジャケットを着こんで怪しい踊りを披露していた彼は、人びとの注目を一身に集めていた。若者たちはそれを遠巻きに見ながら、静かに揺れる感じ。私らは、そのドン小西風の近くでダンシング。Lから「ダンスうまいよ、リズムのとり方が良いよ」とお褒めの言葉をいただく。今まで、「ノル」だけのダンスに上手い/下手という判断基準はないと思ってたのだけれど、それなりにあるのかもしれないと思いつつ、でも私はそれは単に、踊るか/踊らないかの違いじゃないかなぁと思う。身体呈示の恥ずかしさにまつわる問題。いわば私はヤケッパチぎみではあれ(?)それなりに踊ったから、「うまい(踊れてる)」と同定されただけという。
               
人が増えだすと、フロアの四方にある小さな【お立ち台】に女性が立ち、クネクネと踊る(雇われお立ち台ダンサーもいる)。「暗くてわからないから、君も踊れば」などと失礼なことを連れに言われるが、ご辞退する。外国人の男性がふざけてお立ち台に乗って踊り始めたが、すぐに黒服に注意され降ろされていた。

ところで、「ナンパ箱」と言われているわりに、男子たちは隅っこの方で酒を飲んでいる。踊らないし、ナンパもしない。うちらは2時くらいまでしかいなかったから、「これから」というところだろうか?それともうわさの「草を食べる男子」(ダブルミーニングだが、マリファナのことじゃぁないよ)なのだろうか?

踊ったが、やっぱり集中できない。個のダンスが踊れない。そういった意味で、やっぱりディスコティックはソーシャルな要素が強い。楽しいけど、音楽に飽きてしまって長く踊れないから、しゃべったりするほかなくなる。

サシャ・バルツ「ケルパー」(ビデオ)@彩の国さいたま


3月上旬のことだが、与野本町の彩の国にて、過去ここで上映されたダンス公演のビデオを一挙公開(しかも無料で!)ということで出かける。駅から劇場まで歩きだすとたくさんの人が私とは逆に駅に向かっている。ほぼ女性。何の公演があったのだろうと思いながら到着。世界のニナガワによる「ムサシ」、藤原竜也、小栗旬出演。なるほど~。

見ていなかったサシャ・バルツ「ケルパー(身体)」を見る。ちょっと寝てしまう。ガラス板の間で、スローモーションのように、数体の体がうごめくシーンがおもしろい。っていうのは、それが身体による完璧なスローモーションだったから!生で見てたらもっと興奮したかもしれない。私の目の前で進行する、私とは異なる速度の時間。


それと皮膚を引っ張るシーンが印象的。わたくしの怠惰な身体ならともかく、ダンサーたちのからだは引っ張れる部分がなさそうなのだが。そこで液体が出てくる。


この劇場には何度か来ているが、駅含め、あたりが閑散としていてあまり好きではない。予定より早く着いてお茶(たばこ)でもしようと思っても、適当な店がないし・・・。

その後大宮によって、友人とご飯を食べる。大宮と言えば私にとっては「祖父母の家に行く際に乗る新幹線が止まる駅」で、降り立つのはおそらく初。ルミネ、パルコなどのファッションビルもあったり、駅前にはチェーン店がたくさん。立川とか八王子なんかを思い出すが、違うのは人の少なさ。19時半くらいだったが、あまりの人気のなさに驚く。うーむ、大宮でさえこうなのか・・・。

ズレる身体

3月下旬のことだが、2009年~10年秋冬のミラノ・パリコレクションのセミナーに行ってきた。場所はC.C.レモンホール(旧渋谷公会堂)で、職場のある初台からバスでテロテロと向かう。著名なファッション・ジャーナリストがスライドを使いながら、コレクションのトレンドを報告するというもの。それは彼女の見方にすぎないわけだが(まぁ、いろんな業界との関わりを含めた上でのね・・・)、それをこうやって大勢のアパレル関係者が受け取る。もちろん、それをまるごと受け入れるかはまた別だが、トレンドが作られる一場面ではある。昼食の後だったので、何度も意識を失う。レジュメにメモした字が読めない。
80年代調が主流で、ボディコン、肩の強調が再び。不況ゆえの80年代への憧憬なんて説明していたけど、それは一握りの人たちの80年代であろう。

