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断片的、あまりに断片的な

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廣澤榮『黒髪と化粧の昭和史』

タイトル通り、昭和における女性のファッションの変化を追う。著者の廣澤さんは、映画関係者(東宝撮影所助監督→脚本家)であり、考現学者の吉田謙吉さんとともに街頭調査を行っていた経験もあってか、描写が非常に細やか。とりわけ、昭和史となれば、一連の戦争をはずすわけにはいかないが、戦時中の人びとが緊迫したようす、天皇による玉音放送を唖然としながら聞く人びとのようすも、ありありと目の前にうかんでくるようである。

明治時代の終わり頃から徐々に欧米の文化が日本に輸入され、上流層といった一部の人びとに少しづつ受け入れられるようになる。なかでも、身体(ファッションなど)にまつわる新しい思想・文化は、その表面を大きく変えてしまうわけで、目に見えてわかるスキャンダラスな変化であったといえる。洋装で身を包み、濃い化粧を施し、パーマをかけた頭をセットして街を練り歩く新しい女性「モガ(モダンガール)」たちが、昭和初期においては「西洋かぶれ」として批判を浴びていたことは知るところだと思う。
「毒々しい口紅、眼のまわりには隈をとり、頭はチリチリ、練馬大根のような足をさらけ出す」(『女性』1925年12月号)、「世の中の嘲笑と顰蹙の的、未世亡国の兆し」(『経済往来』1926年9月号)といった調子である。

廣澤さんも指摘しているように、批判の的の大半は「モガ」である女性で、「モボ」(モダンボーイ)は槍玉にあまりあがらない。女性が何か新しいことに手を出すことへの恐怖といった、おなじみの男性心理があることは確かであろうが、それ以上に、女性たちの方が新しい文化に魅力を感じ、それらを体現したいという欲求が高かったのである。サムライ、武士道、そんなものを前に男性たちが足踏みしている間に、女性たちは軽やかに洋服をまとう、まとえなくても欲望するのだ。サムライ、武士道が支配する価値観とは別の世界の選択である。


ここで、私が先週行った発表時に話題としてあげられた、女性たちの「ナルシスティックな身体」について少し整理したい。「ナルシスティックな身体」とは、例えば化粧をすることや身を飾ること=自分のため(あるいは異性の目というよりも同性の目を意識した見繕い)という言説でもって語られる女性たちの身体である。こういった言われ方はおなじみであろうし、たびたび紹介してきた上野千鶴子『スカートの下の劇場』では、まさに自己満足のために下着を身につける女性たちの分析が行われている。先日レビューを書いた川村邦光さんの『オトメの身体』においても、実は「ナルシシズムの身体」について言及されている。明治から大正時代にかけて、西洋の社交文化や近代衛生の思想などが輸入されると、それに見合うような西洋的な美をまとった身体=「ブルジョア的身体」が志向、形成されていく。しかし、この「ブルジョア的身体」を形作れるのは、字義通りブルジョアたちだけであって、庶民にはとても手が届かない。そんな女性たちが形成する身体が「ナルシシズムの身体」である。

この時期多く創刊された女性誌によって、庶民の女性たちは「ブルジョア的身体」のイメージを受容する。「私もこんな格好したいな」と思い描きながら、想像的に「ブルジョア的身体」を得るのである。ありったけの布を継ぎ合わせてなんとかワンピースをこしらえて鏡の前で合わせたものもあろうし、苦心して西洋的な髪型を作りうっとりと自身の顔を眺めていたものもあるかもしれない。ただしそれらは、自身が思い描くイメージに補完された上での「ブルジョア的身体」にすぎないことを、おそらく彼女たちは知っている。我に返れば、雑誌のイメージとは似ても似つかぬ哀れな姿に愕然としたことだろう。一瞬でもいいから夢を見たい、そんな彼女たちのイメージで織り成された身体が「ナルシシズムの身体」である。廣澤さんが本書で描いているように、当時は洋装することに対して少なからずの非難や、食い入るような視線もあったから、なかなか洋服で外を出歩くこともできず、家の中だけで、あるいは「私の世界」だけで洋服を身にまとうものも多かったはずである。

「ブルジョアの身体」を獲得できるものは少ない、しかしその身体に憧れるだけのイメージはばら撒かれていたのだ。今も昔も、女性誌の種類・発行部数の多さに、男性誌はとうてい及ばないが、1885年に創刊された「女學雑誌」は1899年には14万部に、1906年創刊の「婦人世界」は最高32万部に、1917年創刊の「主婦之友」は最高180万部と、当時から女性たちの多くが雑誌で描かれる別世界の身体のイメージに夢中になっていたかがわかるだろう。それはもちろん、女性たちのほうが別世界を必要としていたからである(現在の女性/男性誌の発行部数については日本雑誌協会のサイトを参照。エビちゃんcancam一人勝ちです)。


イメージということで言えば、写真の撮り合いやプリクラなどが女性たちに受けたということも指摘できるだろう。イメージでガチガチに固められている、のだ。「映りが悪い」と何度も取り直す、とにかく写真というイメージに自分の身体を落とし込む。というか、イメージが私の身体だったりする。私ごとだが、パリ/ミラノなどファッションコレクション時期には、手足長く頭小さいモデルさんの身体を何週間も一日中眺める。そうすると、私の身体もそうであるかのような錯覚に陥るのだ。ショーウインドウに映る自分の姿を見て「ゲ!足みじかっ!!」と思ったり、これぐらい入るだろうと思って試着したパンツ(ズボン)が入らなかったり・・・。リアルな身体に愕然とするのである。拒食症などの病理も、イメージ、「ナルシシズムの身体」とリアルな身体との区別が出来なくなってしまったというわけだ。


先日、ある人の「マンガを消費する場」についての発表を聞いても思ったが、女性たちは概ね自分の世界のなかで女性(あるいは男性)の身体イメージを消費してきた、と思う。北田暁大(1999)が分析したように、女性はマンガを公の場で堂々と読むことが「恥ずかしい」。それは、女性の欲望は隠すべきものとして認識されているからである。ある日、
電車内で、女性二人(おそらく20代)が雑誌ananaの「SEX特集」について話していた。それを読むのはかまわないけど、車内で読むのはどうなの?という内容だった。男性が週刊誌のSEX特集を読むことは、別に隠すべきことではない。女性は家に帰って、ナルシスティックに消費せよという力が働いている。

話を廣澤さんの本に戻せば、戦争中という抑圧された状況下においても、あの手この手を使っておしゃれな身体を演出しようとしていた女性たちの「美」への意識の高さ――モンペをいかにおしゃれに着こなすか、防災頭巾をいかに美しいものにするか――もまた、男性には到底理解できないことだったであろう。このようなご時勢にパーマとは!!

戦時中であってもおしゃれをしようとする女性たち、それは男性によって始められた戦争への静かなる批判だったのかもしれない。アメリカに負けた、でもずっとおしゃれを抑圧されていた女性たちは、戦争が終わってやっと、今まで夢想していた洋装を存分に楽しめるようになった、のだ。日本のアメリカへの恨みつらみが、他国の敗戦国が勝戦国に対する恨みと比べ少ないのはこうした事情もあるだろう(えーーー慰安婦的な・・・(ちょい小声))。欲望やイメージはあらかじめ存分に与えられた、それが戦時中抑圧された、敗戦後その欲望が解放されたのだ。もちろん私はRAA政策は恥知らず以外のなにものでもない、と思っているが。

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