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断片的、あまりに断片的な

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『乳と卵』と生理と卵

「体は脱げない」とよく言う川上未映子の『乳と卵』で描かれる、生理時の一連の所作は妙に納得、思わず「ふ」と、なってしまうものだった。

「わたしは風呂場に行って服を脱いで、パンツについたナプキンを剥がしてじっと見た、血はほとんどついてなく、ティッシュにくるんでから、新しいのを装着してすぐにはけるようにしてバスタオルのうえに置き、浴室に入って熱い湯を浴びた」

 「・・・ああ汚したの、めんどい、洗濯の準備、めんどいなあ、風呂場にもって行って水に浸けるの、めんどい、なのでパンツの輪から足を抜いて、抗生物質を定期的に飲んでると体臭がなくなるという話はほんまかな、を思い出してなんとなく臭いを嗅いでみた。そしてそれをまるめてティッシュに包んでから足元に置き、新たにティッシュを手にとっていい具合に四角に畳んで濡れぬよう血を吸うように、指でちょっと押し込み気味に股に挟んで、挟まったままの体勢で丸めたパンツを台所の燃えるゴミ袋まで行って底のほうに捨て、それからたんすのところまで行って生理用の股部のしっかりしたパンツを探して、持って、トイレに戻ってナプキンを棚の上の箱の中から取り出して、股のティッシュを便器に捨てて、ビニルをひっぱりめくって装着してそれをはいた」

セックスの描写は氾濫しているが、生理時の所作、というのは珍しいのではなかろうか。「生理時の血は湯で洗ったら固まってしまうので水で洗わなければならない」って知ってますか。

会話のない母娘。娘の言葉は、ノートに書き付けられた言葉。そして、豊胸手術をしようとする母。そして娘は書き付ける。

「あたしにのませてなくなった母乳んとこに、ちゃうもんを切って入れてもっかいそれをふくらますんか、生むまえにもどすってことなんか、ほんだら生まなんだらよかったやん、お母さんの人生は、あたしを生まなんだらよかったやんか、みんなが生まれてこんかったら、なんも問題はないように思える、うれしいも悲しいも、何もかもがもとからないのだもの。卵子と精子があるのはその人のせいじゃなけれど、そしたら卵子と精子、みんながもうそれを合わせることをやめたらええと思う」

そして卵を投げつける。
エディプスコンプレックスなんていうけれど、娘は母が女である事実にぞっとし、不安になるのです。結局、男にはかなわいんじゃないかと。特に日本ではそうなのかな、普段父母はラブラブではないからに、あたかも母は無性で、父という男に奪われていないと思っているからに。


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