後半はショーの動画をいくつか。菊地成孔は『服はなぜ音楽を必要とするのか?』で、日本のショー(話題のガールズコレクションとか)ではモデルがキャットウォークで音楽に合わせて踊ってしまうけど、ヨーロッパのそれは音楽を無視して颯爽と歩くところが「エレガンス」であるとしていた。まぁ、109系ブランドが目白押しのガールズコレクションは、「カワイク」「等身大」のものだから、エレガンスやクールさはいらない。そもそも日本に「エレガンス」や「クール」ってのが受けないのは、モード系の東京コレクションより、ガールズコレクションが盛り上がっているのがいい例。「かわいくない」服で勝負するなら、海外に飛ばなければならない。(上からdolce&gabbana、costume national)
仕事が終わってからダッシュして、お隣の新国立劇場へ。「バレエ・ザ・シック」という公演を見る。ジョージ・バランシン、トワイラ・サ―プ、ナチョ・ドゥアトらの作品を、国立劇場専属ダンサーたちが踊る。

一番楽しみにしていたのはサ―プの作品。ハイドンの楽曲はじめ、フリフリ衣装など「いかにも」な記号をわざとらしく使いながら、展開の速い超絶的な技を繰り出し、「いかにもバレエ」からのずらしを見せる。実際、無音で踊るパートは、それまで見ていた「いかにもバレエ」が異化される。でもそのズラシが日本人ダンサーではうまくいっていないような?一番バラバラで散漫だったのがサ―プの作品だった。安心して見れたのは、この中ではクラシックのバランシンの作品。音楽にきちんと合わせる、という。

ショーン・ファイン&アンドレア・ニックス・ファイン『ウォー・ダンス/響け僕らの鼓動』@東京都写真美術館

舞台はアフリカ東部のウガンダ共和国。30万人もの国民を虐殺した70年代のアミン大統領の恐怖政治以降、クーデターの相次ぐウガンダ。86年のクーデターでは抵抗軍が正規軍となったが、むろん争いは終わらない。現在、反政府組織として最も力を持っているのが、87年に結成されたジョセフ・コニー(左)率いる「神の抵抗軍(the Loard's Resistance Army=LRA)」。

主にウガンダ北部で活動しているLRAは、多くの村を襲撃して多数の住民を殺害している。だが問題を複雑化させているのは、その構成員の大半は、襲撃した村で拉致した子どもたちである、ということだ。襲われたものが、強制的に少年兵にさせられて、また別の子どもを襲ったり、ときに両親を殺す。むろん、少女たちは性的に搾取される(この「少年兵」に焦点を当てたものでは、『インビジブル・チルドレン』というドキュメンタリーがある)。

この襲撃から逃れられた子どもたち60,000人が集まるパトンゴ難民キャンプ。ここでは彼/女らが、そんな現実と対峙するために、歌い、踊る。それをアメリカのドキュメンタリー作家夫婦、ショーン・ファイン、アンドレア・ニックス・ファインが追う。サンダンス映画祭2007ドキュメンタリー部門監督賞受賞、第80回アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門ノミネート作品である。

この作品は大きく分けて二部構成になっている。一部は難民キャンプの3人の子どもたちに焦点をあわせたもの。荒れ果てたのっぱらに作られた父の墓の前で「神様なんていない」といったことを言いながら泣き崩れる子、軍人になった兄の安否を尋ねに単身で基地に乗り込む子。兄の行方はわからない。なぜ子どもを奪うの?と問う。どんな答えだったか忘れたけど、でもその子は「・・・そうか、じゃあしょうがないんだね・・・」といって基地を離れる。

そんなシーンもあるのだが、基本的に3人をカメラの前に立たせた独白のシーンが中心。これがまた、演出がかっている。「ドキュメンタリーは『真実』でも『無垢』でもない」というのはいまや前提だが、カメラの前に立った子どもたちの涙、たびたびの激しい雷のシーンの挿入、ドラマチックな音楽、荒野の木の前で1人たたずむ子どもの引きのシーンなど、いずれも仰々しい。「さぁさぁ、悲しい物語ですよ」という語り。

二部はそんなパトンゴ難民キャンプの子どもたちが、ウガンダでは知らないものはいないという「全国音楽大会」での好成績をめざすというストーリー。歌や踊りといっても7~8種類に細分化されていて、その総合成績を争う。演劇もあった。
ウガンダでは有名なダンサー&シンガーが特訓にやってきたりと、大会までの日々が描かれるが、この二部構成、あまりにも一部と切り離されてしまっている。親や兄弟を亡くした彼/女らが、その大会(というか歌やダンス)にどう関わっているか、という視点が薄まってしまって、第二部はひたすら、勝利への道のみが描かれてしまう。「悲しみ」そして「希望」という段階的な筋書きなのだろうが、実際にはそれはごちゃまぜに入り組んでいるのではないか?一部がこれでもかというぐらい「悲しさ」を提示し続けるのに、二部はあまりにも楽観的なのだ。「希望」を強調したのかもしれないけれど、でもそれは「大会」がなくなったらどうなるのだろう?賞レースが悪いというわけではないけれど、そういうドラマチックな文脈にしか彼/女らが民族の誇りとして受け継いできた歌や踊りはないのだろうか。

