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断片的、あまりに断片的な

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女の水着と肌見せ

先日、ある百貨店の女性水着売り場を訪れた。基本はビキニなのだが、姿かたちとしてはブラジャーとショーツそのまんまの姿が、海辺というシチュエーションではその姿の意味が大きく変わるのだからまったく不思議なもんである。だがここ数年、水着も限りなく洋服に近づいている。上から着られるタンクトップやショート/ハーフパンツ、ワンピース、スカートなどがセットになって売られている。
前に紹介した、廣澤榮さんの『黒髪と化粧の昭和史』のなかに、「水着の季節」と題うたれた30年代~80年代までの水着の流行の変遷史がある。マントのようなもので身体を覆い隠していたような時代から、時代を追うごとに徐々に布面積が少なくなり、70年代半ばともなると、60年代のトップレス・身体解放運動をうけてか、上半身がまったくないトップレス水着まで販売されたという。廣澤さんは「どこまで『究極』をきわめるのか」と心配していたらしいが、それ以上「過激に」ならなかったのは、われわれも知るところである。

「メーカーの方であまり使う布が少ないと販売商品としてのメリットがなくなるためだと聞いて思わず笑ってしまった」と廣澤さんは書いているが、当たり前だがすっぽんぽんが流行ったら商売にならないわけである。「なんと淫らな!」という叫びは、「そうなると困る!」という商売人の叫びと手を携えていた。

また布面積が小さいと、商品は売りにくい。デザインが限られてしまって他社製品との差異化をつけにくいということもあるが、布があまり使われていないとどうしても単価を上げにくい。パンツ1枚で1万5,000円で売り出せるのは、超記号価値を有するハイブランドぐらいなもので、一般のメーカーにはそんな価格設定は出来ない。布面積が広い方が当然商売しやすいし、そして限りなく洋服に近づけばファッショントレンド同様に水着のトレンドも回転する。

ところで、去年から今年にかけて大流行りといっていいと思うレギンス(スパッツ)を、「肌見せ恥ずかしい」から履いていると思っている男性が多くてちょっとびっくりしたのだが、そういった面もあるにせよ、業界側の戦略に負うところも大きいのである。何より、コーディネートの妙で勝負する時代であるわけでもあり。

ちなみに、スカートの下にスパッツやパンツ(ズボン)を履くというスタイルを解せないという男性の声をいくつか聞いたことがあったが、考現学者の吉田謙吉さんも、1946年から47年にかけて行った街頭調査でこんなメモを残している。「髪の編み方とセーターの縄編みのアンサンブルはいいが、ズボンとワンピースのコンビがあまり感心できない」。
見せるのか、見せないのか!というぼやきだろう。今さらながら、極めて男性的な視線である。

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