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断片的、あまりに断片的な

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川村邦光『オトメの身体―女の近代とセクシュアリティ』

ジェンダー研究者川村邦光さんによる、「オトメ三部作」の第二部。明治から大正・昭和初期にかけては、欧米から新しい思想や価値観が多く輸入された時代だった。そんな欧米化/近代化の時代における、女性たち/女性たちをまなざす社会の「身体観」の変化を論じる。
 
川村氏は近代的な女性の誕生を、1920年に論壇に登場した斉藤桃代が『女學世界』で執筆した一連のエッセイにみている。そこで斉藤は、人形として扱われ、針仕事や家事修業を強要されてもだまってそれを行うような「乙女」を否定し、社会的存在として自立し、唯一絶対の価値である自分自身を大切にする「近代的オトメ」像を描き出し、女性読者たちを鼓舞した。

社会が要請する「良妻賢母」といった型にとらわれることなく、お針ごとをさぼって本を読み学び、内なる衝動に従って「小鳩のようにフリィ」に生きる。こんな斉藤の「オトメ」像には、自由・純粋無垢といった「永遠の幼児」性が内包されている。この斉藤の掲げる「オトメ」=純粋無垢というコンセプトは「自由に生きる」ということで、そこでは単純に、生きたいように生きるといったポジティブな女性像が描かれていた。だが、しだいに女性たちの自称/他称は、「オトメ」から「処女」にとってかわり、純粋無垢は純潔/純血に置き換えられる。


「オトメ」から「処女」へと、女性たちを抑圧する「処女神話」が、平塚らいてうや与謝野晶子といったむしろフェミニストたちによって築きあげられていく。むろん平塚や与謝野は、女性を抑圧しようなどとは思っていない。彼女らの主張は、簡単に言ってしまえば「女性(らしさ)の尊重」である。今でこそ「女らしさ」や「男らしさ」が問われる時代であるが、平塚らはそれまでないがしろにされてきた「女性らしさ」(女性本能、母性愛)を尊べと主張したわけだ。「母性愛神話」は今でも根強く、その神話が母親たちを苦しめているということが指摘されるが、男と違って女は純潔/純血とする「処女神話」もまた、当時の女性たちにヘゲモニックに受け入れられていたというわけだ。


上野千鶴子は、本書を「抑圧的でも解放的でもある『女の近代』へと女性自らが共犯的に関与していく能動性が描かれている」と評している。化粧品によって、白いキレイな肌や艶のある頬、欧米人ような印象的な瞳を手に入れることができる(かもしれない)。だがそれは同時に、「美しくあらねばならない」という価値観の形成に加担することでもあり、その価値観を強固なものとする。このように、解放であると同時にイデオロギーを生み出していく文化――化粧、服装、生理用品等――を、女性たちは煩悶しながらも受容していったのである。

とりわけ興味深く読んだのは、第三章の生理用品にまつわる章。塵紙や綿花を膣内に詰めるといういわゆるタンポン式が、近代衛生の思想が導入されることによって「月経帯」を使用したナプキン式に変わる。この移行には、膣内に挿入=性欲を刺激することを防ぐという、セクシュアリティの管理もめざされていたという。月経帯も布製からゴム製へと変化するが、ゴム製の月経帯を、近代の記号として誇らしげに身につけた女性たち。第一次世界大戦後、欧米並みの身体や体力づくりが目指されたときにあって、「活動的」に動き回れる肌にピタリとくっつくゴム製の月経帯。
ところで、このようにタンポン式→布製の月経帯→ゴム製の月経帯→ナプキン・ショーツ型へと生理用品が移り変わっていく中で、生理の処置法をめぐる母子伝承が衰退したと川村さんはいう。本書は、女性雑誌に送られてきた読者の投書(主に悩み相談)から、当時の女性たちの「煩悶」を読み解いていくのだが、例えばゴム製という新たなメディアが登場したときに、それが本当に身体に害がないのか否かといったことは、それまで布製を使ってきた母親にはわからない。とりあえず娘にはゴム製をあてがうが、娘の方はゴム製の是非や疑問について母親に尋ねることはできず、だからこそ雑誌の読者欄に悩みを訴える。初潮という「かつては共同体的な事柄に属するもの」が、「きわめて私的で個人的な出来事として局限される」。「ケガレ」であった月経の血は、ますます隠すべきものとなっていくというわけだ(上野千鶴子も「スカートの下の劇場」で書いているが、うちの母も少女時代の生理用ショーツは「黒」と決まっていたと語っていた)。こういった母子伝承の衰退が、母と娘の紐帯を消滅させるひとつの契機だったと、川村さんはやや強引に論を閉じる。

わざわざ「生理中でござい」とおおっぴらにすることはなけれど、今ではタブー感覚も薄れてきているとは思う。以前女性二人で、男性一人を目の前に永遠と生理の話をしたことがある。あまりにグロテスクな我々の話に、その男性は「もうやめてくれ~」と頭を抱えてしまった。隠すべきものと女性に要請されてきたものは、男性が聞きたくないことだったりするのだ。
(生理用品にまつわる考察はたくさんなされてきたようである。ジェンダー論的考察はコ・フェ・ミンさんのサイト「女アンドロイドはタンパックスタンポンの夢を見るか」でまとめられている)
 
ここからはツラツラと・・・
ところで、98年に『それいぬ―正しい乙女になるために』というエッセイ集を出した、自称「乙女派文筆家」なる嶽本野ばらは、「オトメ(乙女)」という言葉、あるいはそのコンセプトを再構築した。「ややこし研」によれば、嶽本がいう乙女とは「即自的に乙女的であることに没入しているのではなく、自己批判的・批評的に乙女であることを徹底的に自意識化する・・・(中略)・・・乙女批判を内在した乙女。つまり、弁証法的乙女である」のだそうだ。ゴスロリとか、でしょうか。2000年(00年代後期?)に入って失速した現在の「乙女」は、雑誌「クウネル」読者に代表されるような、スローでロハスなぬるい「乙女」だという。

ピンクハウスファッションも含めたロリータ、ゴスロリ、オリーブ少女など、日本には「おとめちっく」なファッションが多く見られた。「オトメ」という言葉で規定されなくとも、「オトメ」的な人や文化は形を変えて生き残る。誰よりも「オトメ」なTッキー、「オトメの系譜論」なんてどうでしょう?

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