46608761.jpg「全国音楽大会」出場のために、首都カンパラに出陣するパトンゴ難民キャンプの子どもたちは、見るもの見るものが全て驚きだ。なにせ、水道水も飲んだことがない、電気を知らない、キャンプを初めて離れるという子たちがほとんどなのである。ビルや車、そしてライバル校の高そうな衣装。逆に都会っ子らからは奇異な目で見られる。むろん大会主催者たちも興味しんしんだ。

練習の合間に、パトンゴっ子たちは街を見学する。自分たちの日常とはかけ離れた世界、恐怖のない世界。そこに一瞬はさみこまれるのが、子どもたちがみんなでコカ・コーラを飲むシーン。「自由」の象徴。援助物資が運ばれるシーンもあるが、それも「U.S.A.」の表記をしっかりと映し出す。「こんな状況は、アメリカでしか救えないのだよ」。ドキュメンタリーは無垢ではない。

"ウォー・ダンス―響け僕らの鼓動"(WAR DANCE)
アメリカ/2007年
監督:アンドレア・ニックス・ファイン、ショーン・ファイン

小さなハコのライブのチカラ

神楽坂のtheatre iwatoで山内ケンジ氏プロデュースの城山羊の会による演劇「新しい歌」を見る。山内氏は、あのソフトバンクのお父さん犬CMも手がけているCMディレクターで、城山羊の会は先日亡くなった深浦加奈子氏を看板女優にしていた演劇集団。

会話のズレ、というか聞き直しの連続が印象に残っている。

A:「それって○○じゃんか」
B:「うんそうだね」
A:「何が?」
B:「え何って何が?」
A:「○○でしょ」
B:「そうだよ」

といったような。カフカが描いたコミュニケーションの不成立っぷりとは違って、要するにそれはうっとおしいくらいの確認なのだ。実際この手のやりとりの反復には、客席から、つまり客観的に眺めていると「なぜ?」と思わずにはいられない。ちょっとしたことでも問いただす、それは過剰に会話「不成立」への恐れ、あるいは意思疎通に対する強迫観念があるといえる。カフカの『審判』のKは対話の不成立(というか不条理)によって死に至るが、それは絶望的ともいえるディスコミュニケーションにおいてそうなるのであって、上のような「他愛のない」会話で過剰な確認を行うのは、ちょっとした認識の違いがクリティカルなものと感じられている、ということなのだろうか。

もう1つ気になったのはタバコについて。何度かタバコを吸う場面があったのだが、一番前に座っていた私にはその匂いがよく香り、ライブ性が楽しめた(映画でチョコレートの匂いとか香らせたりしてましたけどね)。それはともかく、マス映画やドラマにおいてタバコのシーンが排除される傾向にあるが(映画『サンキュー・スモーキング』を見よ)、スモールなメディアのオルタナティブな力(嫌煙者にとってはいやがらせである!)を改めて実感した。
土曜日は酉の市、花園神社の見世物小屋。昨年に比べての今年の手抜き感はぬぐいされない。今年は三の酉まであって、しかもこの日が最終日だったから、みなさん疲れていたのかもしれないが・・・。「珍しくて古いものを見せる」珍古(音読み)くんが演者兼司会をやっていたが、その軽妙なしゃべりやツッコミ、どこかのバラエティー番組で見たような既視感があった。ただ「珍古、珍古」と連発できるのは、「撮影禁止」の小さな箱ならでは。
でも縁日の屋台にはやはり心躍る。もう屋台の食事はいまや高いものになってしまったので、もっぱら目で楽しむだけになってしまったけれど。

「白い」ダンスが世界を救う——『レッスン!』『ダンシングハバナ』ほか

久々に、というかほぼ初めてアントニオ・バンデラスの主演作を見た。社交ダンス映画『レッスン!』である。以前このブログで、ニューヨークの小学校に導入された社交ダンス教育プログラムについて追った『ステップ!ステップ!ステップ!』について書いたが、『レッスン!』のなかでアントニオ・バンデラス演じる主人公は、実際にニューヨークのスラム街の小学校でダンスを教えていた実在の人物ピエール・デュレイン氏(映画でも同名)がモデルとなっている。
名前から伺われるように、デュレイン氏の父はアイルランド人、母はフランス人。中東で生まれ、イギリスで育ったという複雑なアイデンティティを持つデュレイン氏だが、英語がなまっていたためにイギリスの学校ではかなりバカにされたようで、常に「よそ者」意識を持って生活していたという。14歳で引っ越した家のすぐ側にダンススクールがあり、ためしに通ってみたらダンスの世界にのめり込んでしまったという彼は、それを「外の世界から逃げること」だったと回想しているが、むしろ逆にイギリス的身体の獲得(「外の世界」との同化)という意識も少なからずあったのではないだろうか。そんな彼がニューヨークにやってきたのは1971年の21歳のとき。2週間の滞在のつもりだったはずが、以来そこに住みついてしまった。社交ダンスの聖地ブラックプールで4度の優勝経験を持つ彼は、現在自身のダンス教室やジュリアード音楽院、そして小学校でダンスを教えている。 
映画の舞台は小学校ではなく高校に変更されている(ロマンスの加味)。ひょんなことから、スラム街の高校の「居残り生徒組」に社交ダンスを教えることになったピエール。そこでの彼の異質さや異文化さはやはり身体が体現してしまうもので、映画ではそこがおもしろおかしく描かれている。

