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断片的、あまりに断片的な

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ジョージ・オーウェルと先生と私

 先日、部屋の整理をしていたら学部時代のテキストが何冊か発見された。その中にまぎれこんでいたのがジョージ・オーウェルの英語の随筆集。大学2年の講読の授業で読んでいたものである。

b4cf37a9.jpg オーウェル【1903-1950】はインド生まれ、イギリス育ちの作家・評論家である。「中産階級の下」ながら、奨学金を得て有名進学校に進んだはいいが、ブルジョワとの違いをまざまざと見せ付けられ(なんといってもイギリスですから!)辛いハイスクール時代をおくる。その後大学には進学せず、ビルマの警察の職に就く。イギリス人警察官からすれば「従」である現地の人びとと日々接するなかで、帝国主義の醜さに嫌気がさし、パリ、ロンドンで浮浪生活。必死に浮浪生活をおくりながらも、「階層」が下の者に対する違和感はぬぐいされない。ご飯の食べ方や身だしなみの違い。それでも、上から下まで
一日中ティーを飲む姿にイギリスを感じとる。
 下層民に対する安易な同情や擁護ではなくて、あくまでも「上」にも「下」にもなれない「中流」の自分が捉えるサブの世界。「高慢ちきで見栄っ張り」「ぞっとするほど汚い」など素直な表現もポンポン飛び出す。
オーウェルはパリのホテルの厨房で働いていたことがある。そのゴミ溜めのような「戦場」では、皿の汚れはただナプキンでふき取られるだけ、隠し味は料理人たちの「つば」。最初は驚きゾッとするが、次第に自分の感覚も麻痺し「彼ら」の世界に入り込んでいく。そのタフでやるせない世界を、ほとんど省みられることのない「彼ら」の世界を描く。カルチュラル・スタディーズの源流ともいうべき視点である。

1984.jpg オーウェルの著作に初めて触れたのは、上記のように大学での講読の授業であった。必修で講読をいくつかとらねばならなかったのだが、とりたてて「読み込みたい!」と思うようなアテもなく、時間割のかねあいで選ばれたのが「ジョージ・オーウェル講読」だった。
 教室は小さな小さな会議室のような部屋で、受講者は10人程度。密な授業がスタートした。特にやる気もなかった私だったが、現われた先生はオーウェルの顔がプリントされたTシャツを着てくるような激しいオーウェル愛好者!!当然授業にも熱が入り、次々に学生に質問を浴びせかけてきたりするなど、ボーっとなどしていられない授業展開。
 まずはじめに、オーウェルの有名なエッセイの一つ「象を撃つ」の英文をみんなで読んだ。その先生は、オーウェルが象を撃つまでの心理を、さまざまな身振り手振りを加えながら演劇仕立てでこと細かに表現し、すっかりオーウェルになりきっている。その姿に最初は圧倒されなじめずに、友人に「なんだかあの授業、アメリカン(←誤った認識)でいやだ・・・」とこぼし、授業に向かう足取りも重かったのを覚えている。

6e53abb5.jpg だが、そんな授業も徐々に慣れていき楽しくなった。先生の「演劇」のおかげで短いエッセイを読むのにも何週間も費やされたが、その年の夏休みにはオーウェルの著作をいくつか読んだ。夏明けに読んだ本のお話を先生にしたらとても喜んでくれたようで、自身の論文も載っている「オーウェル研究会」の研究誌を何冊かいただいた。そのとき話した内容で覚えているものの一つが、『ウィガン波止場への道』の中の表現についてだ。オーウェルはその著作の中で、政治的な話をしているのにその話に熱くなりすぎてか、「瓜二つ」という表現が出た折に「この表現はまったく瓜に失礼だ!瓜にだって個性があるというのに!」と書いていて、私は「こういったオーウェルのお茶目なところがいい
」などとトンチンカンなコメントを先生にしたのだ。「イヤ、急にそんなこと言われても・・・」と先生はちょっとお困りのようだった・・・。


4931284051.09.jpg 今は半期の授業が主流のようだが、私が在籍していた当時の大学ではほとんどが1年通期の授業で、じっくりオーウェルに付き合えたのは良かったと思う。もし半期だったら、「別にいいか・・・どうせ終わりだし」などと、夏休みにオーウェルの著作を読むこともなかったかもしれない。半期という短いサイクルは生徒、あるいは先生自身が1年間同じテーマで持ちこたえられないからなのだろうか・・・。その意図は良くわかりませんが。
 その先生は非常勤の方で、次の年は講読を受け持たず英語の授業を担当していた。私もまた先生にくっついてその英語をとり、また1年間お世話になった。先生は音楽も好きで、常に大量の「先生ミックステープ」を持参しており、私もそのなかからディスコ音楽ミックスを1本いただいた。
 背が高く瘠せてヒョロッとした体型はまさにオーウェルのイメージとぴったりで、「演劇」での名演技もあってか、英語の授業であろうとその先生がオーウェルに見えたものである。次の年にはいなくなってしまったと記憶しているが、今何してらっしゃるんでしょう、お元気でしょうか。熱(苦し)い授業をやっていますことを。

 平凡社ライブラリーから出ていた「オーウェル評論集1-4」、是非復刻していただきたい。
 
 ちなみに私はオーウェルと同じ誕生日である。
 
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