忍者ブログ

断片的、あまりに断片的な

Home > ブログ > > [PR] Home > ブログ > Body/Fashion > ゴスとアンチ・カワイイ

ゴスとアンチ・カワイイ

以前書いたように、「ゴス」と「ゴスロリ」について書く予定があるので、それに関連する本やらムックやらをドバッと購入し、パラパラと眺めている。翻訳したクリス・ロジェクの説明を要約すれば、イギリスのゴスカルチャーは西洋における主流の文化への抵抗である。主流に迎合しない「個人主義」や、消費文化(や軍国主義)に対して「死」をつきつける態度を身体化するものとして、彼女らの白塗り、黒いアイシャドウといったメイクや、黒づくめのファッションや、一般的な「美」からずれた価値観を身にまとっているというわけだ。反近代的ともいえるだろう。

そんな「ゴス」に「ロリ」が付いているのが「ゴスロリ」のポイントだ。ロリータ=幼児性といっていいと思うが、要は「カワイイ」ということだろう。そうなると、一見すると「ゴスロリ」はゴスより安易な実践のように思えるかもしれない。しかし、手元にある「ネオ・ゴシック・ヴィジョン」というアトリエサードから出ているムックを読むと、単なる「ゴス」より「ロリ」が加わっている者の方が複雑であるという。

「ゴスは闇に憧れているが、ロリータは闇を求めすぎた結果、うんざりして光を求めているのかもしれない。・・・ゴスにはまだ現実を見つめていられるだけの精神力が残っていて・・・可能性をどこかで求めながら、叫び続けているような強さがある。しかしロリータは・・・世界に軽やかに見切りをつけて、自身のなかに広がる妄想世界に身を浸しながらも、この世界を別の次元で生きているとも言える」(西川祥子)。

ゴスが現実に立ち向かうのに対し、ロリはそこから目を背ける、そんな二つの態度を合わせ持った「ゴスロリ」は確かに単純なものではなさそうだ(ちなみにイギリスの「ゴス」と日本の「ゴス」は、だいぶ異なる文化である。日本のそれは抵抗というより、澁澤龍彦、土方巽、寺山修司、四谷シモンなどなどを源にした、退廃的な美の価値観(エロ・グロ・ナンセンス的な!)が中心にある)。
とはいえ、どんな文化でもそうだが、単なるファッションとして消費されているということも少なくないだろう。一般的な「カワイイ」のアンチだったはずのゴスが「カワイイ」ものになる。そんな状況に苦言を呈したのか、コム・デ・ギャルソンの2008AWコレクションのテーマは「アンチ・カワイイ」のゴススタイル。「カワイイ、カワイイ」に溢れた日本の状況へのアンチ、であるのだが。

今日のゴスはここまで。
PR