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断片的、あまりに断片的な

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ゴスとゴスロリと:ゴスメモ1

先日、「ゴス(イギリス)とゴスロリ(日本)の身体比較」といった発表をちょろっとやった。70年代後半~80年代イギリスのポスト・パンクあるいはゴシック・ロックの周囲で形成されたゴス・カルチャーにおける、白塗り、黒アイシャドウ・マニュキア、ボディピアス、タトゥーといった身体装飾は、「フランケンシュタイン」「吸血鬼」などの18世紀のイギリスゴシック文学の世界観を反映したものだ。そのようなおどろおどろしい身体は、反消費主義(華々しさへの抵抗)、半軍国主義(戦場で目立つ白塗り)、反資本主義賃金労働(とても雇える身なりじゃない)、そして社会常識に対立する実践だが、やはりイギリスから誕生した文化とだけあって、その根本には「階級対立の残酷さ」の体現があるという。

ところで、ポスト・パンク、ゴス・ロックとはなんぞや、という話題になった。簡単に説明すれば、(ロンドン)パンクと80年代ニューウェーブの接着剤ともいえるジャンルで、パンクからアンチな姿勢は受け継いでいるものの、非常に内向的で暗い音楽と称される。パンクが後づけで「ポジティブ・パンク」などと呼ばれたように、その志向性は「ネガティブ」であった。逃避的反抗、といえるだろう(「逃走=スキゾ」でもない、と思う)。といっても音それ自体にはそれほど「ダーク」さはなく、アーティストたちの身体実践やら思考に拠るジャンルであるといえよう。


例えば、ゴス・ロックと呼ばれたバンドのひとつであるジョイ・ディビジョンの、「アイソレーション」('80)という曲の歌詞をちょっとあげてみる。


 母さん僕は頑張ったんだどうか信じて  自分に出来るかぎりの努力はしたのに
 自分自身の経験には赤面するばかり 自分という人物が堪らなく恥ずかしい
 一人ぼっち一人ぼっち一人ぼっち

 けれどもしもきみが美を感じたならば  表しえなかったものを知ってくれれば
 僕にとってはそれがたまらない慰めだ  僕にとってはそれこそがご褒美なのだ
 一人ぼっち一人ぼっち一人ぼっち
 一人ぼっち一人ぼっち
 
ボーカルのイアン・カーティスは、1980年のアメリカツアーに向う前夜に自殺。23歳だった。死ぬ前にはヘルツウォークの『シュトロウェクの不思議な旅』(ドイツのストリート・ミュージシャンがアメリカにわたって、すったもんだした末自殺する話)を見ていたという逸話もあるイアンは、必然的にゴス・レジェンドに名を残すこととなった(その他のメンバー達は「ニューオーダー」で現在も活動中)。

あまりに、弱い。でもこれは中産階級の嘆きではないか。「階級対立の残酷さ」を語る、語れる、語ろうとするのは中産であると思う。日本人がもっともコネクト・共感しやすい位置なのでは。そして日本へ→ビジュアル系→「ゴスロリ」。


そんなイアン、ジョイ・ディヴィジョンのドキュメンタリー映画が渋谷シネ・アミューズにて公開中。


"JOY DIVISION"

2007年、イギリス
監督:グラント・ジー

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