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断片的、あまりに断片的な

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父の日

「嘘だい、そんなの」コルムは言った。
「作り話だよ」
「作り話?」とトランパーは言った。
コルムがそんな言葉を使うのを聞くのは初めてだった。
「そうさ」とコルムは言ったが、彼は何か別のことに注意を向けかけていた。
彼は父親に退屈していたのだ。
トランパーは何とかして場を盛り立てたいと、必死の思いだった。
「お前はどんな本が一番好きだい?」と彼はコルムに聞いたが、そう口にした瞬間思った
――なんてこった、自分の息子に向って世間話をしなきゃならないとこまで落ちぶれちゃったのか。
「うん、今でも『白鯨』が好きだよ」とコルムは言った。
父を喜ばせるためにそういっているのだろうか?
「あのお話、好きだよ」コルムは言った。
「でもやっぱりただのお話だよ」
息子と並んで桟橋に立ちながら、トランパーは突然出てきた涙を必死でこらえた。

ジョン・アーヴィング「ウォーターメソッドマン」

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ヤキマの医者は父が精神病院に行くようにとりはからってくれた。
父と母は生活保護を受けることになり、群が精神科の治療費を払ってくれた。
精神科医は父に「大統領の名前は?」と質問した。
簡単に答えられる質問をしたわけだ。
「アイク」と父は答えた。
それにもかかわらず、父はヴァレー記念病院の五階に収容されて、
電気ショック療法を受けなくてはならなかった。
私はそのころもう結婚していて、もうじき父親になろうとしていた。
私の妻が最初の子供を出産するために同じ病院の一階下の部屋に入院したとき、
父はまだそこに収容されていた。
彼女が出産を済ませたとき、私は上の階に行って父にそのニュースを伝えた。
私は鉄の扉の奥に通されて、父のいる場所を教えられた。
父は毛布を膝にかけてカウチに座っていた。
俺の親父はいったいどうなっちまったんだ、と私は思った。
私は隣に腰を下ろして、彼に孫が生まれたことを知らせた。
父は少し間を置いてから、「そうか、俺もおじいさんだな」と言った。
それだけだった。
微笑みもみせず身動き一つしなかった。
彼は他の多くの人と一緒に大部屋に入っていた。
私が父を抱きしめると、彼は泣き始めた。

レイモンド・カーヴァー「父の肖像」

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この時期、私にとって一番最悪だった時期を選ぶとしたら、それは、やはり、
父のネクタイを腕いっぱに抱えてどしゃぶり雨の中に出て、庭を超え表通りまで行って、
ネクタイを救世軍のトラックの後ろに放り込んだときだと思う。
ネクタイは百本以上あったろう。
その大半は、私も子供のころに見た覚えがあるものだった。
模様、色、かたち、それらが父の顔と同じくらい鮮明に、幼かった私の意識の中に埋め込まれていた。
それをいまこうして、まるっきりゴミみたいに他人にくれてやっているのだと思うと、
何だかたまらなくなってきた。
私が一番涙に近づいたのも、まさにその瞬間、それらのネクタイをトラックに放り込んだ瞬間だった。
棺が地中に降ろされるのを見るよりも、自ら父のネクタイを投げ捨てるという行為の方が、
埋葬という理念を具現化しているように私には思えた。
そのときはじめて、私は父が死んだことを理解した。

ポール・オースター「見えない人間の肖像」

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