学校の職員室の待合い場で順番を待っているあいだも、女性がドアから出入りしようとするたびにドアをあけてやる「ジェントルマン」なピエール氏。それを隣でエイリアンを見るかのように口を開けて見やる黒人の生徒。生徒たちにとって極めて退屈な社交ダンスの音楽をうっとりと聞き惚れ、それを呆れ顔で眺める生徒たち。あらゆる問題児やトラブルを抱えて日々格闘している黒人の校長に、あくまで紳士然と社交ダンスの素晴らしさを語るピエール。この学校にとって、ピエールの礼儀正しさはあまりに異質で「バカ」丁寧だが、だからこそそれは、呆れて笑えるものになる。校長VSピエールの対立は、現実VS夢でもあるが、日々の「現実的」な状況に突如あらわれた「バカ」さ、それじたいがここでは「夢」となる。
ヒップホップで育ってきた生徒たちにとって、社交ダンスの「退屈さ」は最初はなかなか受け入れられなく、たびたびピエールのレッスンは妨害に合う。とにかくそれはださくて、古くさくて、リッチで、鼻持ちならなく、つまり自分たちの身体にそぐわないものなのだ。それほど何を踊るかということが彼らのアイデンティティになっている。ピエールはそんな彼らに興味を持ってもらおうと、「いや、でもサンバとかルンバとかラテン種目のリズムのルーツはアフリカにあって・・・」なんて説明するが、「そうやっていつも都合よく”アフリカ”を持ち出すんだ!」とアフリカ系黒人にやり返されてしまう。

ピエールは第2の作戦として、「悪くて危険な」社交ダンスのデモンストレーションを行う。自身のダンス教室の生徒でスタイル抜群の女性とペアを組み、生徒たちの前で艶やかで際どいタンゴを披露するのだ。男子生徒は、肌の露出の多い衣装を身につけた大人の女性に目を奪われ、女子生徒たちもあの「美しい身体」への同化を胸にはせる。それですんなり受け入れられてしまうのが映画だが、この頃には生徒たちは、変わることのないピエールの「バカ」丁寧さに面白みを感じ始めた頃でもある。

社交ダンスのレッスンを通じて、生徒間の確執がロマンスに変わるといった歩み寄りや、「太ってる子を好きな俺ってクールじゃないから恥ずかしくてそんなこと言えなかったんだけど、やっぱ好き」という自己肯定など、それは状況を好転させていくが、「白い」ダンスがそれ以外の色のダンスに入り込んでその世界にいる人びとを救う、あるいは自身の「白い」ダンスのステップアップになるという図式は、ダンス映画ではおなじみである。

『ダンシング・ハバナ』ではキューバに訪れたアメリカ人女性がそこでのサルサ経験を通して、自分のバレエ表現に深みを加えて成功していくし(ロマンスの相手のキューバ人はどうなったのだろう?)、『セイブ・ザ・ラストダンス』でも同様に白人女性のバレエと、黒人男性のヒップホップが出会い、女性がジュリアード音楽院の試験(フラッシュダンスの1シーンを彷彿とさせる)で成功するというもの。最近見た、『ステップ・アップ』も似たような構造だ(「白い」ダンスの主体はみな女というのが興味深い)。 もちろんこういったダンスのダイナミクスが繰り返し描かれるのは、それらが異文化として存在していて、異文化間の交流なり対立を描くにはもってこいの題材だからだ。だからオリジナルのストーリーをほぼ踏襲したアメリカ版『Shall We Dance?』は、多くのアメリカ人にとってあまり面白いものではなかったのだろう。
レッスン!“Take the Lead” 2006年/アメリカ
監督:リズ・フリードランダー
出演:アントニオ・バンデラス、ロブ・ブラウン
コピー:先生、世界一の社交ダンサー 生徒、誰もが見放す落ちこぼれ